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🔖WILD EVE



 約束通り朝一番にモリガンが協定書を届けてくれた後、ジョリーとダベスは荒野の東から迂回してフェレルデン北部に向かった。
 私とアリスターは予定通り協定書を持ってオスタガーのキャンプに戻ることにする。

 そこはかとなく腹具合が悪いのは昨夜アリスターが作ってくれた晩ごはんのせいだと思う。
 というか、あれは料理じゃない……。食材を煮込んだだけの何かだった。
 ゲームをプレイしながら疑似体験をしてきたといっても、この世界はやっぱり私にとって異世界だ。これから先、カルチャーギャップはたくさんあるんだろう。
 中でも一番の問題が食事だ。現代日本の食生活に慣れた私の体にフェレルデン風の食事はとてもじゃないけど合わなかった。
 モリガンやレリアナが仲間に加わってからはマシになるはずだけど……、つらいなあ。

 まあ食事については先々の問題として、まずは今現在に集中しよう。
 ジョリーとダベスが離脱したのでパーティの戦闘能力が大幅に下がっている。
 私はほとんど戦力外だし、このままだとアリスターの負担があまりにも大きくなるのが気になった。
 というか私は重さの面から短剣を使ってたんだけど、敵の懐に入らなきゃいけないから向いてないんじゃないかな、これ。
 槍とか棍棒とかを手に入れる機会があったらそっちの方がいいかもしれない。
 せめて魔法が使えれば戦闘の素人でも気軽に後方支援できるのになあ。

 それと、もうひとつ気になったことがある。
「なんか行きよりダークスポーン増えてない?」
 昨日は戦闘が終わると剣を鞘におさめていたのに、今日のアリスターはずっと抜き身で持ち歩いている。それだけ使用頻度が高いんだ。
「やつらはただの斥候だ。それが増えたってことは、敵の本隊がオスタガーに近づいてるんだろうな」
「……やだなぁ」

 ジョリーとダベスを逃がしてもダンカンが仮に死ななくても、オスタガーの戦いをまるごと回避するのは難しい。
 今夜戦闘が始まったら、谷底で多くの人が死ぬだろう。
 どうせならもっと気楽に暮らせるところに行きたかったな。戦争なんて起こりそうにない牧歌的な異世界に。

 必死こいてダークスポーンを撃退しながらキャンプを目指す。
 途中で何度か休憩を挟みながら夕暮れの頃には遠くに防衛柵が見えて来た。
 ジョリーとダベスは無事に荒野を抜けられたかな。

「あ、そうだ。ダークスポーンの血、私が預かっといてもいい?」
 あの二人が去った今もう用はないわけだし。アリスターは懐から黒い血の入った小瓶を取り出して首を傾げる。
「べつにいいけど……代わりに儀式を受けるってつもりじゃないよな」
「ないない。今のところ私がウォーデンになるメリットないからね」
 必要にならない限り分の悪い賭けに命を差し出してみるつもりはなかった。……必要にならない限りは。

 アリスターから小瓶を受け取る。いかにも不健康そうな真っ黒い血がドロリと揺らめく。
 ウォーデンの誓い。本来なら儀式に敗れた二人が遺した小瓶を主人公が受け継ぐはずだった。
 でもジョリーとダベスはとりあえず今日という日を生き延びる。そして主人公は不在だ。
 この瓶は、彼らの無事を願うお守りとして私が持っておくことにする。
 グレイ・ウォーデンとして死ぬ道を外れても、別の人生を歩んで行けますように。

 軍のキャンプに帰って来ると、早速コーカリ荒野で見つけた花を犬舎の兵士さんに渡しておく。
 これから薬を煎じて飲ませて安静にする。このマバリは今夜の戦闘に参加させられることもないだろう。
 明日になるのか明後日になるのか、無事に再会できるように期待しよう。

 で、いよいよダンカンが待つテントに戻る。
 協定書も小瓶もあるけれど、二人で戻って来たのを見てダンカンは何て言うだろう。
 洗礼の儀が行われないことも伝えないといけない。
「ジョリーとダベスはどうした?」
「あっ、いないのに気づいたんだ。さすがダンカン、鋭いね!」
 ね、とアリスターを振り向いたら、あからさまに目を逸らされた。援軍は無し、っと。

 レッドクリフ郊外の森で初めて出会ってから、ダンカンは意外とよく笑うし怒るし表情豊かな普通のオッサンだった。
 でもオスタガーに着いてからの彼はなんだか無愛想、というより無表情で、気持ちを読み取りにくいからなんとなく苦手だ。
 自分が死ぬかもしれない瞬間が近づいてるせいかな。

 意を決してダンカンの目を見つめる。そして、打ち明けた。
「ジョリーとダベスは入団するのやめるって。もう荒野にはいないと思う」
 彼らが洗礼の儀についての秘密を外に漏らすことはないと信じてる。
 というか、暴露しようと企んだ人はウォーデンの長い歴史の中でたくさんいたと思うんだよね。
 でも未だにバレてないんだから、任務中途で退団しても秘密保持には大して支障ないってことじゃないの?

 お面みたいな無表情で私を見つめていたダンカンが口を開き、息が漏れる。失望のため息かと思った。でも違った。
「は……は、はははははッ!!」
 なぜ大爆笑。ちょっと怖くなってアリスターに助けを求めたら、あっちも引き攣った笑みを浮かべていた。
「だ、ダンカン、大丈夫?」
「怒りすぎてワケが分からなくなったかな」
「えー……」
 やだこわい。ダンカンがいきなり御乱心したら困るしアリスターの後ろに隠れとこう。
「おい、俺を盾にするな!」

 一頻り笑いこけたダンカンは、ようやく収まっても目に涙を浮かべてお腹を押さえている。
「まさか本当に逃がすとはな」
「脱走の手助けした私も処分される?」
 思いきり笑ったせいかダンカンには表情が戻っていた。それでとにかく酷いお咎めはなさそうだと安堵する。
「ユリ……。我々には不確かな可能性に縋る余裕など与えられない。アーチデーモンを確実に倒す方法、ただそれだけが重要だ」
 たとえ運命に屈するとしても、どんな犠牲を払うはめになっても?

「不確かな可能性だからこそ、必ず変えられる。私には小さなことしかできないけど自分の可能性を信じるよ」
 死にたくない、死なせたくない、その想いが繋がっていけばきっと大きな運命も変えられると信じてる。

 どこまでも優しいのになぜか胸が締めつけられるようで切ない。瞳に不思議な表情を浮かべてダンカンは囁いた。
「じきに開戦だ。達しがあるまで休んでおくといい」
「……うん」
 ジョリーたちは定められた死から逃げ出した。でもこれから先の危機を乗り越えられるかは彼ら自身の問題だ。
 ダンカンや他の誰についても同じこと。私は皆の無事を願い、生きてくれるよう望む。けれど戦うのは彼ら自身なんだ。
 運命に直面するその瞬間であっても、彼が生き延びる術を探すことを願っている。

 作戦会議の準備をするためダンカンが立ち去ると、後には妙な気まずさが残された。
「ねえ、アリスターは怒ってない?」
「えっ? どうして俺が怒るんだよ」
「私がやったこと、まるでウォーデンになるのが間違いみたいな行動だったでしょ」
 洗礼の儀が全部無意味だと言うつもりはないんだけど、事情を知らないアリスターからはウォーデンの必要性を否定してるように見えたんじゃないかと不安になる。

 でもアリスターは、肩を竦めて「べつにそうは思わない」と言ってくれた。
「ユリの勘が当たってたのかは分からんが……、洗礼の儀で死ぬところを見なくて済んだとしたら良かったと思うよ」
 半年前にも見たし、できれば二度と見たくなかったから、と。
 そっか。アリスターの時も他の人は全滅だったんだよね。

 志願兵であるジョリーも潔く命を捧げる覚悟をしたダベスも、その信念は尊いものだと思う。
 もちろん過去にグレイ・ウォーデンとなった人たち、そしてなれなかった人たちについても同じように。
 洗礼の儀に臨む心意気は尊敬する。
 もし相手が主人公の誰か、あるいはロゲイン将軍だったら私は儀式を止めなかっただろう。
 どうしてもあの二人を逃がしたかったのは単に、外れしかない籤を引くような運命を変えたかったからだ。

 ただ、せっかく見つけた新兵候補が二人いなくなった事実だけはどうしようもない。
 そして何も知らないウォーデンたちを誤魔化す役目を負うのはダンカンだから、彼が罰を受けないかも気がかりだった。
「協定書を探索中に死んだとでも言っておけばアンダーフェルスも詮索しないと思うぜ。でもダンカンの、スカウトとしての資質については何か言われるかもなあ」
「うっ! 確かに、スカウトした人材を失ったってなると……」
 ダンカンの見る目がなかったのではってことになってしまうのかな? うーん、盲点だった。

 ……まあ、きっとのらりくらり誤魔化せるよね、ダンカンなら。たぶん。そう願っておく。


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