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🔖Glad Eye



 砂漠に入ってしばらく元気に歩いていたユリは城が見えてくる寸前でダウンしてしまった。

 彼女は命のやり取りも、それが身近なところにあるという環境にも不慣れだ。やはり精神的な負担が大きかったのだろう。
 それに、単純な体力不足もある。この一行の中では俺も足手まといになる方だが、ユリは一般的な少女よりも更に非力に思えた。
 モンスターの襲撃という不安、目の前で繰り広げられる戦闘、視界を遮る砂嵐、灼熱の日差しと凍りつく夜気。すべてが彼女を疲労させる。
 最後には不承不承ながらマッシュに背負われ、ユリはやっとの思いで我がフィガロ城に到着した。

 一晩休んでいる間に城をコーリンゲン地方に移動させ、夜明けとともにマッシュたちはティナを探しに出発した。
 俺はサウスフィガロから逃げてきた民の対処とナルシェに送る援軍を準備するために残り、まだ本調子でないユリもマッシュによって留守番を言い渡されている。
 その件で彼女は少し不機嫌になっていた。

「はぁーあ。これでも結構、体力ある方だったんだけどなぁ」
 ……と本人が言うくらいだから、彼女の世界の人間は全体的に非力なのかもしれない。
 モンスターのいない世界というものを痛感させられた気がする。ユリが特に無防備で非力なのではなく、あちらの世界は“そういう風にできている”わけだ。

 昨夜は疲れきって食事もせずに熟睡していたユリだが、今朝は起き出して俺の執務室に入り浸っている。
 午前の政務が終われば城の中を案内してやる約束だ。
「せっかく本物のフィガロ城に来てるのにー、筋肉痛がすごい。ちゃんと歩けるかな」
「君が嫌でなければ私が抱き上げて運んであげるよ?」
「嫌です」
 つれないな。

 我が家を気に入ってくれれば嬉しく思う。しかし“本物のフィガロ城”という部分が引っかかってもいた。
 ナルシェで初めてまともに話して、彼女がティナの居場所を知っていた時にも抱いた違和感だ。似て非なる異世界から来たはずなのに、彼女は時折“この世界”をよく理解している。

「あー、レイチェルの顔見てみたかったなぁ……このままじゃオペラ座イベントにも間に合わないし……」
「……」
 なぜレイチェルの名を知っているんだろう。ロックが話したはずはない。いくらなんでも、まだそこまで打ち解けてはいなかった。

 どう考えても、彼女は聞き捨てならない重要事項をたくさん知っている。
 しかしあまりに悪意なく無防備に言葉を溢すものだから調子が狂ってしまう。
 それを秘密だと思ってもいない者に尋問できようはずもない。第一、レディを尋問などしたくない。

 昼過ぎに大臣がやって来て、よろしければ入浴してはいかがと誘う。ユリは瞳を輝かせて俺を振り向いた。
「えっ、でも私なんかが貴重な水使っていいのかな?」
「こう見えても水にはさほど苦労していないんだよ。地下水脈を握っているからね」
 それに城を出て砂漠を歩いたあとには砂を洗い流さなければ安眠できなくなっている。フィガロにおいて入浴は毎日の習慣なんだ。

 本当は昨夜も用意していたんだがユリは疲れて眠ってしまったからな。
 着替えも用意してあるし、風呂が嫌いでなければ是非どうぞ、そう言ったらユリは感涙せんばかりに喜んだ。
「ありがとうエドガー、大好き!」
「え?」
「大臣さんもありがとうございます! 是非いただきます!」
「喜んでいただけて何より。外に案内のメイドがおりますので」
「はーい」
 慌ただしく部屋を出る彼女の背中を呆然と見送った。

 砂を流したいだろうとは思っていたが、あそこまで喜ぶとは予想外だ。
 ユリの故郷は雪深い場所だったと聞くし、入浴の習慣はないと思っていたのに、もしや彼女は風呂が好きなのだろうか。
 なんにせよ疲れが吹き飛んだようでよかった。なんてことを考えていたら手が止まっていたらしく、大臣が見咎める。
「……エドガー様。護衛で固めておりますので、覗きに行ってはなりませんぞ」
「じい、もう下がっていい」
 この俺がそんな不躾なことをするわけがないじゃないか。したいとは思うけれども。

 風呂のお陰かユリは午後になるとすっかり元気を取り戻していた。足の疲労もきれいに消え去ったと言って“本物のフィガロ城”観光を楽しんでいる。
「うーん。ティナ捜索隊から外されたのは残念だけど、ゆっくり城を見て回れるのはラッキー!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。この時間を引き延ばすために、もっと増築しておけばよかったな」
「えっ、いやそんな理由で何言ってるの……」
 一般人には見られない城の内観、とはいえユリが見て楽しめるような場所は限られている。謁見の間と図書室、俺の私室にマッシュが昔使っていた部屋、食堂と調理場。そんなところか。

 図書室でまたひとつの事実が発覚する。ユリは様々な書物を難なく読めるようだ。
 さすがに内容は理解できなくとも難解な専門用語が頻出する機械整備の手引き書さえ“読む”ことはできていた。
 教養があるのは不思議ではない。もっと根本的に、なぜ彼女がこの世界の文字を理解できるのかが分からない。
 ……当たり前のように受け流してしまっていたが、そもそもどうして会話が通じるんだろうな。

「あとは牢屋くらいしか残っていないよ」
 大して時間もかからず城内の観光は終わってしまった。しかしユリは地下への階段を指差しつつ首を傾げる。
「牢屋も見たい。それに機関室は? あ、入っちゃダメならいいんだけど」
「もちろん、構わないとも。しかし面白いかな?」
「だいじょーぶ。機械が動いてるとこ見るの好きなんだ〜」
 それはまた、レディには変わった趣味だ。意外ではあったがユリは確かに機関室やついでに案内した俺の武器開発室まで好奇心たっぷりの瞳で隈無く見て回った。

 しかしフィガロ城の真髄は潜行機能にある。こうなると是非ともユリに我が家の雄姿を見せてやりたくなってきた。

 もう一晩眠って、翌朝。
 再び旅立てる程度には体力も戻ってきた。取り急ぎ終わらせるべき仕事も済ませたことだし、マッシュたちを追ってもいいだろう。
 ユリの部屋をノックするが返事はない。もう一度、少し強めにドアを叩く。やはり部屋の中は静まり返っていた。
「……緊急事態が発生してるかもしれない。悠長にメイドを呼びにやっている場合ではないな」
 誰にともなく言い訳してドアを開けると、ユリはベッドの上で眠りこけていた。

 声をかけようと口を開くが、思い止まり黙って歩み寄る。俺がベッドに腰かけてもユリは起きる気配がなかった。
 モンスターの気配さえ読めないほどだから人間が近づいてもユリは気づかない。
 そっと髪に触れれば、くすぐったかったのか笑みを浮かべた。
 口説くと大袈裟なほど恥ずかしがるわりには警戒心が薄い。気障な言葉を苦手としながら触れるのは平気というのが不思議だった。
 俺をナンパな男だと思っているならもっと遠ざけたがるものだろうに。異性として見られているのかいないのかよく分からなくなってくる。

 枕を抱きしめて幸せそうに眠っているユリをいつまでも眺めていたかったが、仕方なく肩を揺すって声をかける。
「ユリ、そろそろ夢の世界からこっちに帰ってきてくれないか」
「……ん〜〜……? ……あ、エドガーがいる……」
 ぼんやりした瞳に俺が映る。濃茶色のユリの瞳は、間近で見ると漆黒に近かった。
「おはよう。一日の始めに私の名を呼んでくれて嬉しいよ」
「うーっ……朝っぱらから、そういう……」
 何事か口の中でぼやきつつ、枕の下に頭を突っ込んでまた眠ろうとしている。

「二度寝したい気持ちは分かるが、起きるんだ。でないと私も君を抱き締めて眠ってしまうかもしれないよ」
「起きます! 起きました!!」
 残念だな。彼女が望むなら、もう一晩ここにいてもよかったのに。

 寝惚け眼を擦りながら起き上がったユリは、やはり俺がベッドに座っていることは咎めなかった。
「着替えが済んだら出発しようか」
「ふぁ? ……え、今からロックたち追っかけるの?」
「ナルシェには伝言を送っておいた。援軍が到着次第、カイエンとガウも来るだろう」
 その前に城をフィガロ砂漠に戻しておかなければならない。

 べつにカイエンたちを待ってから捜索隊を追ってもいいんだが、できれば城を離れてユリと二人きりで話したいことがある。
「ロックたちはコーリンゲンに立ち寄る予定だったから、急げばどこかで追いつけるはずだ」
「あっ、じゃあオペラ座イベント間に合うかも!」
「……では、チョコボ厩舎で待っているよ」
 急いで仕度すると屈託なく笑うユリに微笑みを返して部屋を出る。

 どうしたものだろう。ティナはゾゾの町にいるはずだと彼女は言っていた。その言葉の真偽も謎だが、なぜオペラ座が出てきたのかも不思議だ。
 ジドールの東にある劇場。ティナと関わりがあるとは思えない。にもかかわらず、ユリはロックたちがそこに行くことを当たり前だと思っているらしい。
 やはり彼女が何を知っているのか聞き出すべきなのだろうな。できる限り、紳士的に。


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