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🔖Ice Breaker



 充分に気をつけてるつもりだった。でも私だって人間だから気が抜ける一瞬ってやつが絶対どっかにあるんだ。
 連日の雪おろしで疲れてたし、うんざりしてたし、ご近所のお手伝いを優先して我が家を最後にしたからもう足腰くたくたになってたし。
 足を滑らせて悲鳴をあげる暇もなく屋根を転がり落ちていく。そしてボスンと音をたてて雪の上に着地した。
「いったあ! お尻打った……」
 でも、とりあえず死ななくてよかった。

 スコップを雪に刺して杖代わりにする。よっこらせっと立ち上がった瞬間、目の前にあった光景に思わず固まった。
「へぁ?」
 映画の中でも見かけないような金髪碧眼の美男美女がビックリした顔で立っている。
 って、ビックリしたのはこっちだよ。下に人がいたなんて気づかなかった。雪で埋めてしまうところだったじゃないか。

 なおも呆然としている彼と彼女に慌てて言い訳を試みる。
「あ、あの、大丈夫ですか? 雪がぶつかりませんでした? というか、驚かせてごめんなさい、って英語で何て言えばいいんだっ」
 うーっ、私の語学力では無理だ! ここは旅慣れてる両親に頼るしかない、と背後を振り返って腰が抜けそうになった。
「うちがなくなってる!!」
 どういうこと?

 混乱してる間に雪景色の向こうから大勢の見慣れない人たちがわらわらと走ってくる。
 今やっと気づいたけど、うちがなくなってるんじゃなくて私が全然知らない景色の中に立ってるみたいだ。
 家があったはずの場所には氷の塊が鎮座し、その向こうは断崖。ご近所の家も消え果て何もない雪原が広がっている。

「エドガー様! 先程の光は一体……?」
 駆けつけた青年に話しかけられ、金髪の男性が我に返った。
「事情は後で説明しよう。とりあえず皆を町に運んでもらえないか」
「は! ただちに!」
 なんか混乱してて頭の中ごちゃごちゃなんだけど、たぶんその時には一番どうでもいいことを考えてた。
 この人たち……どう見ても外国人なのにみんな日本語しゃべってるな、って……。

 金髪男性は様付けで呼ばれてたから偉い人っぽい。彼は私をチラッと見つつ考えるのを後回しにしたらしく、まずは近くに倒れてるごっつい男の人を起こそうと肩を揺すった。
「マッシュ、起きろ! ……駄目か。セリス、すまないがケアルを頼む」
「え、ええ」
 まだ私を見つめていた女の人が、ハッとして駆け寄る。マッシュという男性のそばに屈んだ彼女の右手から白くて柔らかい光が溢れてくるのを、私は呆然と眺めていた。

「さて、麗しのレディ? 君の名前を呼ぶ名誉を私に与えてくれないかな」
 何か話しかけられたのに、頭に入ってこなかった。この人はさっきなんて呼ばれてたっけ。
「エドガー?」
 それに雪の中に埋もれて倒れてる人たち。マッシュは“エドガー様”によく似た顔。他には灰色髪にバンダナ巻いた人、黒髪にヒゲを生やした人、野生児っぽい男の子。そこで“ケアル”を使ってるのは。
「セリス……」
 振り返れば、我が家の代わりに鎮座している巨大な氷塊。よく見ると中に妙な生き物が閉じ込められているのが分かる。
「……氷漬けの幻獣?」
 スコップにもたれかかりながら白い息を吐いた。こういう時、フラッと気絶できたらと思う。そして目が覚めた時には全部解決してたらいいのに。

 目眩がしてる私の方を見つつエドガーが困ったように立ち尽くしていた。
「ごめん。何だっけ? あー、私の名前はユリっていいます」
「ユリ……」
 セリスが回復魔法を唱えるけどダメージが大きかったのかマッシュたちは起きる気配はない。
 集まってきた兵士が気絶したままの仲間を町に運んでいく。唯一ガウだけが自力で復活して、マッシュを運ぶのを手伝っていた。
 ……たぶん、そう。間違いない。私はこの人たちが誰なのか、よく知ってる。

 また雪が降り始めた。エドガーがぽつりと呟く。
「この場所は話し合いに向かないな。ひとまず私たちも町に戻るとしよう」
「あ、うん」
 雪景色に氷漬けの幻獣。……ここは、ナルシェだよね。でもってエドガーやセリスがいるってことはオープニングのシーンでもない。
「もしかして今、ティナが氷漬けの幻獣と共鳴して飛んでったところかな」

 考え事のつもりが声に出ちゃったらしく、雪道を歩きながらエドガーが私を振り向いた。
「ティナの知り合いなのかい?」
「えっ、ううん。私が一方的に知ってるだけ……でもティナの居場所は分かるよ。コーリンゲンの南にある町……」
 なんて名前の町だっけ。嘘つきばっかりが住んでるんだよね。ここはデンジャーだぜ、って。
「あ、そうそう、ゾゾだ! 確かゾゾって町のビルのてっぺんにいたはず」
 初トランスで錯乱状態になったティナは、そこで幻獣ラムウに守られてるんだ。ちょっとずつ思い出してきた。

 エドガーが立ち止まったので私も足を止める。彼は反応に困るって顔をしていた。それも当たり前だよね。
 向こうからしてみればティナが飛び立ったあといきなり変なやつが現れたわけだし、言ってることも変だし。
「……もしかして私、夢見てるのかな。屋根から落ちて頭でも打って」
「少なくとも私は起きているよ。そして、目の前に現実として君が立っている」
「うん……。そっか」
 だったら確かに現実なんだ。私は、自宅の屋根からゲームの世界に落ちてきたんだ。

 しばらく考え込んでから、エドガーは慰めるように私の背中をそっと押した。つられてまた歩き始める。
「気を悪くしないでほしいんだが、今のナルシェは非常な緊張状態にある。私たちが君のことを理解できるまで、口にする言葉に注意を払った方がいい」
 そう言われると不安になってきちゃうな。
「なんか、まずいこと言いました?」
「今は何も。しかし君が『帝国の人間かもしれない』と受け取られるようなことは、言わない方が賢明だろうね」
 ティナが暴走するイベントは、そっか。ケフカ率いる帝国軍に攻め込まれた直後のことだった。今のナルシェで「ティナを知ってる」みたいな口振りは確かにまずい。
「スパイだって疑われちゃうかもしれないんだ……」

 私が落ち込んでると思ったのか、エドガーは安心させるように笑ってくれた。うーん。作中でも色男って扱いだったけどリアルに見ると美形すぎて目に悪い。
「もちろん私は疑ってなどいないが、君のように美しいレディになら騙されても構わないな」
「へっ?」
 どてら羽織ってスコップを担いだ自分の姿と結びつかなくて一瞬“レディ”って言葉の意味が分からなかった。
 ああ、そういえばエドガーってこういうキャラだった。ナンパが趣味の王様。
 ってそれじゃあ今の、私をナンパしたってこと? 美しいレディって私!? そういえば聞き流しちゃったけどさっきもなんか言ってた気がする。

 相手がティナやセリスやリルム、ゲームの中の“レディ”たちだからエドガーのナンパに何も感じなかったけど、目の前に現実として立ってる人にそんなことを言われたら顔が熱くなってくる。 
「……」
「な、なに?」
「いや。近頃は私のテクニックも錆びついてしまったのかと思っていたが、ユリのお陰で自信を取り戻したよ」
 何を言ってるのかよく分からないけど、とりあえずイケメンにレディ扱いされるって混乱に襲われたお陰でゲームの中に迷い込んだことへの不安は消えてしまった。


🔖


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