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🔖AUTUMN SUNSET



 日が沈みつつある。ただでさえ薄暗いコーカリ荒野は更に不気味な雰囲気を醸し出していた。
 キャンプのざわめきも遠すぎて聞こえない。静けさの中で風の音と何かが蠢く気配だけが耳につく。

 ダンカンに教えられた遺跡に到着して、協定書がなくなっているのに気づいたところへモリガンが登場した。
 こんな過酷な環境で生き抜いてきた人だけあって、崩れかけた壁の上から見下ろされるとなかなかの迫力だ。
「あなた方、随分と騒がしくしていたようだけれど。こんな辺鄙な森に一体どんな用があって訪ねて来たの?」
 さすがにいきなり剣を抜いたりはしないものの、アリスターもジョリーも場馴れたダベスでさえも警戒心剥き出しだった。

「気をつけろ、油断したらカエルにされてしまうかもしれない」
「え〜。変身魔法は他人にかけるもんじゃないから大丈夫だよ」
「ちょっと待て、お前どうしてそんな外道の魔法を知ってるんだ?」
 だって変身使いの主人公も作ったことがあるし。

 思ったより深刻になりそうな雰囲気で、慌てて両者の間に立つようにアリスターたちの前に出る。
「こんにちは。私はグレイ・ウォーデン……じゃなくて、その新兵候補の補佐役のユリです。お名前を聞いても?」
「あなたは真っ当な会話ができそうね。私はモリガン、この湿地に住んでいる者よ」
「よろしく、モリガン」
「文明人らしい挨拶が交わせて安心したわ」

 いきなり追い払われるようなこともなく、モリガンは警戒しつつも遺跡から降りて目の前に来てくれた。
 うーん、近くで見るとすごく際どい服だ。でもその辺を見てるのはダベスだけだった。
 既婚者のジョリーはともかくどうして童貞のアリスターが反応しないのか謎。
 相手が背教者だと女性としては見られないのかな。

「あなた方が森に入ってからの行動をずっと見ていた。そして考えた。これは何者か、何を探しているのか、とね」
「俺たちはこの遺跡に保管されていたグレイ・ウォーデンの協定書を取りに来たんだ」
「それなら私の母が持ち帰ったわよ」
「そうか、そりゃ助かっ……何だって? 勝手に持ち出したのか!?」
「あ、アリスターちょっと黙ってて」
 ややこしくなりそうなのでアリスターの口から罵倒が飛び出す前に話を進める。

「近々その協定書が必要になる予定なんだ。お母さんのところに案内してもらえないかな?」
「ユリと言ったかしら。あなたはともかくとして、私は後ろのお友達を家に招きたくないのよ」
 お友達と言われ、振り向いて連れの三人を眺める。改めて見ると男臭いパーティだなあ。

 ジョリーはこの中だとマシな方だけど女性受けするタイプじゃないし、女好きで盗賊なダベスは論外として、アリスターだって男としての魅力があるかというと微妙で。
 思わず「うーん」と唸ってしまった私にモリガンが笑顔で頷いた。
「分かるでしょう?」
「うん、分かる」
「分かるなよ! お前どっちの味方なんだ?」
 だって仕方ないでしょ、私がモリガンでも「どうぞうちにいらしてください!」とは言いたくない顔触れだもの。

 それでもやっぱり協定書が必要だからと向き直ったら、モリガンは肩を竦めて言う。
「じゃあ、ここで待っていなさいな。私が家からあの古臭い紙切れを持って来てあげる」
「え、いいの? 助かる〜」
「家は荒野の奥深くにあるの。夜明けになるわよ」
「全然いいっす! ね、アリスター」
 あれ? めっちゃくちゃ険しい顔してるね。
「どうせ一晩休んでから帰る予定だった。待つのは構わないさ。本当にこいつを信じていいなら、の話だが」
 まだ仲悪くなるような出来事も起きてないのに、もう生理的に会わないのかな、この二人。

「でもさ、モリガンの提案を断ったとして自力で協定書を探し出せると思うの?」
「う……それは……」
「ってわけで待たせてごめんね、モリガン。文書を持って来てもらえたら感謝します」
「いいわ。私としても、あなた方にいつまでも居てもらいたくないもの」
 取るもの取って早く出て行けってことですね。

 まだ疑わしげな表情のアリスターたちを見てモリガンは不意に笑った。
 好意的な微笑みじゃなくて、嘲笑ってほどでもないにせよ馬鹿にしてるのが分かる笑み。
 そして彼女の姿は一瞬で掻き消えた……と思ったけれど、よく見たらモリガンが立ってた場所からたくさんの虫が飛び去っていった。
 もう有翅虫の大群を習得してるんだ。

 モリガンの気配がなくなると、さっきから黙りこくってたダベスとジョリーが大きく息を吐いた。あ、緊張してたのか。
「やれやれ、さすがに胆が冷えたぜ」
「“旅人よ聞きなさい。春に庭を歩く時は断りもなく入って来ないように。庭師は針を持っているから”……やっぱり荒野は危険なところだ」
 ダークスポーン相手には勇猛果敢な戦いっぷりを見せるのに、どうしてモリガンを怖がるのかよく分からないな。
 彼女は会話だって通じる。ダークスポーンの方がずっと怖くて危険だ。

 モリガンが戻って来るまで、協定書があった遺跡で休むことにする。
 よく考えたら今後は野宿が増えるんだよね……心配だな。

 とりあえず、キャンプの準備を始めようとしている三人に声をかけて作業を中断してもらう。
 グレイ・ウォーデンに追われるならまだしも貴族が率いる軍の兵士に見つかったら脱走兵として処刑されてしまうから。
「オスタガーを迂回して、洗礼の儀を受けずに逃げるなら今がチャンスだよ」
 物言いたげにしつつ、アリスターは開きかけた口を閉ざして私が何を続けるか待っていた。
 ジョリーとダベスは戸惑った顔をしている。

「正直、グレイ・ウォーデンの秘密を漏らさなければ追われることはないと思う。だから二人にはここでお別れしてほしい」
「あのな、俺はべつに洗礼の儀から逃げたいなんて頼んでないぜ。第一お前は儀式を受けないんだ、俺たちがどうなろうと関係ないだろ」
「私が洗礼の儀を乗り越えられるかは不確定だし、だからこそ入団はしないってダンカンと話をつけた。でもあなたたち二人は違う。洗礼の儀で死ぬ。絶対に」
「……それも君の勘か?」
「隠し箱の在処よりもずっと確かな勘だよ」

 他人の運命を変えられるのか、変えていいのか、そんな大袈裟なことは考えない。
 私はただ目の前にいる人たちに、私の知ってる人たちに無惨な死を遂げてほしくないんだ。
 だからやれるだけのことをやってみる。
 この言葉が真実だと信じてもらえるように、どこまでも真剣に打ち明ける。

「ジョリー、逃げたら奥さんに合わせる顔がないって言ったよね。じゃあハイエヴァーで反乱が起きたって言ったら家に帰ってくれる?」
「何だって? 反乱って……」
「ハウ伯爵がクーズランド家の人たちを殺害してハイエヴァーを制圧した。ヘレナさんと合流したらすぐ国外に逃げることをお勧めするよ」
 あり得ないと言わないのはイーモン伯爵からでもハウの評判を聞いていたんだろうか。
 ブライトを待たずして北部に混乱が起こっていると知り、ジョリーの心はかなり揺らいだみたいだ。

「ねえダベス、一人で荒野を抜けるのは危ないし、ジョリーと一緒に行ってよ。逃亡生活は辛いかもしれないけど、元は捕まって処刑されるはずだったんだからそれよりマシでしょ」
「勝手なこと言ってくれるよな。そっちの騎士さんは知らないが、俺は盗賊のまま逃げ回って野垂れ死ぬよりウォーデンとしての名誉ある死を望むぜ」
「名誉ある死なんて無い!!」
 世界を守るためにアーチデーモンと相討ちになるわけでも、ダークスポーンとの戦いですらない。
 くじ引きで外れをつかんで死ぬ、ただそれだけのことだ。そんなもの名誉でも何でもない。無駄死にだ。

 荒野を探索中に何度かダークスポーンと遭遇した。ジョリーとダベスの戦いぶりは正規ウォーデンであるアリスターと比べても遜色のないものだった。
 たとえ穢れた血を取り込む能力がなかったとしても、この二人の腕前はダンカンが認めているんだ。
「入団しなくても戦うことはできる。洗礼の儀で無意味に命を落とさないで。本当に名誉を望むなら、生き延びて、決戦の時に駆けつけてよ」

 当人たちに言うつもりはないけれど、正確には洗礼の儀で命を落とすのはダベスだけだ。
 ジョリーは本当は、土壇場で逃げ出そうとしてダンカンに殺される。
 だから私が今やってるのも反逆と受け取られてウォーデンに処刑されたっておかしくない行為だった。
 ……でもアリスターはそこまで思い切ったことはしないだろう。彼はウォーデンに忠実なんじゃなくて個人的にダンカンを慕ってるだけだから。

 沈黙の時間がやたらと長く感じた。最初に口を開いたのはジョリーだった。
「ヘレナを守るためにブライトと戦う決心をしたんだ。……ハイエヴァーが危険に晒されているのが本当なら……すまない。俺は北部に帰るよ」
「よ、よかった! ダベスは、」
「俺は逃げるなんて御免だね」
 あっさり断られて私がショックを受ける間もなく、ダベスは空を指し示した。
「見ろよ、もう金星が出てる。これから荒野を歩くなんざ自殺行為だ。出発するなら明日の朝だな」
「あっ、そうだよね。じゃあもうごはん食べてゆっくり休んで、明日の朝モリガンが協定書を持って来てくれたら出発しよう!」
 二人は北部へ、私とアリスターはオスタガーの戦いへ。

 それにしてもアリスターが口を挟んで来なかったのはちょっと意外だった。邪魔されるんじゃないかって身構えてたのに。
「あの、ダンカンはこのこと、怒らないと思うよ」
「怒るとか怒らないって問題じゃなくて。……どうなっても知らないぞ、俺は」
「大丈夫。私がどうにかするから!」
「気楽なもんだよなあ……」
 それでいいんだよ。悪い可能性ばっか考えて悩んでても前進できないもの。

 戦いには勝利を。平和には監視を。死には……、犠牲なんか出させない。
 私がこの手でハッピーエンドをもぎ取ってみせる。


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