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🔖持ち主のいない夢
後先考えずに飛空艇から飛び出して、ずっとフワフワした感覚に包まれてた。
後のことなんか考えちゃったら足が止まりそうだったからさ。
目が覚めそうになってるけどまだ瞼を開きたくない、睡眠と覚醒の間にいてはっきりしない、あの感じ。
水の中で漂ってるみたいに気持ちよかった。ずっとここにいるのもありかなって。
でも、結局は我慢できなくなって目を開けた。
「……今度はどこッスか?」
バージ島みたいな寂しいところは嫌だな。明るくて広い海と熱い砂浜があって……ビサイドみたいなところがいい。
目が覚めると俺がいたのは望み通りの明るい場所だった。見渡す限り一面、海が広がってる。
でも俺を見つけてくれる人は誰もいなかった。
「俺一人、か……」
最後にアーロンとユウナの親父さんと、……あいつが見えたような気がした。
だから期待しちゃってたのかもしれない。そんな自分にちょっとムカつく。
「くそ親父……」
迎えに来るくらいしろよ、なんて思いたくもないのにな。
「反抗期は変わらず、か」
いきなり頭の上から声が降ってきて呆気にとられた。慌てて振り返ったら、
「アーロン!?」
桟橋みたいなところにアーロンが立ってた。
前から思ってたけどおっさん、高いところから見下ろすの好きだよな。
「やっぱ、ここ異界なんだ?」
「さて……どうだろうな」
なんだよそれ、ハッキリしてくれよ。帰れないんだって始めから言ってくれてたら期待なんかしなくても済んだのに。
ずっとザナルカンドに帰りたいって思ってた。
でもユウナが頑張ってんの見てたら、あいつの旅を見届けたくなって……。
ビーカネルで、究極召喚使ったらユウナが死ぬって聞かされて、そんなの嫌だって思ったんだ。
うちに帰るってことが完全に頭から消えたのは、たぶんあの時だった。
ユウナを死なせないこと、あいつが本当に笑えるようになんのを見届ける方が大事になってた。
だから全部終わったら俺が消えちゃうって分かっても、あんまり怖くはなかったんだ。
究極召喚なんてなくして、シンを倒して、俺は、やろうと思ったこと全部やれたから。
満足してる。あとは消えてくだけだ。なのに、俺はいなくなったはずなのに、まだこうやっていろんなこと考えてる俺って何なんだろうな。
アーロンはいつも通りだ。いろんなこと分かってるくせに何にも教えてくれない、そのくせ俺が自分で選ぶのをじっと見守ってくれてる。
「お前の物語、終わらせていいのか?」
「だって仕方ないだろ」
十年前に親父が言ってた。俺の人生にも意味ができる……って。初めてあいつの気持ちが分かった気がした。
みんなきっと俺のこと忘れたりはしないし、消えるんじゃなくて、やりきって死ぬなら。
……それでいいんだって、思わなきゃいけないのに。
唐突に空を見上げてアーロンが呟いた。
「迎えが来ている」
「へ?」
そういやザナルカンドでもそんなこと言ってた。そのあとシンのところに連れてかれて、俺はスピラに渡ったんだ。
でも、俺を迎えに来たのはシンじゃなかった。
「エピローグには早すぎるぞ、ティーダ」
「リツ……?」
どうしてリツがいるんだよ。ここは異界のはずだろ。リツが来ちゃいけないはずだ。ワッカたちが悲しむだろ。
そんな想いが渦巻いて、心の奥のところからなんか分かんない熱い気持ちが競り上がってきた。
「あんたって、どこにでも来るよな」
「そういう体質なんだよ」
ガガゼトで祈り子に呼ばれて、自分が消えるって聞かされた時、あの夢の中にもリツが現れた。
祈り子たちが、エボン=ジュが夢を見るのをやめても、俺をスピラに連れ戻すって。……あれ本気で言ってたのかよ。
リツは隣で知らん顔してるアーロンを見つめて呟いた。
「あなたが引き留めてくれたのか?」
「こいつが勝手に迷っていただけだ」
「そうやって素知らぬ顔で黙って助けてくれちゃうんだもんな。かっこよくてずるい」
「……」
あー、さらっとストレートに言うから、柄にもなく照れてんじゃん。
そんでリツは俺を見下ろして、こう言った。
「ここは異界じゃないぞ。死んでないからお前には行けないってところかな」
俺のザナルカンドはエボン=ジュが創った夢の世界で、現実じゃないから死ぬんじゃなくて消えるだけ。
そういう覚悟はしてたんだ。でもグアドサラムの異界で母さんが出てきたから、もしかしたらとも思ってた。
……ここが異界じゃないなら、俺はそこに行けないなら、どうすりゃいいんだよ。
「エボン=ジュはもういない。ティーダの人生は、もうティーダ自身のものなんだ」
「でも俺、」
俺の人生なんてさ、もう……ないはずじゃん。
「帰りたくない、異界に行きたいって言うなら仕方ないけど。ジェクトやアーロンも、まだ来るなって言うと思うぞ」
どう? とリツに振られて、アーロンはそっぽ向いて答えた。
「素直に言うとは思えんがな」
「あなたは今ここで言えるだろ? ジェクトと同じくらい素直じゃないなら仕方ないけど」
そんな挑発したら親父と同じことなんか言えないよな。
アーロンは苦々しくリツを見つめて、ため息を吐いた。
「この先は死を受け入れた者の世界だ。お前が来るには早い」
……それってさ。俺は異界に行けないんじゃなくて、まだ“生きてる”から……行けないだけ、みたいに聞こえる。
リツは当たり前みたいに手を差し出して笑った。
「一緒に帰るだろ?」
どっかにちょっと出かけてきただけ、そろそろ家帰るか、みたいな気軽さで。
「俺……」
ビサイドに行きたいな。……あそこに帰りたい。
「ブリッツやり足んないし。腹減ったし、一人じゃつまんねーし」
そんで、ユウナに会いたい。
戦いが終わったら死んじゃうとか消えるとか、それでも大事なやつが笑っててくれるならいいなんて諦めないで。
自分のために、自分のこと考えて、笑って生きる未来を……あいつと一緒に歩いてみたいんだ。
「俺のこと……連れて、帰って……」
伸ばされたリツの手を見つめる。
「帰ろう。とんでもないことやってのけた御褒美だ」
口笛の音が聞こえた気がした。
リツの手を取る。
引っ張りあげられた瞬間すごい波が起きて、世界の全部が水の中に消えていった。
頭の中で潮騒が響いてる。目を開けると水面越しに太陽の光が揺らいでるのが見えた。その光に向かってまっすぐ泳いでいく。
どこまでも続くだだっ広い海と空。熱い砂浜。あの時と似ていて、でも目に映る景色は違ってた。
浜辺にはリツがいた。ワッカとチャップとルールーと、リュックにキマリ、それから……。
「おかえり!」
ユウナがこっちを見て笑ってた。俺がなんも知らなかった頃みたいに素直な笑顔で、早く海からあがってこいって。
「……ただいま」
今までも、これからも、誰かの夢なんかじゃない。俺は未だ生きてて……また、生きていけるんだな。
俺の物語、終わりになんかしない。やりたいことがまだまだいっぱいあるんだ!
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