×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖Rum Coke



 ベクタの周りは帝国の飛行兵器がうじゃうじゃ飛び回ってる。見つからないよう離れたところにブラックジャックを係留して、徒歩で忍び込むことになった。

 研究所に行くのは案内役のセリスと潜入に慣れたロック、そして機械の扱いに長けた兄貴。俺とユリは飛空艇で待機だ。
 正面から押し入って幻獣を助け出すなら俺向きの仕事だが、脱出まで帝国のやつらに見つからなければそれが最善ではある。
 俺やユリは隠密行動なんかできない。だから留守番に納得はしてるんだが……とにかく、待ってるだけってのは暇だ。それが一番の問題だった。

 ラウンジで朝飯を食って、暇潰しにユリと二人で昨日のことを話していた。
「オペラ座の方はどうなったのかな? うまく収まってるといいんだけど」
 さて、どうかな。こっちはセリスを追っかけるのでそれどころじゃなかったけど。

 戦場から戻ってきたドラクゥがラルスと決闘してるシーンの最中、舞台に落ちたんだっけか。で、ドラクゥもラルスもいないまま俺たちとタコの戦いになった。
 タコは敗れて退散し、セリス……じゃなくて“マリア”はセッツァーに攫われ、ドラクゥとラルスは相変わらず気絶していたのが俺の見たラストシーンだった。
 俺たちはなんだかんだで飛空艇を手に入れて万々歳だが、確かに芝居の結末は気になる。

「こうなってみるとあの時ロックが『マリア』じゃなくて『セリス』を娶るって叫んでよかったかもな」
「あ〜、そっか。マリアを娶るって言っちゃってたら『マリアとドラクゥ』にロックとセリスが絡んで収拾つかないもんね」
 しかしロックが呼んだのはあくまでも無関係なセリスの名だ。
 たとえば俺たちはセッツァーの手下役ってことにでもして、セッツァー役さえ用意できれば本物のマリアを舞台に戻してドラクゥが助けに行く芝居もできる。
「ま、なんとかすりゃ本筋には戻れるだろう」
 観客が納得するかどうかは別問題としても。

 いきなり目の前のテーブルに酒の入ったグラスが置かれ、起きがけで目が据わってるセッツァーがユリの隣に腰かけた。
「どういうアドリブを挟もうと、あの“マリアとドラクゥ”は喜劇だけどな。セリスはいい芝居をしてたのにどっかの誰かさんがぶち壊しちまった」
 うーん。ロックの演技については俺もフォローできないけど、諸悪の根源はあのタコだろ。あいつが乱入しなけりゃもう少し簡単な話だったんだ。
 あの野郎、レテ川で叩きのめしてやったのに足りなかったらしい。

 セッツァーは朝っぱらだってのにやたらと強い酒を呷っている。甲板で操舵輪を握ってる時はいい顔してるのに、今の姿は不健康を絵に描いたようだ。
「朝飯もまだなのに酒を飲むのか」
「これが俺の朝飯だ」
「そんな生活してたら体悪くするぞ?」
「マッシュ、お母さんみたい」
「……」
 余計なこと言わなきゃよかった。

 酒を飲み干すなり更にセッツァーはタバコに火をつけた。それじゃあ酒の味も分からない気がするんだが。
 ユリはそんなセッツァーを呆れと感心が半分ずつって顔で見つめている。
「お酒とタバコとギャンブル。よく考えたら典型的なダメ人間だね、セッツァー」
 ついでに誘拐犯でもあるし、よく考えなくてもダメ人間だ。
 自棄酒だったらどうかと思うけどセッツァーはこの生活を楽しんでる。だからこれも自由ってやつか。カイエンが見たら頭が痛くなりそうだけどな。

 カイエンとガウは今頃どこにいるんだろう。居場所が分かってたら兄貴たちを待ってる隙に飛空艇で迎えに行けるのに。
 兄貴とユリがフィガロ城を発ってすぐにナルシェを出たとして、ジドールを目指してる辺りだろうか。
 うまくタイミングが合えば俺たちがゾゾに戻った時に合流できるかな。

 ゾゾといえば、魔石をひとつ預かってるのを思い出した。
「せっかくだからユリとセッツァーも魔法を覚えるか?」
「え!?」
「はあ?」
 俺はあんまり使わないと思うし、戦闘に慣れてないユリやセッツァーみたいなやつこそ魔法を持っておくべきだろう。
 武器の扱いがいまいちでも補助魔法で助けてくれたらありがたい。

 俺が幻獣ラムウや魔石に関する顛末をセッツァーに説明する横で、その話をすでに聞いたはずのユリまで妙に驚いていた。
「わ、私がファイアとかケアルとか使えるようになっちゃうってこと?」
「たぶん大丈夫だろ」
 彼女が異世界人だってのは微妙なところだけど、魔力なんて欠片もない俺に使えたんだからユリにも修得できると思う。
「でもこの魔石じゃファイアやケアルは使えないぜ。確か……なんだっけ。コンフュとかカッパーとかってセリスが言ってたな」
「カッパッパー!!」
 ひとつ多いぞ。

 なぜかユリはカッパーに過剰な反応を示した。
「覚えたい! エドガーをカッパにする!」
「じゃあ魔石はセッツァーに渡しとくよ」
「この流れで俺かよ」
「ユリは悪用しそうだ」
「なぬ!? この純真無垢な目を見てよ、ほら」
 純真無垢なやつがいきなり「エドガーをカッパにする」なんて言うか。敵に使え、敵に。

 しかしケット・シーの魔石を手にセッツァーもまた不穏なことを呟いた。
「ギャンブルに負けそうになったら相手にコンフュを使うって手もあるな」
 やっぱりこいつらに魔法を持たせるのはやめた方がいいかもしれない。

「まあ、魔法もだけど、ユリは自分の身を守れるように護身術でも覚えといた方がいいぜ」
「マッシュが教えてくれるの?」
「今ちょうど暇だし」
 言ってからユリはティナが目覚めたら元の世界に帰るかもしれないんだってことを思い出した。でも、護身術はどこの世界でだって役に立つしな。

 はりきってるユリに、タバコの煙を吐きつつセッツァーがニヤついて言う。
「襲う役なら俺がやってやるぜ」
「あー、セッツァー悪漢役が似合いそう。役っていうか、悪漢そのもの」
「失礼な女だな」
「嫁さんにするからって誘拐するなんて紳士とは程遠いじゃん」
「アホくせえ。紳士なんてモンこそ、恋とは程遠いだろうが」
「うわ、セッツァーの口から“恋”なんて言葉が!」
 その言い種こそ失礼な気もするぞ、ユリ。

「本気で欲しけりゃ相手の事情なんか構ってられるか。“紳士的”な遠慮がある時点で、実はそれほど欲しちゃいないのさ」
「ほ〜。一理あるかもね」
 優しさなんて体面取り繕ってるだけだとセッツァーは言い切った。……異論がないでもないけど、兄貴に言ってやってほしい言葉ではあるな。
「それはともかく」
 ありがたい恋愛講義を打ち切ってユリを立たせる。

 護身術と言ったものの、戦いの空気に慣れてないユリに技を教えても意味はない。
「まず言えるのは、付け焼き刃で戦うなってことだな。攻撃を防ぐ、避ける、逃げるのを最優先に考えるべきだ」
「なるほど。生兵法は怪我のもとって言うもんね」
 ユリに武器を持たせない理由もそれだ。ダガーなんか振り回しても奪い取られて窮地に追い込まれるのが目に見えてる。
「とにかく距離を取って、腕でも足でも折って無力化するんだ。そうすりゃ相手は追ってこられない」
「う、うん。パワフルでシンプルだな……」

 ユリの体格や腕力で武器を持った相手に立ち向かう手段はあるが、日頃のユリを見てる限り体に覚え込ませるのも難しそうだ。下手に仕掛けてカウンターを食らうより逃げに徹した方がいい。
「まずナンパ野郎に正面から抱きつかれた時の脱出法。セッツァー、頼む」
「えっ?」
「よーし、ほら逃げんな訓練だろ」
 困惑するユリを掴まえてセッツァーが無理やり抱き竦める。楽しそうだな。尤も、すぐに気が変わるだろう。

「ユリは腕力がないから殴る蹴るより目潰しを狙うのがいいぞ。相手の戦意を確実に殺げるし、眼球潰しちまえばそいつが追ってくるのも防げる」
「おいちょっと待て、実演すんじゃねえ」
「私だってそんなの実演したくないよ!」
「両手の親指で相手の顎を掴んで残りの指を眼孔に突っ込むと、より効果的だ」
「えぐぅ……」
「俺やっぱ悪漢の役は降りるわ」
 案の定セッツァーは慌ててユリから離れた。とうのユリは他人の目に指を突っ込む度胸がないみたいだが。

「ちなみに後ろから抱きつかれた時はどうすればいいの?」
「前からの時でも有効だが、人間の男が相手なら急所を攻撃すれば手っ取り早いだろうな。握り潰すか、手が塞がってたら蹴り潰せ」
「てめえ、よく淡々と言えるな……」
「そりゃあユリが何を仕掛けてきたって俺は反撃できるし」
 つまり俺が暴漢だったらユリに逃れる術はない。それでも町で絡んでくる酔っ払いなんかをあしらうには充分だろう。

「実際のところユリに足りないのは技術よりも躊躇せず攻撃する勇気だ」
「ん。自覚はある。心構えの問題ってことだよね」
 そうだな、自覚があるからこそ研究所には行かず素直に留守番してるんだろう。
 彼女は敵意を向けられた経験がなく、だから咄嗟に行動できない。それはとても素晴らしいことだが、限りなく危険でもある。

 ……もしユリが元の世界に帰らないなら、身を守る術を徹底的に叩き込んでやってもいいんだけどな。


🔖


 36/76 

back|menu|index