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 封魔壁が開いた衝撃で元の世界に戻された時、懐かしい我が家を目の前にして思ったのは「またあの世界に行くかもしれない」ってことだった。
 もう一度、魔導の暴走が起きたら。つまり世界崩壊の衝撃でテレポートしてしまうんじゃないかって。
 その時に世界を移動するのが私だとは限らないし、最初にビックスとウェッジが消されたみたいに別の誰かが違う世界に行くだけかもしれないけれど……。
 まだ可能性がある。私にとっては、そのことだけが重要だった。

 私がリュックを漁って“攻略本”を取り出すところをエドガーは不思議そうに見つめていた。
「これが崩壊後のワールドマップだよ。ダンジョンの地図とかは省略されすぎてて参考にならないかもだけど、大きいのは使えると思うんだ」
「……地形がまったく違ってしまったようだな。サーベル山脈もなくなっているし……ジドールと陸続きでなくなったのは手痛い。いや、サウスフィガロの港がある分むしろ有利か?」
「まあその辺は私にはよく分かんないんだけど」
 地形の詳しい変化については後で話し合うとして、だ。

 崩壊後の主役はセリスで、彼女がエドガーと再会できるのは港町ニケアでのこと。
 でもエドガーがニケアに来るのは盗賊が城を脱走してから……つまりフィガロで事故が起こった後になるはずだから、私たちが今いるのはニケアから離れた場所かもしれない。
「ここ、どの辺だろうね。無人島だったらヤバイかも」
「それは……どういう意味で?」
「方角も分かんないまま筏でも作って漕ぎ出さなきゃいけなくなるでしょ。せめて町の近くだったらいいんだけど」
 私がそう言ったらエドガーはホッとしたように息を吐いていた。ん? なんか関係ないこと考えてない?

 元の世界に帰ってから、このゲームを遊び直してみた。
 そうして改めて気づいたことがいろいろある。

 ニケアでジェフと会って“フィガロ城が大ミミズの巣と繋がった”ってことが分かるけど“城が故障した”のを知るのはサウスフィガロの町なんだよね。
 これは重要なことかもしれない。
「ニケアの人はフィガロ城が事故ったのを知らない。でも、ジェフはそれを知ってた」
「なるほど。盗賊を追ってニケアに来ただけで、俺は元々“サウスフィガロにいたのかもしれない”ということだね」
「そう!」
 だからこの場所はもしかしたらサウスフィガロの近くなんじゃないかな?

 私たちだけでフィガロ城に行っちゃうことも考えたけど、それは名案じゃないって気もしてきた。
 だってジェフと会わなきゃセリスたちはすぐフィガロ城に行こうって思わないだろうし、そうするとニケアからどこに向かうか予想がつかない。仲間との合流が遅れてしまう可能性があるんだ。

「ってわけで、とりあえずサウスフィガロを目指してそっから船でニケアに行って、ジェフに変装して盗賊が逃げてくるのを待つのがいいんじゃない?」
「そうだな。城のことは大臣たちに任せておけば心配ない。俺たちが行くまで、皆で我が家を守ってくれるだろう」
「信頼だね〜」
 今までだって大臣さんたちがエドガーの留守を預かってくれてるんだもん、きっと大丈夫だ。私たちは事故の後に全力を尽くせばいい。

 早速サウスフィガロの町を探しに行こうかと立ち上がろうとしたところで、エドガーに腕を引かれた。
「先に変装した方がいいんじゃないかな。“フィガロ王”が彷徨いていると知れば盗賊たちは警戒するだろう」
「あ、そっか」
 じゃあサウスフィガロに行く前に準備をしなければと再びリュックに手をかける。
 以前ナルシェに来た時はどてらとスコップしか持ってなかったけれど、今回は旅に役立つ荷物も一緒だ。いいタイミングだったと思う。
 何より、お風呂とかトイレの最中に飛ばされなくてよかった。

 ちょっと買い物に行くだけでも、いつこっちに来てもいいように必要になりそうな物を肌身離さずそばに置いていた。
 リュックを開けて攻略本を戻し、目的の物を探してたらエドガーに背中をつつかれた。
「ユリ。さっきから気になっていたんだが、それは何だい?」
「えっ、それって……自転車のこと?」

 貯金をはたいて買ったトラベラー。ツーリングが趣味の両親が二人で激論を交わした末に選んだものだから役に立つはず。
 学生の身には不相応な代物だけど私が旅の準備をし始めると両親は喜んで協力してくれたんだ。……そのために退学さえも許すのはうちの両親くらいだろう。
 黙って姿を消してたことはものすごく怒られたけれど、もしかしたらまた突然どこかに行くかもしれないと言ったらすんなり認めてくれた。
 人は旅をするもの。そして初めて帰る場所を見つけるもの。それが両親の持論だ。行くべき道を見つけたなら常識に外れたって構わない、好きにしろ、って。
 今回の私はもう向こうに戻らないかもしれない心積もりでここにいる。

 で、それはともかくとして。エドガーは興味津々で自転車を観察していた。
「まさか……こっちの世界に自転車、ないの? 飛空艇とか戦車とか鉄道とか飛行兵器とか、砂に潜るお城があるのに自転車はないの?」
「こういう二輪車は、少なくとも俺は見たことがないな」
 確か自動車の原型が発明されたのが産業革命の前後だった、気がする。自転車も同じ頃だとしたら、こっちの世界でも発明されてないってことはないと思う。
 それとも、チョコボがいるから? 競合になって自転車は負けたのかな。

 荷物満載の自転車に跨がって辺りをぐるっと回って見せたら、エドガーは感心しつつも少し顔をしかめた。
「横からモンスターに襲われたら危険だな」
「あー、だからこっちでは発明されても広まらなかったのかもね」
 運転中は完全に無防備だし、そういう意味では鞍の上で戦ってても自分で勝手に走ってくれるチョコボの方が便利だ。
 でもまあ、私が運転してエドガーがモンスターに気をつけてくれれば問題ないと思う。いざとなったらバニシュもあるし。

「あっと、話ずれちゃったよ。ジェフに変装するのに使うかと思って、これ持ってきたんだ」
 自転車のことはさておきリュックから目的のものを取り出した。
「シルバーアッシュのヘアカラー!」
 値段の都合でワックスにしようか迷ったんだけど、エドガーは髪が長いし一日しか持たないと結局は大量に必要になっちゃうからやめた。
 地毛が淡い金色だからそこそこ色持ちする……かな?

 で、とりあえず一箱開けて染めてみることにする。
「エドガー、髪さらさらだ……」
「身嗜みには気をつけているからね」
 ブリーチしなくて済むのは本当によかった。この髪が傷むのは私も嫌だ。染めるのだって良くはないだろうけど、エドガーはとにかく目立つからね。
 例の盗賊はエドガーの顔を知ってる。だからなるべくかけ離れた容姿になる必要がある。きれいな長い金髪は目を引く分、色を変えるだけでもかなり印象が変わるはず。

 その目論見は当たった。ちゃんとムラなく馴染む心配だったけど、集中してやったお陰で自然な銀髪に染まってる。
 しかも髪をほどいてるからなんだかエドガーじゃないみたいだ。
「セッツァーみたいでかっこいいね!」
「嬉しくないな」
「あ、ごめんごめん。そういう意味じゃなくて、普段のエドガーは上品だから、やさぐれてる感じも新鮮でかっこいいなって思っただけ」
 慌てて言い直したら満面の笑みを浮かべて「ありがとう」って。すぐ機嫌治るなぁ。

 あとは服と口調も変えたら知ってる人が見てもすぐにエドガーだとは気づかないだろう。
「さすがに服は持ってこられなかったんだけど」
「ああ、それはサウスフィガロで買うとしよう。荒くれ者のジェフに相応しい衣装をね」
「う、うん」
 自分で染めといてなんだけど、なんか、変な感じ。いや似合ってるんだけど、似合ってるからこそエドガーがエドガーじゃないみたいでムズムズする。

 髪を括り直しながら、私を見下ろしてエドガーは不意に呟いた。
「君も変装した方がいいんじゃないか」
「えっ、私は顔知られてないのに?」
「盗賊の集団に女性を放り込むわけにはいかんだろう。ああいう連中はたとえ望んでもレディ扱いなどしてくれるわけがない」
「あー、男装すべきってことか」
 考えてなかったけど言われてみるとそれもそうかな。じゃあ、サウスフィガロに着いたら私の“衣装”も買っとこう。

 ……ていうか、女性って言葉になんかやたらと引っかかっちゃうのはどうしてだろう。レディとか言われるよりはマシなはずなのに。
 ううん、違うな。たぶん私は……口説くためじゃなくて普通に女性扱いされてることに引っかかったんだ。
 お決まりの「レディ」って呼び方もせずに、ただ私を私のままに「女性」って。
 うぅ、なんだろう、歯が浮くような台詞をぶつけられた時よりずっと恥ずかしい気がする。
 社交辞令は嫌いなんて言っといて、社交辞令じゃない誉め言葉をどう受け取ったらいいのかは分からなかった。


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