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🔖Americano



 飯に肉が多いのだけは帝国を好きになれる唯一の部分だな。量も多いし、修練小屋を発ってから久しぶりに腹一杯食ってるような気がする。
 ……いや、魔列車でも満腹になったっけか。あの時はどれだけ食ってもタダだったもんなあ。
 まだ生きてるってのに霊界まで連れて行かれるのは絶対に御免だが、食堂車に乗って途中で降りられるならもう一度体験してもいいくらいだ。

 食事の時でもなければ牢の見張りを止めないカイエンは、席を立つなりまた地下に降りようとしていた。
 ケフカのやつから目を離したくないって気持ちは分かる。しかし、いくらなんでも詰めっぱなしは心身に悪いだろう。
 とはいえ休めと言って聞くやつじゃないから、俺の気分転換に付き合ってくれと町に誘えば渋々ながらついてきてくれた。

 ティナとロックが旅立ってまだ三日。やっと大三角島に着いた頃だと思うが、ベクタの町は瞬きするごとに破壊の爪痕を消し去っていくようだ。
「……だいぶ直ったみたいだな」
「ガストラが町の修復を優先したのは、意外でござる」
 魔導研究所は今も立ち入り禁止、ベクタ城だってあちこち壊れたままだが、皇帝はそれを放置して町の復興に全力を注いでいる。
 そういう姿を帝国の民と、それ以上に俺たちリターナーにこそ見せようとしているのだと兄貴は言っていた。
「デモンストレーションってやつか」
 実際、フィガロ以上の機械技術とナルシェにも匹敵する資源の豊富さを見せつけられてみんな戦々恐々としている。

「ケフカはどんな様子だ?」
「変わりなし、ですな。不平不満を溢すばかりで脱走など企む様子は見当たらぬ」
「そうか……。なんか、スッキリしないなあ。どうも後手に回ってる気がしちまうぜ」

 あのケフカが大人しく牢に入ってる。それこそまさにガストラが何かを企んでる証にも思えるんだ。
 本当に罰されるのなら、あいつはお得意の魔法で牢を破ってどこか遠くへ逃げている頃だろう。
 そういう気配が見られないのはつまり、事が済めば出してやると内々の約束があるに違いない。
 ケフカもガストラも何かを待っているようなのに、俺たちはその時が訪れるまで行動を起こせない。それがなんとも頼りなかった。

 帝国が何を企んでいるのかは心配だが、幻獣の方はおそらく大丈夫だろう。
 ティナとロックがいるし、帝国側からもレオ将軍が同行している。あの人が監視している中で軍に無体な真似をさせることはないと思う。
 やはり警戒すべきはガストラが待機しているこの帝都ベクタだ。

 不意に前方から城勤めのメイドが機嫌良さそうな笑みを浮かべて走ってくるのに気づいた。
 ガストラが何を考えているにせよ、兵士たちがどこまでそれを把握しているにせよ、ベクタ城の使用人は皆リターナーである俺たちにも親切だ。
 なんか……やりづらいんだよな。

 メイドが俺の横を通りすぎて駆け抜けたあと、彼女が来た方向から「少しの間ここは任せる」なんて言って出かけていた兄貴が戻ってきた。
 なんであのメイドがご機嫌だったのかそれで分かった気がする。

「兄貴、おかえり。どこ行ってたんだ?」
「ただいま。せっかくだから他の町がどんな様子かを確かめておこうと思ってね」
「ああ……」
 封魔壁の向こう側から飛び出してきた幻獣がベクタを襲ったのは、ここに仲間を捕らえて痛めつけている魔導研究所があったからだ。
 しかし彼らがベクタを去って大三角島に向かう時に他の町も被害を受けていないとは限らない。帝国に敗れて支配下に置かれた国だなんて、幻獣には知ったことじゃないものな。
 そんなの俺に言ってくれりゃガウと一緒に行ってきたのに、とは思わなくもないが。

 飛空艇から見下ろした時、アルブルグは襲撃があった形跡が見られなかった。だから兄貴は北のツェンに行ってきたようだ。
 そして偶然にもそこで魔石を見つけて手に入れたという。
「魔導研究所でマディンたちが魔石化した時に、密かに居合わせた盗賊がいたんだ」
「むむ、火事場泥棒でござるか……。感心せぬが、お陰で魔石が我々の手に渡ったのは感謝せねばなりませんな」
「確かに。泥棒もたまには世のためになるのさ」
 ロックが聞いたら喜ぶだろう。いや、俺は泥棒じゃないって怒るかな?

 兄貴たちが研究所に忍び込んだ時、イフリートとシヴァは魔導の力を吸い尽くされて地下に廃棄され、他にも空っぽのビーカーが並んでいたと聞いた。
 もしかしたら見落とした魔石が他にもあるかもしれない。
 魔石は便利なものだが、それ以上に幻獣の生きていた名残なんだ。誰に希望を託すこともできずに消えていった幻獣が今までにもいたのなら。
 盗賊でも何でもいい、俺たちが見つけられなかった石も、せめて誰かの手に渡っていてほしい。

 帰り道で魔法を修得し終えたという兄貴から魔石を受け取る。かなり強力な回復魔法が秘められているらしいから、俺やガウにも役立ちそうだ。
「それとブラックジャックの様子も見てきたよ。そろそろ飛べるとさ」
「あの目が回るほど複雑な機械をたったの二日で直してしまうとは……セッツァー殿、只者ではないでござるな」
「飛空艇は専門外だけど、知識さえありゃ兄貴だって直せると思うぜ。なんせフィガロ城のメンテナンスもできるんだからな」
 なんとなく口を挟んだら兄貴とカイエンは揃って妙に生暖かい顔を向けてきた。何なんだよ、その微笑ましげな視線は……。

 居心地が悪くて話を逸らすことにする。
「兄貴、さっき城のメイドを口説かなかったか?」
「買い物に出ていたところを見つけて声をかけただけだよ。彼女はいつも美味しいお茶を運んでくれるからね」
「……」
 どんな声をかけたんだか。

 胡散臭げな俺の視線を受けて今度は兄貴が話を逸らした。
「もうひとつ情報がある。ガストラは近日中にベクタを出る予定だ。やつの目的は封魔壁の奥」
「えっ? でも、封魔壁はもう開かないぜ。岩に埋もれちまったんだから」
「帝国の機械技術があれば岩くらいどうにでもできるさ。町を修復している建機を見れば分かる。封印が解けた今、やつらを妨げるものはないんだ」
「しかしガストラが大三角島に去った幻獣を放置するとも思えませぬが」
「ああ、放置はしない……幻獣を無力化する兵器を積んだ船がレオ将軍の後を追っていると聞いた」
「なんだって!?」
 悠長に話してる場合じゃないだろ、それ。

「やっぱり和解なんて嘘だったのか! 戦いの終わりを誓っておきながら卑劣な野郎だぜ」
「……やつらに警戒させてはいけない。あくまでもさりげなく、ベクタを出るんだ。そしてブラックジャックで俺たちも大三角島に向かう」
 今ならガストラはこっちが“気づいている”ことを知らないが、あまりモタモタしていられないな。

「ガウ殿たちにも伝えてきましょう」
「ああ、頼む」
 ベクタ城に戻っていくカイエンの背中を見送りつつ、どうやって町を出るか考える。
 一応の監視くらいはつけられてるかもしれないな。最初に兄貴とガウとモグを逃がして、俺とカイエンは警戒が敷かれてからでも強引に突破できるだろう。
「しかし幻獣がこっちへ出てきちまったのに、今さら何をしに封魔壁へ行くんだろう?」
 独り言に近い俺の問いを、兄貴は聞いていなかった。使い古しの手帳を取り出してぼんやり眺めている。

「それ何だ?」
「愛の手紙……だったらよかったんだがね」
「はあ?」
 今はボケッと女のことを考えてる時じゃないと思うんだが、次の言葉を聞いた瞬間、空気が凍ったような気がした。
「ユリが書いてくれたものだよ。俺がこれを役立てられると信じて」
「へっ? あ、ああ、そうなのか?」
 封魔壁が開くと同時にブラックジャックの甲板でユリは消えた。ナルシェの雪原に現れた時と同じくらい唐突な出来事だった。
 ただ一人で彼女を見送った兄貴は、久しぶりにユリの名を口にした。

「ユリは、俺が彼女をレディ扱いするなら今後一切俺には近寄らないと言ったんだ」
「そりゃまた手厳しいな」
 あいつは兄貴を嫌ってたわけじゃないが、単にそういうのが苦手だったんだ。異性であることを認識させられるのが嫌って気持ちは俺もよく分かる。
 だが、兄貴が気にしてるのはそこじゃないようだ。
「今後一切、だぞ。元の世界に戻るため氷漬けの幻獣のもとへ行こうという道中に、ユリは今後のことを考えてたのか?」
 じゃあ、さっきのはナルシェで言われたことなのか。それはちょっとばかし変だな。

 もう一度ティナと氷漬けの幻獣が共鳴したらユリは元の世界に帰れるかもれない。最初からそういう話をしていたんだ。
 だが幻獣の力を制御できるようになったティナと共にナルシェに戻った時、ユリは別れの雰囲気なんて微塵も感じさせなかった。
 レディ扱いして歯の浮くような台詞をぶつけるなら今後一切近寄らない。……ユリはあの時、まだ今後があるつもりでいたんだな。

「もう一度……魔導の暴走が起きたら」
 無表情のまま呟いた兄貴は、自分の言葉にうんざりしたように首を振った。
「近頃の俺は馬鹿なことしか考えていない気がするよ」
「そりゃあよかった。馬鹿なこと考えるだけの余裕があるんだろ」
「止めないのか、マッシュ」
 何を考えてるのかも分からないのに止められるわけないじゃないか。まあ、尤も……。
「兄貴に考えがあるなら、俺は全力を尽くしてそれを手伝うだけさ」

 馬鹿なことを考えた末に間違いを犯したならその後始末だって手伝う。それだけだ。
 俺は絶対に、兄貴の望みを妨げたりなんかしない。ユリだってきっとそうするだろう。


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