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🔖Silver Bullet



 際どいタイミングだったけど、とにかくブラックジャック号が飛び立つ前に追いついてよかった。
 もし俺たちを置いて船が飛んで行ってしまったらセリスだけでセッツァーの協力を取り付けなきゃならないところだったんだ。
 彼女は元将軍だから交渉事には慣れてるだろうけど……俺たちがいなきゃ一人でもベクタに突っ込んで行きそうなのが不安なんだよな、セリスの場合。

 甲板の後部に船内に続くドアがある。俺たちが荷物の陰に身を隠してすぐセッツァーが甲板に出てきた。
 操舵輪のもとへ向かう彼にバレないよう忍び足で船内に入り込む。

 カジノを備えてるというだけあってブラックジャック号の船内はかなり広そうだ。
「セリスはどこに連れて行かれたんだろう」
「えーっと、一番下まで降りてエンジンルームの奥にある部屋だから……こっち!」
 そう言うなりユリが先頭に立って迷わず歩き始めたので驚いた。

 船員の気配に注意しつつユリの後をついて行く。
 まずラウンジとカジノがある。そこを素通りしてもうひとつ降り、右手のドアを開けるとエンジンルームに続く廊下があった。
「どうして行くべき場所が分かるんだ?」
 思わず尋ねたら、なぜかユリじゃなくてエドガーが答えた。
「カジノには閉じ込めておけない、ならば人目につかない場所に隠しているはずだ。船の構造から部屋の位置を想像するのさ。……それに、うちの宝物庫も機関室の奥に隠してあるからね」
「あ、うん。そうそう。フィガロ城を見学させてもらったから参考にしたんだよ」
 なんか胡散臭いな。

 カジノに客はいないようだが、確かに攫ってきた“マリア”が人目に触れるのはセッツァーも避けたいだろう。
 で、音で誤魔化せる機関室の奥に隠すってのも納得はできる。
 しかしブラックジャック号の奥にフィガロ城の宝物庫みたいな隠し部屋があるって保証はないだろう。

 まあ、エドガーがすかさず割り込んできたせいで胡散臭く思えただけかもしれない。マッシュは素直に感心している。
「ユリって、勘は鈍いけど観察力はあるんだなあ」
「え、もうちょっと普通に誉めて?」
「お陰で助かるよ。お前は偉い」
「へへへ〜、そうでしょうとも!」
 観察力というか、船を見ただけで内部の構造が分かるなんてユリもエドガー並の機械マニアってことじゃないのか。そのお陰で助かるってのは事実だけどさ。

 舞台から連れ去られる間際にセリスは薬を嗅がされて気絶したようだったが、マッシュによると意識はしっかりしていたという。
 帝国の元将軍じゃなくてただの舞台女優ならあそこで気を失わないのはおかしい、ってことで演技をしたのか。それを聞いてホッとした。
 意識を失ってないなら閉じ込められても無事でいるだろう。

 エンジンルームの奥に扉があって、部屋の中にセリスがいた。ユリの予想が見事に当たったわけだ。
「セリス、立派な女優ぶりだったぜ」
「ひやかさないでよ」
「さて、第一段階は終了だな」
「そしてこれから第二幕の始まりだ」
 部屋には伝声管が備えられていた。どうやら甲板に通じているらしい。
 戻って来るよう伝えると、数分も経たずセッツァーが部屋に駆け込んでくる。……呼んどいてなんだけど、船長が操舵してなくても落ちたりしないよな?

 居並ぶ俺たちを見回して、セッツァーは最後にセリスを見つめた。
「お前……、マリアじゃねえな」
「騙してごめんなさい、あなたの力を借りたかったの。私たちはベクタに渡る方法を探して、」
「偽者に用はない」
「待って! このブラックジャック号が世界一の船だと聞いて来たのよ」
「そして船長は世界一のギャンブラーだってな」
「私はフィガロの王だ。協力してくれたら褒美をはずむぞ」

 畳み掛けるように煽てたものの、セッツァーは不機嫌な顔を隠そうともしない。
 エドガーの財力で買収されないとなると、どうしたもんか。

 考えあぐねてるところにユリが意味ありげな視線を送ってきた。
「やっぱり無理じゃないかなぁ。帝国にケンカ売るなんて誰だって怖いでしょ」
 ああ、そうか。セッツァーは“ギャンブラー”だもんな。
「彼がダメだったら、他に頼れるやつを探すしかないさ」
「分の悪い賭けでもバクチ打てる本物のギャンブラーを?」
 どうやら彼女の言葉が心をくすぐったようだ。
「話くらいは聞いてやる。言っておくが、まだ手を貸すと決めたわけじゃねえからな」
 ユリを睨みつけながらもセッツァーは俺たちをラウンジに案内してくれた。

 ソファーに深く腰かけて気怠げにショートドリンクを呷る。こういうことでもなければ関わり合いにならないタイプの人間だと改めて思う。
「手の込んだ真似をしやがって。……帝国にケンカ売るとか言ってたな。お前らの目的は何なんだ? 戦争なんかどこぞの軍にでも任せておけばいいだろうが」
「帝国は魔導の力を悪用し、世界を我がものにしようとしている。誰かが止めなきゃいけないんだ」
「……は、なるほどね。さては近頃やけにはりきってるリターナーの連中か」
 ジドールに出入りしているなら、ましてカジノなんか運営しているのなら帝国と関わりもあるだろう。セッツァーがリターナーに悪感情を抱いてると厄介なことになる。

「多くの町や村が帝国に奪われ、人々が苦しんでいるわ。私たちの目的は“自由”よ」
「ガストラの支配に屈したくないからこそ戦っている。誰しも自分の望む場所で生きるべきだとは思わないか?」
「ああ。帝国の言いなりになって堪るかよ」
 こんな船に乗ってるくらいだ、セッツァーは自由を求める人間だと思う。そうであってほしい。そして協力してくれ。
 ティナのために、俺たちに残された時間は限られてる。

 空のグラスを見つめてセッツァーが呟いた。
「老いぼれ皇帝が戦争ごっこに励んでるせいで、うちのカジノも商売あがったりだ」
「利害は一致したようね。それなら、」
「よく見ればあんた、マリアより美人だな」
「……えっ?」
 こいつもしかしてエドガーの同類か?

「帝国もリターナーも興味はねえ。だがセリス、あんたが俺の女になるっていうなら手を貸してもいいぜ。ベクタでもどこでも連れてってやるよ」
 何を勝手なことを言いやがると抗議しようとした俺を引き留めたのは、ほかならぬセリスだった。
「分かった。ただし、このコインで私と勝負してもらうわ」
「へえ?」
「表が出たら私の勝ち、あなたは私たちに協力する。裏が出たら私はあなたの女になる。どうかしら?」

 さっきユリがセリスの居場所を探り当てた時も思ったけど、俺の観察力も錆びついたんだろうか。
 セリスはこんな無鉄砲に、コイン一枚に自分の運命を託してしまえるタイプじゃないと思ってた。俺と似た人間だと思ってたのに。

「いいのか。もしヤツの女なんかになったら……」
 俺の言葉を継ぐようにユリが言い募る。
「気をつけないと、セッツァーはエドガーより女好きかもしれないよ」
「それはどういう意味かな」
「あ、ごめん。エドガーよりってのは失礼だった。セッツァーは、エドガーと同じくらい女好きかもしれないよ?」
「失礼なのはそこじゃない。君は私を何だと思ってるんだ」
「二人とも、緊張感がなくなるからちょっと黙っててくれよ」
 こめかみに手を当てつつ少し怒ってる様子のマッシュを見て、エドガーとユリは大人しくなった。……マッシュの言うことは素直に聞くんだな。覚えておこう。

 本題に戻り、セリスはセッツァーに向き直る。
「勝負に乗ってくれるかしら? それとも逃げる?」
「いいだろう。あんたの運を試してみろよ」
 らしくもなく不敵な笑みを浮かべ、セッツァーに向かってコインを投げる。確かめる前からセリスは結果を知ってるようだった。
「約束通り、手を貸してもらうわ」
 ……妙だな。マリアを演じていた時に似てる……彼女は今、勝負師を演じてるらしい。

 掌中のコインを確かめたセッツァーは無表情のまま吐き捨てる。
「とんだ代物だな。両表のコインなんてものには初めてお目にかかる」
「おい、兄貴……まさか」
 まさか、例のコインだったのか。じゃあセリスは一世一代の博打に出たんじゃなくて、しっかり勝つ見込みがあったんだな。

「イカサマもギャンブルのうちよね」
 今度はセリスに似合いの優美な微笑みを見せると、セッツァーは自由人らしく豪快に笑った。
「はっ! 大した根性だ。ますます気に入った!」
「協力してくれるでしょう?」
「ああ。帝国相手に死のギャンブルなんて久々に血が騒ぐじゃねえか。俺の命そっくりチップにしてお前に賭けるぜ、セリス!」

 ふと頭に浮かんだのは、見流していたはずの“マリアとドラクゥ”の一節だ。
――命尽き果てようとも離しはしない。
 命をそっくりそのまま誰かに託すなんて俺にはできない。昔はもっと無鉄砲に、思いの向くまま飛び出していけたのに。
 そんな俺に、誰かを守ることなんてできるのか? 俺はもう賭けるべき自分自身さえ見失ってしまったんだ。


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