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🔖Eggnog



 あの孤島に弱ったシドを残したまま旅立つ時にはもっと悲観的な気持ちだったけれど、ゆっくりと希望を取り戻しつつある。
 ツェンでマッシュに出会い、同行を断られはしたけれどティナも生きている。そしてニケアではエドガーとユリに再会した。
 砂漠に沈んでいたフィガロ城が復旧したことでコーリンゲン地方も探索できるようになった。
 アルブルグでマッシュの噂を聞いたように、ロックらしき人を見かけたという話も耳にした……。きっと他のみんなも無事でいるに違いないと、今ならば信じられる。

 まずは旅の支度を整える。
 といってもここまでの旅で必要最低限の物資を揃えていた私とマッシュは特にすることがない。
 荷物整理が必要なのはニケアからずっと大荷物を抱えていたユリだった。

 私が魔導研究所でみんなと別れて一時帝国に戻っていた時期のこと、封魔壁が開いた衝撃でユリもまた生まれ育った世界に帰還するはめになった。
 にもかかわらず彼女は、再びこちらの世界にやって来ることを見越して準備をしていたのだという。
 どこに飛ばされてもいいように、町を探す期間の野宿に使える寝具類や食糧品、いくつかの書物。それらを例の鉄製二輪車に積んでいつもそばに置いていたのだとか。
 でも彼女はその大半をフィガロ城に預けていくことにしたらしい。

 ユリの荷物の中身は、フィガロで用意した四人分の食糧と着替え、そして二輪車の整備道具だけになった。
「なんだか改めてユリが違う世界の人だと実感するわね」
「え、今さら?」
「これまでは、あまり“異世界人”ということを意識してなかったから」
「あー。異世界感ないもんね〜、私」
「その異世界感ってのは何だよ?」
「得体の知れない、ミステリアスな雰囲気とか?」
「なるほど。そりゃ確かにユリにはないもんだな」
「親しみやすいのがユリのいいところだよ」
「えへへ……」

 彼女の持ち物を見て“あちらの世界は多方面で技術が進んでいるらしい”ということが言いたかったのだけれど。
 初めてナルシェで出会った時には、彼女はほとんど身一つで現れた。だから異世界というものを意識することはなかった。
 今は彼女が持ち込んだ物資がユリのいた世界を物語っている。それを実感しただけ。
 ……でも、エドガーとユリはなんだかいい雰囲気で、マッシュもそれを微笑ましげに眺めている。だから強いて話題を変えることもないわよね。ユリが親しみやすいのも事実だもの。

 それぞれの荷物をチョコボの鞍に括りつけながら、マッシュが不意に呟いた。
「コーリンゲン村が同じ場所にあればいいんだけどなあ」
 あ……そうか、考えてなかった。
 事態がすっかり好転したように感じていたけれど、三闘神の暴走によって世界の形は変わっている。この大陸がコーリンゲン地方なのかどうかも私たちには分からないんだわ。

 けれどエドガーが大丈夫だと自信をもって言い張る。
「この辺りの地理は確認済みだ。少し西にずれているが、コーリンゲンの位置は以前とそう変わっていない」
「さすがの情報力ね、エドガー」
「またレディから聞き出したんじゃないだろうな」
「女性から聞いたのは事実だが、レディではないよ」
 なんだか意味ありげなことを彼が言うと、その横でユリが視線をさまよわせていた。ジェフに変装している間に二人で噂を仕入れたのかしら?

 出発する段になってからチョコボが三羽しか用意されていないと気づいて焦る。二人乗りをするにはユリの荷物が大きすぎた。
「ユリのチョコボは?」
「私はこれに乗っていきます!」
 言うなり彼女は例の二輪車に跨がって、ペダルを踏むとスムーズに走り出した。
 積載量のわりには大して力を入れなくても動かせるらしい。強力なブレーキがついているし、頼りない見た目に反して旋回も素早い。
 モンスターに不意を突かれた時だけ不安だったけれど、城を出てすぐにユリはバニシュを唱えて二輪車ごと姿を消した。

 エドガーと再会してから、こうやって効率的に町を目指していたのね。
 だけど彼女の用意周到さに感心する私の横でマッシュはなにやら複雑な顔をしていた。
「バニシュが使えるなら、ニケアでも男装する必要なかったんじゃないのか?」
「え? あっ……言われてみれば!」
 姿がないままユリの驚く声が響く。

 ニケアで再会した時にユリが男のふりをしていたのは、少女の身で盗賊の中に混じっては危険だという理由から。
 それはエドガーの提案だったらしい。聞いた時は何の疑問もなく納得したのだけれど。
 確かにマッシュの言う通り、バニシュが使えるんだからユリはそもそも盗賊たちと顔を合わせる必要もなかったのよね。
 今みたいに姿を消したままでジェフに化けたエドガーについて行けばよかったのよ。

 私たち三人の視線を受けてエドガーはわざとらしく微笑んだ。
「すごいじゃないか、マッシュ。私はそんなこと思いつきもしなかったよ。ユリが身を守るには男のふりをするしかないと、」
「兄貴、嘘つく時たまに“私”になってるぜ」
 途端に足跡だけがエドガーに駆け寄って「いてっ」とユリの声がした。エドガーの鎧を蹴っ飛ばしたみたい。

「男装させたのは二人きりになる口実が欲しかっただけだろ?」
「さて、何のことやら」
 ……バニシュを使ったらユリと話もできないけれど、男装をさせておけば、フォローするためと称してずっと一緒にいられるもの。
 でもそんなに詳しくエドガーの心理を察せられるなんて、やっぱり双子だからお兄さんの考えることがよく分かるのかしら。

 ユリがいると思われる場所に向かってエドガーが声をかける。
「それじゃあユリ、先導を頼むよ。無茶はしないように」
「誤魔化したな! ……まあいいや。行ってきます」
 金属の擦れる音がしたあと、砂漠に轍が引かれていく。コーリンゲン村の方角を知る彼女がキャンプに適した場所まで先行してくれる。私たちはユリの後を追えばいい。
「なかなか侮れないだろう?」
 戦闘能力がなくてもユリは大したものだと、なぜかエドガーが胸を張るのが微笑ましかった。

 私たちもチョコボに乗ってユリの後を追う。轍を見ながらマッシュが尋ねた。
「そもそもあの車、何なんだ?」
「自転車というらしい。ユリの世界ではかなり一般的な乗り物のようだね」
 帝国にも運搬用の自動車はあるけれど、あの程度の荷物ならばチョコボを使う方が効率的だわ。
 ユリの世界にはモンスターがいないから、チョコボではなくあの無防備な二輪車が生まれたのだと思う。

 そしてそれらの事実は彼女のような一般市民が気軽に自分の足で遠出できる、安全が保証された暮らしをしている、ということを示唆している。
 モンスターがいない世界……。生き残ることに必死にならなくてもいいから、ユリは生きて何を為すかを考える。彼女の強さの源はそこにあるのかもしれない。

 轍は迷いなく真っ直ぐに続いていた。じきに砂漠を抜けて草原に入ると自転車の跡が分かりにくくなって、ユリが時々ファイアを空に放つことで居場所を知らせてくれる。
 明日にはコーリンゲン村に着けそうなので、合流して一晩だけ野宿することになった。
 ユリが荷物に入れていた万能鍋というもののお陰で野宿のわりに人間らしい食事にありつける。

 スープを飲みながら、彼女は以前マッシュに護身術を教わった時の続きを聞きたいと言い出した。
「あとは体で覚えるしかないけどな。何が聞きたいんだ?」
「もうちょい軽めの攻撃手段がほしいです。目潰しと金的以外で」
 その言い種に思わず噎せる私とエドガーをよそに、ユリとマッシュは平然と会話を続けた。
「自分の身を守るためとはいえ、やっぱ再起不能になっちゃうと困るし」
「悪漢がどうなろうとユリの安全の方が大事だろ?」

 しばらく沈黙があった。やがてユリは困ったような笑みを浮かべて言う。
「えっと、なんていうか、悪漢が身近な人だった場合? そういう時にちょうどよく相手を止められる技はないでしょうか?」
「……」
「兄貴、ちょっと話があるんだが」
「待て誤解だ。まだ何もしてない」
 まだ、ってことは、いずれ何かする予定があるのね。そしてユリが“軽めの攻撃手段”を必要とする程度の出来事が、既にあったのね。

 エドガーとユリが親しくなることを喜びつつもマッシュは複雑な心境でいるらしい。それら絡み合った感情をため息にして吐き出しつつ、彼は簡潔な助言をユリに与えた。
「喉仏を殴れば息ができない。こめかみを強打すれば脳震盪を起こす。本当ならその隙にとどめを刺すべきなんだけど」
 兄貴が相手じゃ殺すわけにはいかないしなあという物騒な言葉にエドガーが青褪めた。
「もし無理やり押し倒されて両手が塞がってたら、顎に頭突きでもしてやるんだな」
「なるほど、参考になるね!」
「……参考にすべき事態にならないよう善処するよ」
 げんなりして見せる裏腹、やはりエドガーの表情には少なからず満足が現れている気がした。

 国王の重圧は分からないけれど、出会った当初からエドガーの気持ちは私にもなんとなく理解できる。安定と平静を第一とする彼の考え方は私と似通っているから。
 魔導の力を注がれて以来、その力を継いでゆくため結婚と出産を待ち望まれた。それを避けたいのもあって戦場に立ち続けた。
 エドガーにとっては、あらゆる女性を平等に扱うことが結婚から逃れる自衛手段だったのだろう。
 でも彼は逃げなくてもいい相手を見つけたのね。
 私は……、私もきっと、旅が終わる時には見つけたい。大切な家を、自分の世界を共に守っていきたいと思う人……。


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