×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖Belle Aile



 ファルコンの甲板に立ち、下界を見つめながらセリスが呟いた。
「この景色も久しぶり。なんだか安心するわね」
 セリスの言葉にマッシュもまた頷く。
「空から見た景色に人心地つくなんて思ってもなかったけど、慣れれば慣れるもんだよな」
 どうやらブラックジャックに乗ってたお陰でこいつらも空の魅力が分かってきたようだな。
 一度でもこの景色を目にしたら心まで魅せられて地上には戻れない。雲を抜け、空を駆ける夢ばかり見るようになるんだ。

 一方で機械マニアのエドガーは景色よりもファルコンそのものに興味を示していた。
「ろくに手入れもできず眠っていただろうに、大したものだ」
 ダリルが丹精籠めて仕上げた船だ。たとえ百年ばかり眠ったとしても起きてすぐに全力で飛び出していけるパワーがある。
 とはいえ、この慣らし運転が終わったら微調整したいところではあるがな。

 他の仲間同様に船縁から下界を眺めつつ、ユリはため息を吐いた。
「いい船だよね。でも……私はちょっと一回降りたいかなぁ」
「おい。せっかく世界最速の飛空艇に乗ってるってのに、もう降りたいだと?」
 思わず俺が口を挟むと、ユリは「この船が気に入らないわけじゃない」と苦笑した。
「だってファルコンが飛んでるところを陸地から見てみたい。ブラックジャックもかっこよかったけど、この真っ赤な空に白い船が飛んでるのって絶対きれいだよね!」
 仲間の目が一斉に空へと向けられる。

 不吉な色に染まった雲が阻んでるせいで月も太陽も隠れて見えやしない。瓦礫を積み上げた例の塔から時おり怪しげな光が走る以外は、暗くて辛気臭い“終末”の空だ。
 夢や希望なんてもんは何もかも砕けちまったと思い込んでいた。俺だけじゃねえ、世界が引き裂かれたあの日から、誰もが空を見上げる気力を失っていたんだ。
 だがユリの目には一欠片の絶望も見当たらない。燃え盛るような空を映してさえ。

「きれい、か」
 この絶望ばかりの世界に言うことじゃねえよな。だが、悪くない。そういう考え方は好きだぜ。
 黄昏を切り裂いて飛ぶ白い鳥……俺はファルコンの姿をよく知っている。ブラックジャックの甲板からいつもそれを眺めていた。
 希望そのものが放つ光みたいにきれいだったさ。機会がありゃ、こいつらにも見せてやりたいもんだな。

 コーリンゲンの南で見かけた鳥はどこかに姿を消してしまった。しかし追っていった先で眼下に町が見えてくる。
 旅人や盗賊どもの情報を集めて作ったという地図を広げてエドガーが言うには、あれはマランダの町ではないかとのことだ。
 整然と区画整備された町並みを見下ろした限りでは正解だろう。俺にとっては着陸して町に入るよりも上空からの眺めこそ分かりやすい。田舎ではあるがマランダは洒落た町だからな。
 ジドールやアルブルグなら金持ちどもが好き勝手な邸を建てるから雑然としてるし町の規模もあれよりはデカい。ツェンだったら、あの町の景色は味も素っ気もなく無愛想だ。

 枯れ果てた風景の中でマランダの町には不自然なほどたくさんの緑が溢れている。
「降りてみようぜ。あれがマランダだとしたら、ローラさんの様子が気になるんだ。どうしてるのか知りたい」
 身を乗り出すように覗き込んでいたマッシュをユリが引っ張った。
「モブリズのことが気になるんだね」
「ああ。さっきの鳥を見てたら思い出した」
 ローラが誰かは分からんが、エドガーじゃなくてマッシュが女を気にしてるってのは意外だ。

 町から離れたところにファルコンを係留してマランダに向かう。べつにローラとやらが気になったわけじゃねえが、俺もついて行くことにした。
 コーリンゲンからジドールやサウスフィガロに流れていった元乗組員たちに連絡もしなきゃならないしな。

 ローラの家は町を見下ろす高台にあった。草木が育たなくなった世界に真っ向から反抗するかのように花で埋め尽くされているのが妙な感じだ。
 しかしよく見りゃ全部同じ花、それも本物じゃなく造花だった。町のあちこちに残ってる緑も作り物みたいだ。
「みんなモブリズにいる彼が送ってきてくれたの。草木が花を咲かせなくなっても、彼がマランダの景色を蘇らせてくれる……」
 ローラは以前に縁があったというマッシュに微笑み、恋人からの手紙を俺たちにも見せてくれた。

『愛するローラへ
 村の再建も一段落した
 じき国へ帰るつもりでござる』

 署名がないな。まあ、全体的にそれどころの問題じゃねえけど。
 角張った書体も文章のくせも、どっからどう見たってドマ人が書いた手紙だ。

「よければ彼への返事を伝書鳥のところに届けていただけませんか?」
 困惑を隠しきれずに固まっているマッシュの代わりにエドガーがローラの手を握って頷いた。
「もちろん、美しいレディのお願いとあらば」
「ありがとうございます」
 田舎娘にしては美人のローラに笑顔を向けられて気をよくしていたエドガーだが、傍らのユリに目を向けて我に返る。
「すまない。つい習慣で」
「えっ? 何が?」
 だがユリは幸か不幸か手紙に集中していて気づかなかったらしい。

「嫉妬してもらえないのも悲しいものだな……」
「お前の女好きが当たり前になりすぎて、無関心になってんじゃないか?」
「…………」
 ヤキモチを誤魔化してるんでもなければ自信があるから鷹揚に構えてるわけでもない。単にエドガーが誰を口説こうと興味を示していないように見えた。
 こいつらは俺の知らない間にちゃっかりくっついてたらしいが、この調子じゃ横から掻っ攫われても知らねえぞ。

 伝書鳥のもとへ向かう途中でマッシュとセリスに聞いたところによると、モブリズ村は世界が引き裂かれた日に三闘神の魔法を食らって壊滅したらしい。
 大人は死に絶えて残されたのはガキどもだけ。幻獣の力を失ったティナもそこにいるらしいが……つまり、ローラに手紙を書いてるのは彼女の恋人ではないってことだ。
「あの手紙、カイエンみたいな文章だったわね」
「みたいっていうか、そのものじゃないか?」
 しかし恋人ってのがドマ人の侍でないのならローラも手紙を読んで気づくはずだろうに。その恋人が死んだことを分かってて真実を見ないふりしてるのか?

 北の空でファルコンの前を飛んでいたのは伝書鳥のようだった。あれがローラに手紙を運んできた鳥とは限らないが、少なくともそう遠くない場所に手紙をやり取りしている“誰か”がいるのは間違いない。
「手紙を出してやれよ。鳥の飛んでいく先を見ればローラに返事を書いてる相手を追いかけられるだろ」
「ああ、そうだな」
 マッシュがローラの手紙を持って郵便屋に駆け込んだ。しばらくして白い鳥が飛び立ち、北西の空へと消えていく。
 仲間たちはそれぞれに期待を籠めた瞳でそいつを見上げていた。

 不意にユリが俺を振り返る。
「ねえセッツァー、ファルコンを蘇らせてくれてありがとう」
「あ? ……お前が礼を言うことでもねえだろ」
 セリスに発破かけられたのは事実だが、結局のところ俺は立ち上がるきっかけを掴みきれずにうだうだやってただけなんだ。
 ファルコンを蘇らせたのは誰のためでもない。俺自身がもう一度、夢を見たくなっただけだ。

 しかしユリはゆっくりと首を振る。
「飛空艇が世界を飛ぶのって、きっとそれだけでみんなに希望を与えると思う。ファルコンを見上げて、まだ誰かが戦ってる、何かをしようとしてるんだって伝えられる。あの鳥がどこかに飛んでいく姿みたいに」
 崩壊した世界にさえまっすぐに目指すべき未来があるのだと信じられる。あの白い翼を追って……。

 ローラはきっと真実を知っても立ち直る。
 何の根拠もないってのにそんなことを言ってユリはマッシュたちの方に駆けていった。
 前々から思ってたが、あいつには……柔くても折れない芯があるようだ。

 そういやセリスがブラックジャックで使ったあのコインはそこのナンパ野郎の持ち物だったかと思い出す。コイン一枚に命運を託すどころか実のところは胆の据わったイカサマだった。
 ユリのことにしてもそうだ。
「ちっ。セコい野郎だぜ。大勝負に出る裏でこっそり値打ち物だけは自分の懐に抱え込んでやがる」
「俺のことかい? ギャンブルは性に合わないんでね。勝てる見込みをつけてから手を伸ばす方が堅実だ」
「はっ。何が起こるか分からないのが人生だ、勝てる見込みなんてもんはねえのさ。てめえのそれも、結局はデカイ賭けに勝ったんだ」
 だから癪だが敬意を表してやるよ。迷っても回り道をしても、最後に望むものが手の内にあるならそれは立派な勝ちなんだ。

 そうだな。始めはセリスの度胸に惚れて付き合ってただけだが、俺はこいつらが好きだ。
 手を尽くして意地汚くも勝ちを拾っていくエドガー、相手の腹なんか考えずに真っ向から賭けに出るマッシュ、いっそ傲慢なほど自信たっぷりに夢が叶うことを信じているユリも。
 そして今は絶望に満ちた世界のどこかで空を見上げているであろう仲間たちも……。

 真っ赤に燃えた空。しかしまだケフカの支配に屈してはいない。俺たちはそこを自由に駆け回ることができる。
 二度とファルコンが飛ぶ姿を自分で見ることはないが、今度は俺があいつを飛ばしてやるんだ。
 その翼に無数の夢を乗せて。

――雲を抜け、世界で一番近く星空を見る女になるのよ!

 ダリルよ。お前は確かに夢を叶えたんだな。感じるままに風を切って空を駆け、誰も見たことのない景色を目に焼きつけて……だが、おあいにくさまだ。
 たとえ翼を失ったとしてもまた新しい翼を作り出せばいい。生きている限り夢は続く。
 他人が聞けば鼻で笑いたくなるような大それた夢を真剣に追っかけてるやつらがいるんだ。
 この馬鹿みたいに面白ぇ仲間たちと一緒に、俺は必ずお前を追い抜いてみせるぜ。


🔖


 47/76 

back|menu|index