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🔖White Rose



ありがとう わたしの
愛するひとよ
一度でも この想い
ゆれた わたしに
静かに やさしく
こたえてくれて
いつまでも いつまでも
あなたを待つ


 場面転換の間に控え室へ戻り、次のダンスシーンのために髪を整える。ドレスを着替えなくていいからまだよかったと思う。
 この白いドレスは照明の当て方によって観客に与える印象が変わるのだとマリアが言っていた。
 昼のシーンでは明るく、夜のシーンでは暗く、光と影で“マリアの想い”さえも映し出す。
 始めはどうなることかと思っていたけれど、多くの視線に晒されながら求められる役を演じるのは将軍だった頃の仕事と大差ない。
 今のところ問題なく進んでいる。きっとセッツァーも騙せるはず……。

 強張りそうになる頬をほぐしたいのに化粧が崩れるから触れることができない。仕方なく深呼吸をして心臓を宥めていたら、急に控え室のドアが開いた。
「え、エドガー?」
「セリス……間に合った……」
 フィガロ城に残っていたはずのエドガーが息を切らしてドアにもたれかかっている。

 何かあって追いかけてきたのかしら。それにしても、よくここまで入ってこられたものだわ。開演中は立ち入り禁止なのに。
「ユリたちも来ているの?」
「カイエンとガウは、まだ。ユリは来ているよ」
「そう……」
 外から誰かと揉めているような彼女の声が聞こえた気がした。エドガーの顔が引き攣る。……まさか、警備の制止を無視して強引に入ってきた、なんてことはないわよね。

「私に急ぎの用でも?」
「ああ、じきにラストシーンだと聞いて、どうしても激励の言葉をかけたくてね」
 そう言うなり彼はポーチから一枚のコインを取り出した。
「昔、ある兄弟を救った運命のコインだ。君も賭けてみるかい」
 表が出れば作戦は成功する。裏が出たら芝居は失敗、また別の方法を探さなくちゃいけない。
 呆気にとられる私をよそにエドガーがコインを投げて寄越した。思わず受け取って、手を開く。
 仲睦まじい男女の肖像が彫り込まれている。……表だった。

 ナンパにしては手が込んでる。私が緊張していると思ってわざわざ駆けつけてくれたのかもしれない。それとも舞台に立つ姿を見て声が震えてるのに気づかれたのか。
「あなたは優しいわね」
「レディに優しくってのは世界の常識だろう?」
「そうやって誰彼構わず優しくしてると、いつか後悔するかもしれないわよ」
 誰にでも優しい人は……それが愛情なんじゃないかって勘違いさせるもの。軍人という役を演じ終えた女には特に、迂闊に優しくするべきではない。
 愚痴めいた私の言葉に気を悪くするでもなく、エドガーはいつものように紳士的な笑みを見せた。

 この人なら簡単なのに。嘘が嘘だと分かりやすく吐いてくれる。
 レディには優しくするものだから、そこに他意なんてないのだとちゃんと分かる。
 でも、不器用な人の優しさは……。

 舞台の照明が落ち、音楽が変わる。もう出なければいけない。
「ユリと話す時間はなさそうね」
「私では力不足だったかな?」
「そういう意味じゃないわよ。ただ……」
 まだ彼女とよく話していなかったのを思い出しただけ。
 あの夜のような黒髪を持つ少女。嘘臭いほど真っ白な雪原に彼女が現れた時にはとても衝撃的だった。
 ずっと自分のことで頭がいっぱいだったけれど、ティナを救い出した後にはいろいろな話ができるといい。

 コインを返そうとしたら「お守り代わりに」と受け取ってもらえなかった。
 心強い励ましに改めてお礼を言って舞台に出る。
 ティナを助けるためにはどうしても帝国に渡らなければいけない。私の芝居にすべてがかかっている。
 この緊張は将軍として戦場に立つ重圧よりも苦しかった。だって今の私は、誰かを助け、守るために戦っているんだもの。失敗は許されない。
 だけど、エドガーのコインが勝利を約束してくれた。……軍人でなくなったとしても、まだ戦う力はあるはずだわ。

 ラルスとの舞踏。マリアのドレスは、バルコニーでドラクゥと踊った時には月光のような銀色に光っていた。同じドレスなのに今は温かみを帯びた白。
 私が将軍として戦場に立つ時、いつも白いマントを羽織らされた。
 血に汚れない美しさは味方を鼓舞する。そして返り血を浴びて純白が染まれば染まるほどに敵を畏怖させることもできる。

 祖国を逃げ出して以来、私を受け入れてくれる居場所をずっと探していた。
 でも“私”って何なのかしら。私は、未だ自分の色さえ見つけていない。

 真っ白なドレス……光を受けるたびに色が変わる。自分が今どんな姿をしているのか、分からなくなってしまう。
 色に拘るなんて如何にも夢想家の無力な女のようで馬鹿みたいだ。それでも……。
 ユリや、カイエンは、あの真っ直ぐな黒髪のように、きっと揺るぎない自分を持っているのでしょうね。

「セリス、避けてっ」
 幻聴かと思ったユリの声に体が反応して飛び退く。我に返るより早く頭上からバラバラと人影が降ってきた。
 舞台袖でセッツァーが来るのを待っていたロックとマッシュ、それにエドガーがユリを抱きかかえている。あと、巨大なタコのモンスター。
 このタコはどこから来たのか。いえ、それよりも、衝撃でドラクゥとラルスが二人とも伸びてしまった。……マリアは誰の妃になればいいのかしら。

 観客の戸惑いをあらわすように劇場は静まり返っている。
 おもむろにロックが立ち上がり、スポットライトが躊躇いがちに彼を照らした。
「セリスを娶るのはドラクゥでもラルスでもない! 世界一の冒険家! この、ロック様だァァ〜!」
「……」
 エドガーのしかめ面が、どこかで見ているであろうダンチョーの表情と重なる気がした。
「ロック、度胸だけはすごいよ! 音痴だけど」
「あんまり誉めてるようじゃないな」
 小声で感心するユリに、呆れてるマッシュ。これはハプニングなのか芝居の一部なのかとざわめきが起こり始める。

 落下の衝撃に呻いていたタコが我に返り、節をつけてロックの言葉に乗った。
「だまァ〜れェ〜! われとてタコのはしくれ、お前なんかに負けはしないぞ!!」
 その台詞を皮切りにオーケストラが息を吹き返した。……ドラクゥとラルスの決闘シーンで流れるはずの曲……。これ、続けていいの?

 脚本からずれたまま戦闘に入ってしまい、私も参戦すべきかと前に出たところでユリの声が響いた。
「マリア様! 危険です、お下がりください!」
「え? あ、はい」
 そうだわ。セッツァーが見てるかもしれないんだもの、ここで“マリア”が戦闘に加わるわけにはいかない。

 ユリは気絶したままのドラクゥとラルス、そして張りぼて鎧の兵士たちが戦いに巻き込まれないよう舞台袖に運んでいる。
 観客はと言えば、迫力ある生の戦闘シーンに興奮しているお陰か芝居がめちゃくちゃになったことに対する不満の声はあがっていない。
 でも……タコに勝ったとして、どう収拾をつければいいのだろう。

 カーテンの影でユリが必死にドラクゥを起こそうとしている。
 彼さえ起きてくれたら、ロックたちは西軍の兵士、あのタコは戦場からドラクゥを追ってきた怪物ということにしてなんとか……。
 即興の筋書きを考えていると背後から伸びてきた腕に布を嗅がされた。
「今夜の芝居は、なかなかの見物だった」
 また新しい予定外の登場人物。この匂いは……毒? 違う、眠り薬ね。咄嗟に息を止めてしまったけれど、マリアとしては気絶しておかなくては。

 力を抜いて倒れ込もうとしたら、誰かの腕が私を抱き留めた。
「セッツァーか!?」
 もし違っていたら困るわ。
「約束通り、マリアはもらっていくぜ!」
 体が宙に浮く感覚。このドレスは結構な重量があるのでセッツァーは抱えるのに苦労しているらしい。
「ああ、ドラクゥ様! 早く目を覚ましてマリアを救いに行かなければ!」
 ユリの声がする。そうだわ。ここで私たちが退場してしまえば、あとは本物のマリアとドラクゥがなんとか収めてくれるはず。

 私たちの次なる舞台は飛空艇ブラックジャック号。
 マリアのドレスを脱いで、セリス・シェールとしての戦いが待っているのよ。


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