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🔖Exposition



「ジドールのアウザーが画家を探してるんだってな。コーリンゲンにいた画家も連れて行かれたくらいだから、あのサマサの嬢ちゃんも呼ばれてるんじゃないか?」
 我らが船長のありがたい助言のお陰で、ユリの攻略本を皆に見せるまでもなくジドールに足を向けるきっかけができた。

 行くべき場所が分かっているのに打ち明けられないのは不便だ。いっそのことユリが知るシナリオを皆に話してしまおうかとも思うが……。
 どうせなら二人の秘密にしておきたい。そんな子供染みた独占欲を楽しんでしまっていると自覚しても改める気になれないのが困りものだった。

 伝書鳥が飛び去ったゾゾ山の方には既にマッシュとセリスが向かっている。
 仲間が増え、飛空艇も手に入れた。一刻も早くケフカのもとへ向かうならば残る仲間たちを手分けして迅速に探し出すべきだということになった。
 ゾゾ山にはカイエンもいるので戦力的には問題ないだろう。困るのはこちらだ。俺とユリとリルムだけではあまりにも心許ない。
 ユリが攻略法を知っており、リルムの魔法も頼り甲斐があるのだが、やはりここは万全を期してセッツァーを連れて行くとしよう。
 ファルコンの微調整をしたがっていた船長の機嫌を損ねるはめになるが、ユリとリルムの安全の方が大切だからな。

 ジドールの町では今、滅びを題材とした芸術が流行しているようだった。吟遊詩人は世界の終末を高らかに歌い、目にする絵画も彫刻も陰惨なものが多い。
「お金持ちの考えることって分かんないなぁ」
「ここのやつらにとっては人生なんぞ長い道楽なんだ。世界が滅びようと知ったこっちゃねえんだろ」
「それでも絶望的な空気にならないのだからいいじゃないか」
 俺の好みではないが、これもまた芸術には違いない。何事も楽しめる資質は美徳と言ってもいいだろう。

 競売所で近日開催されるオークションの案内に“崩壊の日”なる絵画が紹介されていた。それを見つめてユリが頷く。
「そうだね。崩壊さえ楽しめるってのはある意味すごいかも」
「はっ。単なる自棄じゃねえのか?」
 まさに人生を道楽としか考えていないはずのセッツァーがこの流行を嫌っているのも意外だな。同族嫌悪か。

 町の最北にある豪邸に着き、無人のエントランスを抜けて地下室へと進む。階段の中ほどにアウザーが踞っていた。
「おい、じいさん。大丈夫かよ」
「だ、誰じゃ? いや、わしのことはいい。それよりも、わしの大事な女神の絵に魔物が取り憑いたんじゃ! あの……妙な石の魔性に惹きつけられたに違いない……。頼む、わしの絵を助けてくれ!」
 必死で懇願するアウザーをその場に残して奥に向かう。壁一面を使った巨大なキャンパスの前でリルムが筆を振るっていた。

 美と豊穣を司る太古の女神ラクシュミ。なるほど、ジドールで一番の金持ちというわりにアウザーは他の貴族よりも健全な精神を持っているようだ。
 町での流行を咎めはしないが、俺もどちらかといえば見ていて希望が湧くような清く明るい芸術が好きだな。それが見目麗しい女神の裸婦画であれば尚更。

『グフフフ……こいつは久しぶりにいい絵だわい……。この女は、わしが頂いた……』
「うわ、あれ悪霊の声なの? 絵が台無しだね」
「汚すぎて女神のイメージと合ってねえなあ。せめて黙ってろよ」
『なんじゃと!?』
 ユリとセッツァーの鋭い罵倒を受けて怒りに震えながら悪霊が本性を現した。単純な性格をしているようだ。

 攻略本を頼りに弱点を攻め立て、うっかり女神を攻撃した時にはすかさずリルムが絵を修復する。それさえも間に合わない時はセッツァーが盾になってくれた。
「おいこらエドガーてめえ、ユリとリルムだけ庇ってんじゃねえよ!」
「やはり船長を連れて来てよかった」
「始めから俺を囮にする気だったな!?」
 敵との間に壁が一枚あるだけで気楽に戦えてありがたい。セッツァーのお陰で俺はユリとリルムを守るのに集中できるのだ。
 ただ今後はついて来てくれないだろうな。尤も次の目的地に行く時にはマッシュもカイエンもいるから構うまい。

 十分後、セッツァー以外は誰も傷を負わずにチャダルヌークを撃退することができた。悪霊に憑かれた影響か、まだ具合が悪そうにしつつアウザーも地下に降りてくる。
「やれやれ、助かったよ……。なんせ命より大事な絵じゃからのう」
「へーえ。命よりも大事なんだ〜?」
 自分の絵にそこまで入れ込まれれば悪い気はしないのだろう、いつもは生意気なリルムも素直に嬉しそうな笑顔を浮かべている。

「ところで、妙な石のせいで絵に悪霊が憑いたとか。その石はどちらに?」
「ああ、向こうの本棚に隠してある……。もうあんな目に遭うのは御免じゃ。タダでやるから持って行ってくれ!」
「では、ありがたく」
 指し示された本棚に近づくが、そこで魔石よりも気になる書物を見つけてしまった。
「おいおい、そっちじゃない。そいつは命の次に大事なもんだ。……しかしまあ、助けてもらった礼じゃ。それもくれてやるわい」
「ふむ。なかなかの値打ちものだな」
 魔石が手に入ることは分かっていたが、これは嬉しい誤算だった。

 書物に目を通す俺の後ろではユリが呆れたような声を出している。
「アウザーさん大事なもの多すぎじゃない?」
「何を言うとる。人間は大事なもんが多いほど強くなれるんじゃよ」
 同感だな。しかしこの“お宝”は……、どうやら俺には必要なさそうだ。
「功労賞としてセッツァーに進呈しよう」
「ああ? そんなもんでさっきの仕打ちを許せると思っ……」
 軽くページをめくったセッツァーは咳払いを一つして「さっきの仕打ちは不問に処す」とその書物を懐に入れつつ呟いた。
 確かに眼福ではある。でも、俺にはユリがいるからね。

 それでは用も済んだことだし退散しようかと階段に足を向けたところで、悄然とした面持ちのアウザーが俺たちを引き留めた。
「待ってくれ、リルムを連れて行くのか?」
「じじい……」
「彼女は我々の仲間なので」
 当然そうするものと思っていたのだが。……アウザーは、リルムの絵が命よりも大事だと断言していた。弱り果てた老人から唯一の楽しみを奪うのは少々気が引ける。

「見よ、あのラクシュミを。まったく素晴らしい絵じゃ……不思議な力が宿っておる……。腐った世界を救う、ただ一つの希望……それがリルムの絵にはあるんじゃ」
「しかし、その腐った世界に光を取り戻すためにはリルムの力が必要なのです」
「光か……。世界は元に戻るのかのう」
 即座に言葉を返すことができなかった。既に喪われたものは多く、ケフカを倒してもすべてが元通りになるわけではない。だが、ユリが励ますように俺の手を握って力強く宣言した。
「戻ります。ううん、私たちが、絶対に取り戻す!」

 ユリを見つめ、描きかけのラクシュミを見つめ、そしてアウザーに視線を戻してリルムが頷く。
「リルム行くよ。描いて楽しい世界を取り戻さなくっちゃいけないの」
「またここへ帰って来てくれるか? ……わしのために絵を描いてくれるか?」
「まかせといてよ! こーんな大ケッサクを描きあげられるのはリルム様だけなんだからね!」
「ああ、リルムや……。いつまでも待っておるぞ……」
 待ち焦がれる身の辛さはよく知っている。アウザーのためにも、速やかにケフカを倒して世界を救わなければならないな。

 アウザーの屋敷を出たところでリルムが不意に立ち止まる。
「で、あんただあれ?」
 そういえばユリと彼女は初対面だった。とはいえユリは一方的にリルムを知っているので戸惑い気味だ。
「えっと、今更だけど初めまして。ユリです」
「リルムよ! よろしくね」
 にこやかに握手を交わした後、リルムは俺を見上げて唇の端を吊り上げる。
「はは〜ん」
「……何かな?」
「べつにぃ。やるね、色男!」
 聡い子だ。これでまだ十歳なのだからまったく将来が末恐ろしい。

 我らが船長は先程の書物を懐から取り出して眺めながら歩いている。あちこちぶつかりそうで危うい後ろ姿に目をやりつつ、ユリがリルムに尋ねた。
「リルムって、ラクシュミを見たことあったの?」
「ううん。でも魔石にさわったらヒミツの名前が頭にうかんできたんだよ。その名前をつかんでやったら、どんなモンスターでもホントの姿を描けるようになるの!」
「なるほど……? ごめん分からない」
「スケッチのキホンだよ〜?」
 それはおそらくリルムにしか意味を為さない基本だと思う。
 秘密の名前、諱のようなものだろうか。ストラゴスもモンスターには詳しいが、リルムには絵を描く以外にモンスターの魂を掴み取る天性の才があるらしい。

「いってえ!」
 大声に顔を上げれば書物に気を取られたセッツァーが道端の木箱に引っかかって転ぶのが目に入った。まったく、独り身だからといって没頭しすぎだぞ。
「んも〜、なにやってんのさ傷男!」
 慌てて駆け寄ったリルムがその書物を見て首を傾げている。これは帰ったらマッシュなりカイエンなりにバレて教育に悪いと叱られそうだな。やはりセッツァーに渡して正解だった。
「ねえ、あの本なんだったの?」
「さて何だろうね?」
 レディに見せるべきでないのは確かな代物だ。

「それより、ユリは俺の名前を知ってるかい?」
「え、今さら何言ってるの。エドガーでしょ」
「そうではなく」
「エドガー・フィガロ?」
 それでもなくてと言えば、ややあって俺の意図を察したユリが鞄に手を伸ばした。
「待ちたまえ。攻略本は無しで」
「えええっ」
 そんなの無理だと言われて少し肩を落としてしまう。

 てっきりユリは知っているものと思っていた。いや、確かに知っているのだ。ただ思い出せないだけで。
「なんかミドルネームがあったのは覚えてるよ? エンディングで何これって思ったし! あそうだ、マッシュはマッシュ・レネ・フィガロだよね。それに似てるやつ?」
「…………マッシュは覚えてるのか……」
「あっ。え、えへ。エドガーの名前、何だっけ?」
「今は教えたくない」
「ああもう、拗ねないでよ〜」
 思い出せないのなら改めて秘密を打ち明ける楽しみもある。だから正直さほど落ち込んでいないのだが、慌てる彼女が可愛らしいのでもうしばらく拗ねるふりでもしておこうか。

 秘密の名前なら俺にもある。それを教えるのは本当の俺を知ってほしい人だけなんだ。
 そして間違いなく、彼女はそれに値する人だ。


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