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🔖Violet fizz



 護衛役にマッシュとカイエンとガウを連れてティナは封魔壁の洞窟に入っていった。
 ちなみにロックは監視所に忍び込んで帝国軍を撹乱中、エドガーとセッツァーはこういう作戦であんまり役に立たないのでブラックジャックで留守番だ。
 もちろん、私も。

 もう夜になりつつある空を甲板から見上げる。
 紫から群青色に変わっていく空の色だけを見てると、あっちの世界にいるのと大して変わらない景色だ。
 月が二つあったりもしないし、星座は……詳しくないから違ってても分からない。自分が異世界にいることを忘れそうになる。
 でも視線を下ろせば巨大な山脈があってその地下には封魔壁の洞窟が広がってるんだ。そして私の足元には、ブラックジャックの甲板がある。
 ここは確かに私の生まれ育った世界じゃない。

 氷漬けの幻獣を置きっぱなしの雪原に行った時、正直言って私はまったく元の世界に帰れる気がしてなかった。だからみんなに別れの挨拶もしなかったんだ。
 根拠はないけど“その時じゃない”って感じ。もっと大きな出来事が必要なんだと思う。

 最初にティナが幻獣と共鳴した時は、ビックスとウェッジが消えてしまった。次は私がこの世界に現れた。
 私がナルシェで素性を打ち明けたら、マッシュが「別の世界って霊界のことじゃないよな」と言ったのを覚えてる。
 マッシュとカイエンとシャドウは、魔列車に乗ってあのまま抵抗しなければ霊界に連れていかれるところだった。
 死んで、何か大きな力に運ばれ、別の世界に移動する。私が体験したのもそれと同じなんじゃないかな。

 向こうの世界にいる、私のことを知ってる人たちから見れば、異世界に消えてしまった私は死んだようなものだ。
 向こうの世界に残してきた、私が知ってる人たちを思い出せば、もう遠い異世界に去ってしまったようなもの。
 死に別れたなら二度と会えないことに諦めもつく。淋しい気持ちは大きいけど、乗り越えてこっちの世界で生きる決心を固めるのは無理なことじゃないと思う。

 そのうち幻獣が飛び出してくるはずの夜空をぼんやり眺めてたら、音も立てずにエドガーが隣に来たからちょっとビックリした。
 お酒飲んでるみたい。私がナルシェで買ったステンレス製のタンブラーを持ってる。
 セッツァーはグラスじゃなきゃ嫌だって一刀両断だったけど、エドガーは冷えたまま飲めるのが気に入ったらしい。

 さっきまでの私みたいに洞窟がある方角の空を見つめてエドガーが口を開く。
「封魔壁が開いたら……」
「うん?」
 甘くてさっぱりした匂いがする。どんなお酒飲んでるんだろう。中身が見えないって点では確かに失敗だったかもしれない。いつもセッツァーが飲んでるお酒は見た目もきれいなのに。

 封魔壁が開いたら。それっきり少し黙り込んでたエドガーは、もう一口お酒を飲んでから物騒なことを言い出した。
「ベクタを急襲してガストラとケフカを殺してしまおうか」
 いきなり言うことじゃないと思うんだけど……。

「君はこういう考え方が嫌いだろう?」
「嫌いっていうか、よく分かんないかな」
 そりゃあガストラもケフカも殺されたって仕方ないやつだし、どうせ死んじゃうやつでもあるけど、そんな相手でさえ私は人を殺すことなんて考えられない。
 殺人なんて絶対にしてはいけない、そういう常識で生きてきたんだもん。

 でも、私はエドガーみたいに国を預かってるわけじゃないし。誰かを生かすために誰かを殺すとか、そういうことを考える必要のない一般人だから……。
 何の責任もない、戦争と関係ないところにいるから『人を殺しちゃダメ』って簡単に言えるけど、ガストラを殺せば大勢の命が助かるってことは考えるべきだ。
「実際、このタイミングでガストラが死んだらどうなるの?」
「魔大陸は浮上せず、三闘神も封じられたまま。ケフカのような輩がその力を握ることもないだろう」
「まるっきりストーリー変わっちゃうね」
 でも世界が崩壊しなくて済むならそれもありなのかもしれない。

「じゃあ殺っちゃおっか。でもどうやって? さすがに皇帝を暗殺するのは簡単じゃないでしょ」
「俺たちはベクタに行かず、幻獣を追って西の山に向かうということもできる。帝国兵を連れて行かなければ幻獣たちも魔石化されはしない。サマサで失われる予定の戦力を手に入れられるわけだ」
「会食イベントすっ飛ばして、ユラたちと一緒に帝国にとどめをさしちゃうってことね」
 素早く答えが返ってくるのはエドガーが頭いいからなのか、それとも今初めて思いついたんじゃなくずっと前から考えてたことだからなのか。
 たぶん、両方かなぁ。

 だけどせっかく世界崩壊を防ぐならベクタ襲撃も阻止したいな。幻獣と一緒に帝国を攻撃するってのは、ティナが悲しむだろうし。
「魔大陸を浮上させに来るところを待ち伏せして、ガストラとケフカだけピンポイントに殺るってのはダメ?」
「現時点でガストラを殺しても戦争は終わらない。腐っても皇帝、国内では人望があるからな。報復が始まるだろう。それを防ぐには、国力を殺いでおかねばならない」
 倒すべきは皇帝ではなく“帝国そのもの”だから、ベクタを攻撃するのは必須ってことか。うーん、難しい。

 タンブラーの中で氷が鳴った。エドガーはなんだか苦々しい顔をしてる。……お酒がまずいからではないと思う。
「帝国が再起不能になれば、南大陸は行き場をなくした元軍人で溢れ、残された民は長く苦しむはめになる。周辺諸国にも無法者が増えるかもしれない……だが、フィガロにまで害は及ぶまい」
 戦争が終わった時にはいろんなことが起きるものだ。平和になって万々歳ってわけにいかないのは、なんとなく分かる。
 でも自分で言ってる通り、フィガロ王国はエドガーがしっかり守ってるから大丈夫だろう。

「えっと、ごめん、私に何を言おうとしてるのかよく分かんない」
 先手を打ってガストラを殺そうとか、戦争を終わらせるには帝国を滅ぼさなきゃいけないとか、それらが終わったあとのこととか。
 話の要点が全然違うところにあるらしいのは、なんとなく分かるんだけど。
「何も世界の崩壊を防ぐためにケフカを殺そうとしてるわけじゃないんだ」
「うん?」
「俺もユリを利用したがるうちの一人だということさ。君の持つ情報があれば、他のやつらを出し抜いて俺の国だけは守ることができる……ずっと、そのことばかり考えていた」

 だから何なの? ……とか言ったらさすがに怒られるかな。なんか私は自分で思ってた以上に頭が悪いみたいだ。エドガーが何を悩んでるのかまだ分かりません。
 だけど、とりあえず。
「それもしかして、自棄酒だったりするの?」
「自棄になってはダメなのか?」
「ダメ。体悪くするよ」
 とりあえず、タンブラーを取り上げておいた。でもお酒は飲み終えてもう空になってた。

 そんなこと気にしてたなんて知らなかったな。前に私の利用価値がどうとか言ってた時、もしかしてエドガー自身についても忠告してたのか。俺は君を利用するかもしれないって?
「ていうかさ。勘違いしてたらアレだから確認するけど、つまり私の知ってることはフィガロを守るのに役立つことで、エドガーは私に利用価値があると思ってる自分に罪悪感を持ってるの?」
「……ああ」
 はあああ〜〜〜。あー、もう、なんて言ったらいいんだろう。

「単なるナンパ野郎になるには真面目すぎるんだね、エドガーって。世の中のレディはそういうところにやられちゃうんだろうなぁ」
「この船に乗ってるのは、思うようにやられてくれないレディばかりだがね」
「そりゃあティナは恋愛どころじゃないし、セリスはロックしか眼中にないもんね〜」
 私がそう言うとエドガーは肩を落として悲しそうに息を吐く。よそでならモテるだろうに、自分に振り向いてくれない女の子とばっかり接してると淋しいだろうね。可哀想。

「えーとじゃあね、逆に考えてみよう。私がフィガロを守るのに役立つこと知ってるのに私を利用しようと思わない王様だったら、それ王様としてどうよ」
「……どういう意味かな?」
 エドガーの考えは、べつに罪悪感を抱くようなことじゃないって意味。
「自分の国を守ろうとする王様の何が悪いの? だってエドガーはフィガロ王なんだから。むしろ、他を出し抜いてでもフィガロのことを一番に考えてあげられるのは、エドガーだけなんだから」
 フィガロを守るために利用されたって私は平気だ。というか、利用するっていう認識がまず違ってる。
「あのイベントリストだって、私が知ってるだけじゃ毒にも薬にもなんない。でもエドガーの役に立つなら嬉しいし、話してよかったって思うよ」

 呆然として空を見上げていたエドガーは、いきなり倒れ込むように船縁に突っ伏してしまった。
「ダメ? まだ元気出ない? ケアルしてあげよっか」
「……」
 それとも酔いが回ってゲロゲロしそうなのかな。だとしたら被害を受ける前に逃げたいから早めに言ってほしい。

 自分の腕に顔を埋めたまま、エドガーはくぐもった声で呟いた。
「ユリ。もし君が俺の結婚相手を選ぶとしたら、誰にする?」
「は? なにそれ」
「仮定の話で構わないよ」
 いや、っていうか今までの話はどこいっちゃったんだ。……もう! 酔っ払いの話を真面目に受け取っても仕方ない。

「誰にする、って言われても。まずエドガーが誰を好きなのか知らないと答えようがないよ」
「ただ好きなだけの相手と結婚しろ、とでも?」
「だって他にどんな理由で選ぶの?」
 そりゃまあ王様の奥さんになるならいくつかの条件は必要かもしれないけど、一番重要なのはエドガーの気持ちと相手の気持ちでしょ。
「お互いに好き合ってるなら他のことは後からなんとでもなるよ」

 やっと顔を上げたエドガーが私の方を振り向いた。
「もし叶うなら、」
 でも続きを口にすることはなく、その表情が驚きに染まる。
 山脈で大きな音がして私は思わずそっちを見る。封魔壁が開いたんだ。そう自覚すると同時に目眩がした。
「ユリ……」
 隣にいるはずなのにエドガーの声が遠い。

 ナルシェでは感じなかった予兆が背筋を駆け抜ける。……封魔壁って、よく考えたら、あれは異世界に通じる扉なんだ。


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