×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖Block and Fall



 船は緩やかにサウスフィガロ港へと滑り込む。身を隠していた荷物の陰から顔を出して覗くと、船室で休んでいたジェフと子分どもがわらわらと出てきて船を降りていくのが見えた。
 その後を二つの人影が追いかける。荷物を満載した妙な二輪車を押している小柄な少年に人の良さそうな男が話しかけた。

「その鉄屑重いんだろ。俺たちで運んでやろうか?」
「鉄屑じゃねーよ。これは自転車、馬鹿には乗れない代物だから自分で運ぶ」
「そっか〜。じゃあ俺たちには乗れないんだなあ」
「いや怒れよ……簡単に馬鹿って認めるなよ」
「ボスなら乗れんのかな?」
「うーん。練習したら乗れると思うけど、たぶん今のところは世界中で俺しか乗れないかな」
「ユリってすげえなあ」
「そ、そうだろ〜!」

 思わず目を瞠る。てっきり男だと思ってたから声を聞いても全然気づかなかったが……。
 背格好は同じくらいだ。体型が違うのは詰め物で誤魔化せるからなんとも言えない。声も似てる。髪と瞳はあいつと同じ黒。
 荷物が多いわりに武器を携帯してない、そのくせ周囲に対する警戒心は感じられなかった。
 男の格好で乱暴な話し方をしてるけどユリに似てるみたいだ。いや、似てるなんてもんじゃない。

「なん、むぐっ」
 うっかり「なんであいつがここにいるんだ!」って叫びそうになったところでセリスに口を塞がれた。
 この船は盗賊の貸し切りなんだ。こっそり忍び込んでるってのを忘れてたぜ。とはいえもう港に入っちまったんだからバレても構わないんだが。
 船員に見つかってややこしくなる前に俺たちも降りることにする。

 市場に続く道でジェフと子分どもは何やら話し合っている。そしてユリと呼ばれた人物は、ボスの話をろくに聞かず謎の二輪車に跨がって本を読んでいた。
「あれユリだよな?」
「……そう見えるわね」
 セリスはユリと数日しか一緒に過ごしていない。だがしばらく見つめてから、あの髪色は間違いないと呟いた。

 そうか、髪ねえ。確かに珍しいほど真っ黒ではある。俺としてはカイエンと同じようにしか見えないが、セリスにはあれがユリの印象なのか。
 髪色といえば問題なのはジェフだ。十中八九あれは兄貴だと思うのに、あの銀髪が違和感になって残る。
 頭の大きさが変わってないからカツラじゃなさそうだし、だとすれば染色してるのか? あんなに自然な銀髪になるものか?
 言動は単なる演技だとしてもジェフの髪色がどうにも俺の自信をなくさせる。あの色は、フィガロの家系に結びつかない。

 しかしとにかく、あの気配は間違いなくユリだ。あんな風に無防備を晒して平気な顔してるやつは他に見たことがない。

 どこでユリと再会したのか、何のために変装して、なぜ盗賊の頭なんかやってるのか。
「やれやれ、ついて行くしかなさそうだ」
「エドガーのことだもの、きっと何か事情があって私たちにも正体を隠してるのよ」
「そうだなぁ」
 三闘神のせいで地形が変わってフィガロ城がどっちの方角にあるのかも分からなくなった……もしかして、城を探すために盗賊団に潜り込んでるのか?

 サウスフィガロの市場でジェフとユリは連れ立ってある店に入っていった。王室御用達の道具屋だ。
 俺が足を踏み入れたのはリターナーに加わってからだが、兄貴は昔から自分でちょくちょく来ていたはず。
 今のうちに情報収集をしてくるとセリスは酒場に向かった。俺はジェフたちが出てくるのを待ち、道具屋に入り込む。

「これは、マッシュ様! ご無事だったのですね!」
「ああ。さっきの男は何を買ったんだ?」
「あの盗賊の頭ですか? こちらでございます」
 差し出されたものを見て嫌な予感がした。
「じゃあ……、これ二つくれ」
「かしこまりました」
 店主の顔には緊張が見える気がしたが、優秀な彼は余計なことを何も言ってくれなかった。

 店を出るとちょうどセリスが戻ってきたところだった。やけに慌てている。
「マッシュ! フィガロ城で事故が起きたらしいの。城の人たちは地中に閉じ込められて……」
「そうか。ジェフがこいつを買った理由が分かったな」
 今しがた手に入れたものを渡すとセリスは戸惑いながらも受け取った。
「これは?」
「酸素缶だよ。ジェフはフィガロ城に行くつもりなんだ」

 潜行中に緊急事態が起きた時どこからでもすぐ救助に駆けつけられるように、酸素缶は国内のあちこちに保管してある。
 事故ってのはいつ起きたのか……。備蓄の酸素が尽きる前に、助けに行かなくちゃならない。

 ジェフ一行は休息も取らずに真っ直ぐサウスフィガロの洞窟に向かった。
 そういやニケアで「フィガロ城が大ミミズの巣穴に繋がった」という噂を聞いたっけな。

 洞窟の中に湧き出していた大きな泉の前で、子分の一人が何やら懐から取り出して水面にばらまいた。
「よぉ〜しよしよし、カメちゃん餌だよ〜」
「こういう場合やっぱり“カメなで声”っていうのかな」
「おいおいユリ、それって下ネタか?」
「えっ、なんで?」
 したり顔でユリに説明してやろうとした男はジェフの一睨みを受けて「何でもないです」と黙り込む。
 普通に仲良くやってるんだよな……。もしかして盗賊の頭に向いてるんじゃないのか、兄貴。

 餌に釣られて現れたカメが盗賊たちを背中に乗せて向こう岸へと運んでいく。
「やるじゃないか」
「へっへ。ガキの頃にカメ飼ってたんすよ」
「俺もやりたい!」
「……おい。ユリに餌を渡してやれ」
「へい、ボス! ユリ、やり過ぎないように気をつけろよ。カメちゃんが腹壊しちまうからな」
「分かった」

 和やかすぎる光景を盗み見ながらセリスと二人で微妙な顔をしていたら、適当に餌をまくふりをしてからユリはその袋を岩陰に置き、何食わぬ顔で対岸に渡っていった。
「あいつ……俺たちがついて来てることに気づいてるみたいだな」
「やっぱり本物のユリよね。どうして男装してるのかしら」
「分からないけど、たぶん兄貴が“ジェフ”になってるのと関係あるんだろうなぁ」
 セリスを見てふと思ったんだが、オペラ座での出来事に感化されて「自分もやってみたい!」と考えたわけじゃないよな、あの二人。もっとちゃんとした理由があることを願ってるぜ。

 巣穴の空気は洞窟内よりも薄くなっていた。崩れた壁の向こうに城の牢屋らしきものが見えている。
 酸素缶をベルトにくくりつけ、マスクを装着して城内に入る。動き回る余裕があるのは五分ってところだ。
 盗賊たちは苦しみ呻く人々に目もくれず宝物庫を目指した。俺とセリスも後を追いかける。
 城を浮上させるためのレバーはどこかに引っかかってどうしても動かない。力任せに引いてもいいんだが、俺がそれをやると壊しちまいそうだ。
「下だ。機関室で何かあったに違いない」
 頷くと同時にセリスは地下へと駆け出した。

 レバーのそばで機関士の親父が蹲っている。苦しみつつも呼吸を最小限に抑えているのが見てとれた。
 ……くそっ! もっと余分に酸素缶を買ってくるんだった。

 急いでセリスの後を追うと盗賊たちの姿はなく、ジェフとユリが戦闘中だった。とはいってもユリは魔法でジェフの支援をしてるだけみたいだが。
「あーっもうどれが右下とかぜんぜん分かんないよ! 物理攻撃でいこう!」
「しかし下手を打つと我が家の心臓に当たってしまう。サンビームを組み立てる猶予が欲しいな」
 言うなりジェフは俺たちを振り返って、不敵な笑みを見せた。
「そこの尾行が下手な二人、見てないで手伝ってくれよ」
「やっぱりエドガーだったのね!」
「ったく、他人のふりしといて何だよ」

 巣穴からはぐれてパニックに陥った大ミミズ。やつらが動力部に絡んでいたせいで城は浮上できず、換気も行えなかったようだ。
 俺とセリスで撹乱して注意を引きつけてる間に兄貴がサンビームをセットして最大出力で照射する。
 地底の生き物は陽光に弱い。大ミミズは瞬く間に萎れて紙屑のようになった。
「やった! あ、でもまだ奥の方に逃げたやつが、」
「ああ、一匹や二匹なら機械に巻き込まれて死ぬから問題ないよ」
「うわわっ、詳しく聞かせてくれなくていいよ。機関士さんに知らせてくる!」
 逃げるようにユリが階段を駆け上がっていく。

 間に合った、のかな。死者が出てなければいいんだが。
 浮上を終えて換気を始めてから念のために城内を見て回ろう。重症になってるやつがいても、セリスのレイズなり俺のチャクラなりで治せるはずだ。

 さて、まずは話を聞かせてもらおうかと兄貴に向き直ったら、奥の宝物庫から盗賊連中の声が聞こえてきた。
「まずい、二人とも隠れろ」
 慌てて機械の陰に隠れたところでジェフの子分どもが現れる。モンスターの残骸と落ちた酸素缶に気づくとやつらは目を見開いた。
 ボスとユリがモンスターにやられたと勘違いしてるようだ。意外なほどに消沈しつつ、やつらはしっかり宝を握ったまま再び牢屋の方へと逃げていった。

「……悪かったな。城に案内させるまであいつらに正体を知られたくなかったんだ」
「そうよね。自分たちを捕まえてた王様を手伝ってくれるわけがないもの」
 苦笑するセリスを見るとそれは尤もだと納得しそうになるんだが、俺たちにまで嘘つく必要はなかったんじゃないのかと思えばやっぱり腑に落ちない。
「城が浮上したら、詳しい話を聞かせてもらうぜ」
「ああ。ちゃんと話すよ」

 しばらくするとフィガロの心臓が音を立てて動き始めた。
 兄貴はユリが去った階段の方を楽しげに見つめている。
 そう、その件についても、ちゃんと話してもらいたいもんだな。


🔖


 44/76 

back|menu|index