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🔖Earthquake



 もしも俺がケフカを殺せばどうなるだろうか。
 ガストラが虚空に消え失せ、今まさに世界を手中におさめようとしているケフカは我々のことなど視界の隅にも入れず油断しきっていた。
 人間を殺すのは簡単だ。モンスターよりずっと易しい。まして相手が憎むに足る卑劣漢ならば、俺はユリのように優しくはないから容易に殺意を抱くことができる。
 ケフカがまだ人間でいるうちに殺してしまったら……。

 彼女の世界の物語はどうなるだろうか。俺の手で書き換えることになるのだろうか。
 そうすればユリは気づいてくれるだろうか。
 この世界に来たのが夢ではなかったと、確かに俺と出会ったことを、忘れずにいてくれるだろうか。

 しかし結局のところ俺はケフカを殺すことができなかったんだ。
 三闘神をそこに置いたままで魔大陸をどうすればいいのか見当もつかない。もちろん放っておくわけにはいかないだろう。
 仮にケフカがいなくなったとて代わりの誰かが現れるだけに思われた。
 三闘神を滅ぼしてしまうには、やはり予定通りの道を歩んでいくのが最も安全なのだ。

 それに一度でも規程のシナリオから外れてしまえば、その未来で生きる俺は彼女の存在が夢ではなかったと信じられなくなる。
 ユリがくれたイベントリストには書かれていない未来。きっと時が経つほどそのリストの現実味は薄れることだろう。
 かつて出会った少女が夢幻ではと疑う未来など俺は望まない。
 リストにある結末を迎えてこそユリが確かに居たのだと信じられる。

 夢ではなかったのだと。

 肩を揺すられて瞼を開ける。始めに見えたのは赤く燃える雲だった。やがて視界に漆黒の帳が降りる。
「エドガー、大丈夫?」
「ああ、ユリ……」
 目が覚めたような気がしたが、まだ夢の中にいたようだ。
 旅を終えて我が家に帰り、そしてそこにはユリがいる。彼女を抱き寄せて柔らかな頬を撫でる。
「あのぉ、別の意味で大丈夫かな?」

 いつもならばユリは嬉しそうに微笑むところだ。しかし今日の夢ではまるで本物の彼女みたいに胡散臭そうな目を向けてきた。
 俺が“美しいレディ”ではなく“目の前にいる彼女”を口説いていることにちっとも気づいてくれない、あの表情だ。
「ユリ……」
 脳が痺れるようだった。言葉が何も出てこない。まるで現実に思える触り心地だが、これは夢なのだから紳士的である必要はなかった。

 ユリもまた決意を固めた表情で俺の頬に両手で触れてくれる。
「うぅ、やっぱ……は無理……から」
 何事かを呟く唇に触れる、寸前。
「エドガー、ごめん!!」
「え、」
 天地が引っくり返ったような気がした。

 経験上、夢の中では痛みを感じない、というのは嘘だ。たとえ夢であっても痛いような場面に遭えば痛かったような気がする。
 俺の場合は機械の試作に失敗した夢をよく見る。手を切ったり、挟んだり、爆発したり。起きがけに「傷になっているのでは」と疑うほど現実的な痛みを感じることもある。
 しかし下腹部から脳天に向かって突き抜けたそれは、痛みではなく、もっと純粋な衝撃だった。

「ああああごめんどうしようこれでフィガロの世継ぎが絶望的になったら私の責任!? ひえええ!! ケアルしようか?」
「……い、いや……それより……」
 レイズの方が適切かもしれないと息も絶え絶えに告げればユリは慌てて蘇生魔法を唱えてくれた。
 他の誰が唱えるよりも暖かく感じる魔法が身を包み、今しがた負わされた致命傷を癒してゆく。

 息を整え、改めてユリに向き直った。
「勘違いだったら困るので確認したいんだが、俺は夢を見ているわけではないんだね?」
「少なくとも私は起きてるし、目の前には現実としてエドガーがいるよ。あと、思いっきり股間蹴ってゴメンナサイ」
 それについては強いて自覚したくなかったんだが、やはりそういうことが起きたんだな。
「こちらこそ、すまない。夢だと思って不躾なことをした」

 しかし……マッシュに護身術を教わったのは聞いていたが……まさか俺が暴漢扱いされるとは……。しかも感動の再会を演じるべき尊い瞬間に、だ。
 彼女が再び現れたという喜びと醜態を見せてしまった自分への怒りが渾然一体となり渦巻いている。どうしていいやら分からないのですべてまとめて大きく息を吐いて済ませた。

 魔導の暴走による不可抗力で引きずり込まれた彼女に言うべきことではないのかもしれない。それでも敢えて言おう。
「……ユリ、また会えて嬉しいよ」
「うん、私も!」
 いつものように何の悪意も衒いもなく笑ってそんなことを言うのだから、あまりに愛しすぎて胸が苦しくなる。恋に我を忘れていられた若き日のことを思い出す。

 マッシュには「だから言ったろ!」と叱られそうだな。
 俺はたぶん、ユリに恋をしているんだ。

 ユリは不吉な色に染まる空を見上げて嘆息した。離れていても、世界がどういう状況に置かれているのか彼女は理解している。
「我が家は既に潜行しているのだったね」
「うん……。サウスフィガロで『フィガロ城が崩壊の日から姿を消してる』って台詞が聞けるんだ」
 セリスが目覚めて大陸に辿り着き、おそらくはマッシュと共にニケアを目指すだろう。その頃になると我がフィガロ城は事故が起きて砂中に取り残されるのだ。
「逆に考えれば、盗賊たちが逃げてくる頃までは問題なく動いているわけだ。とにかく、まずはニケアに行かねばならないな」

 気軽に不安を口にしていいものかと迷うような顔でユリがおずおずと俺を見つめた。
「でも、そんな何日も潜ってられるもんなの? あとで事故るくらいなら今のうちに連絡して浮上してもらった方がよくない?」
 そうか。酸素供給の仕組みや詳細な城の構造まではユリも知らないのだな。
「巡行ルートを逸れなければ定期的に酸素を補給することができるのさ。事故が発生してから……約一週間は救助を待つ猶予がある」
 盗賊がニケアに現れてからフィガロに引き返しても間に合うだろう。

 事が起きれば急ぐ必要があるのは確かだが、事故さえ発生しなければ酸素が尽きる心配はないのだと言えばユリは安堵の笑みを見せた。
「さっすが! フィガロ城がハイテクなのもエドガーが有能なのも知ってたけど、やっぱすごいね」
「そろそろ惚れてもいいところだよ」
「あぁ、それさえなければな〜」
 この性格なくしてエドガー・フィガロとは言えないだろうに。

 玉座に縛られた哀れな男だと言う者もいる。しかし俺はフィガロが好きだ。あの国に居たいと自ら望み、それを叶えたに過ぎないんだ。
 生まれてこのかた理不尽に義務や責任を押しつけられた覚えなどなかった。大切な我が家で機械の音に埋もれているのは楽しい。フィガロにいてこそ俺は好きなだけ機械に没頭できる。
 決して、弟に自由を与えんがために不幸な道を歩んでいるのではない。
 そして今や、王であるこの身を労るのではなく、俺が幸せなのだと理解してくれる人が隣に在ることを欲している。

 もし叶うなら……その人が王妃の身分を受け入れてくれることを願いたいものだ。


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