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🔖Diki Diki



 草原を抜けて砂漠に入ると、昼のうちに休憩して移動は夜って具合に予定が切り替わった。
 ただでさえ疲れが溜まってたユリはこの変化が更に堪えたようだ。フィガロ城に着くまで三日はかかると伝えたら絶望的な顔をしていた。

「夜の砂漠を歩くのって、精神的にキツイね……」
「ああ、慣れないと辛いかもな」
 障害物がないのは幸いだが闇の中から不意にモンスターが現れるから気を抜けない。豪雪地帯のナルシェとまた違った種類の鋭い寒さも体を痛めつける。
「でも、夜の方が道が分かりやすいんだ」
 俺が頭上を指差したら、ユリはつられて夜空を見上げた。
「星かぁ。まあ、景色は最高なんだけど」
 この星空は自然の地図みたいなもんだ。昼の砂漠ではモンスターと戦ってる間に方角を見失っちまうことも多いからな。

 星の位置を見ながら先頭を歩くのは兄貴だ。砂漠に入る前はユリにちょっかい出して遊んでたが、さすがに今は真剣だった。
 俺も城に帰るのは十年ぶりだし、絶対に辿り着ける自信はないからな。兄貴の案内が頼りだ。その代わり、殿で夜行性のモンスターを警戒するのは俺の役目だった。
 兄貴のあとを少し遅れてロックとセリスがついていく。

 ロックはナルシェで目が覚めた直後、ティナが行方不明になったと聞いてかなり焦ってた。彼女をリターナーに連れてきたのが彼だから責任を感じてたんだろう。
 それでもティナが飛び立った方向だけでも分かってからはちょっと冷静さを取り戻せたみたいだな。

 地図を確認しながらロックと旅の行程を相談し合うセリスも、少しずつではあるが緊張を解き始めてる。
 俺としては複雑な気分だったが、やっぱりカイエンをナルシェに残してきて正解だった。あの二人が和解できないとは思わないが、まだ時期尚早なのは事実だ。
 カイエンが帝国に抱く生々しい憎悪は……俺も理解してる。それでも、もう少し時間を置きさえすれば本当の仲間になれると信じてる。

 そして砂漠に入ってからやたらと懐いてくるユリに目をやる……が、その向こうに蠢く影が見えた。
「ユリ、後ろだ!」
「ほああっ」
 妙な声をあげつつユリは振り向き様にショベルをぶん回して襲ってきたモンスターを吹っ飛ばした。
「……お見事」
「え、えへへ。ってまぐれ当たりだからあんま嬉しくないなぁ」
 出鼻を挫かれたモンスターは退散していったが、まともにダメージを与えられたわけでもないしな。

 カウンターが決まったってより驚いてあたふたしてたところにタイミングよくモンスターの方から突っ込んできてくれたって感じだ。運が良かった。
「要特訓、か」
「うぅ〜……特訓でどうにかなるレベルなの?」
「正直、大人しく下がってた方がいいと俺は思うよ」
「ですよね」

 ユリは戦闘経験ってものがなく、血を見るのも得意ではないと言ってた。
 彼女がいた世界にはモンスターというものが存在しない。野性動物に遭遇することも滅多にない。生存競争の相手がいないからそもそも“戦い”の感覚を肌で知らないわけだ。
 俺たちがモンスターを倒す時にも頑張って耐えてる感じだった。そんなやつにいきなり戦えるようになれってのも無理な話だろう。
「ま、なるべく誰かのそばにいるようにして、一人にならないことだな」
「はぁい……」
 フィガロに着いたら兄貴が昔使ってた機械を貸してやるって手もあるけど、当面ユリには護衛が必要だと改めて気を引き締める。

 日が昇ってくるとテントを張って休憩に入る。
 昼はモンスターが活発になるけど、その分だけ気配も読みやすいから不意をついて襲われることは滅多にない。
 始めは「昼間っから寝れない」とぼやいてたユリも二日目からは順応してきたようだ。
 飯を食い終えて寝る準備をしつつ、鼻唄なんか歌っている。

「機嫌いいな」
「え? そう見える?」
 不機嫌だったら鼻唄は出てこないだろうと思いつつ、ユリは「テンションはわりと低いんだ」と呟いた。
「BGMもないし、静かすぎて淋しいから、つい」
「そっか?」
 こんな砂漠の真ん中でBGMなんてあるわけないだろ。しかし言われてみると確かにさっきの曲は、軽快だがどこか哀愁が漂う不思議なメロディだった。
 誰の作なんだろう。旅芸人が奏でる音とは雰囲気が違ってる。

 今日はロックが最初の見張りだ。ナルシェから持ち込んだ簡易テントを設営してその下に寝袋を並べる。ユリが自分の寝袋を引きずって俺の方にやって来た。
「私、マッシュの隣で寝てもいい?」
「へ? べつにいいけど……」
 同性だし歳も近いみたいだし、セリスのそばにいる方がいいんじゃないか。そう聞いたらユリは困ったように首を振る。
「できたら私もセリスと仲良くしたいんだけど、今わりと繊細な時期でしょ? 自分のことで手一杯になれた方がいいかなって」
「あー……」
 見ればセリスはぼんやりと宙を眺めて考え事をしていた。

 兄貴やロックといればティナの行方を心配しちまうし、ユリといればユリのことを考えてしまう。
 でもセリス自身、故郷から逃げ出して敵対組織に身を寄せたばかりで不安の多い状況なんだ。他人よりも自分を心配するべき時期には違いなかった。
 寝る時くらい、一人でゆっくり考え事をさせてやるべきだとユリは言う。
「お前って、意外と気遣い屋だなぁ」
「へへへ〜」
 意外と言われて怒らない辺りも人のいいやつだよな。

「でも護衛なら兄貴に頼めば喜んで見守っててくれると思うぜ?」
「喜ばれるのが嫌だからマッシュに頼んでるんだよ」
 最初にナルシェで会ってから今まで、すでに何度か口説かれて困惑しているらしいユリが口を尖らせる。
「嫌なのか。兄貴はユリのこと気に入ってるみたいなのに、残念だな」
「そりゃエドガーが普通の人だったら私も普通に嬉しいかもしれないけどさ」
 その言い種は俺もちょっと不満があるぞ。
 兄貴は、確かに国王って身分を背負っているが“普通”の男には違いない。度を超してるのは問題だとしても国王だからナンパしちゃいけないってことはないだろう。

 と、反論しようと思ったんだがユリは身分を指して普通じゃないと言ったわけではなかったようだ。
「あんな男前にレディとか言われたら、なんかこう、私の方が身の程知らずな感じがするっていうか、ムズムズしちゃって無理!」
 ……なんだ。兄貴が“普通以上に”顔がいいから恥ずかしいってだけだったのか。だったらいいや。
「満更でもないから気が引けるんだな」
「うぅ……まあ、はい……そうです」
 ユリが兄貴の身分より顔を問題にしてるってのはちょっと嬉しい驚きだった。
 背景無視してエドガー自身を見てくれるやつは、兄貴の周りには少ないからな。

 とはいえモンスターとの戦い同様そういう異性の対応にも慣れてないらしいユリは、結構あの口説きに疲れてるようだった。
「ほんとあれ、気をつけた方がいいと思う。真剣なだけにタチ悪いんだよ。勘違いして舞い上がってから逆恨みする人もいそうだし」
「……ごもっとも。そのまま兄貴に忠告してやってくれ」
「えっ、私が!?」
「レディの言うことなら聞くだろ」
「私はレディじゃないってば」
 レディじゃなくても、ユリはそれに匹敵すると思う。出会ってすぐだってのに兄貴のことをよく分かってるよ。

 ユリの言う通り、気軽に口説いてるように見えてどんなレディに対しても真剣なのが兄貴の厄介なところなんだ。兄貴なりに早く結婚しようと焦ってるらしい。
 本気で恋がしたいから全力で相手を好きになる。そのくせ玉座のしがらみに縛られて自分を圧し殺そうとする。好きなだけではプロポーズしないんだ。
 結局、相手は兄貴の本気を受け取ってくれない。単なる女好きで済ませられてしまう。
 俺としてはそんなによく分かってるユリが兄貴と一緒になってくれたらありがたいんだけどなぁ。……でも、ティナを見つけたらユリは元の世界に帰っちまうのか。
 まったく、恋ってのはうまいようにいかないもんだぜ。


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