君が居ないと、

私の毎日は色褪せて、

つまらない時間が、

退屈に過ぎて行くだけ。















公園には、本当に誰も、何も、なかった。

コンビニへの道を説明して、金髪狐と別れた後、黒髪狐と公園まで戻って来て。

腕を見れば、服が破れ、血が滲んでいた。
肝心の傷は浅く、血は固まっていたから、帰って消毒しとけば大丈夫だろう。

公園のベンチに座り、店員は一体何処に行ってしまったのか、途方にくれていた。

傍らに立つ黒髪狐は、何をするでも、何を言うでもなく、ただそこに居る。


「……私の周りにはアンノウンなんて、居ませんでした」

「………」

「少なくとも、今日の10時頃までは、私はアンノウンなんて知らずに過ごしてきた」

「………」


と、無反応な訳だが。

私は別に誰に向けてでもなく、喋り続けた。
聞いているかどうかなど、さして問題ではなかったから。
ただ、このおかしな事態に、追い付く事のない思考がどうしようもなくて。
独り言でも並べれば、鈍くなった頭が少しでも回転するんじゃないかと思った私は、だらだらと口を動かし続ける。


「私が知らなかっただけ? そんな事無い、よ。だってそれが当り前なんて、おかしい」

「………連日連夜、テレビをつければ必ず目に入る話題だ」

「喋った………」

「……………」

「………テレビ、ね。毎日見てるけど」


新聞だって読んでいる。
だけどそんな馬鹿げたニュースは見た事も聞いた事もない。


「私実は死んだとか?」

「………は?」

「なんか事故ったとか、知らない間に死んじゃって、ここはあの世で………天国には見えないね……やだ、地獄とか?」

「……………」

「ぇえー……私そんな悪い事してないのに……」

「………現実逃避はそれくらいにしろ。戻って来た」

「あ、本当だ」


だが冷静さに欠ける今の私では、突飛な考えしか思い浮かばなかった。
それを呆れた声で遮って、黒髪狐は公園の入り口に顔を向けた。
言葉通り、金髪狐が此方に向かって歩いてくる。

あのお面被ったままコンビニ行ったのかな………シュ、シュールだな。


「どうだった」

「結論から言うとー、長谷川って店員はいたよ」


ホッと息が漏れた。
良かった、私は正常だ。

………良かった? 何が?

人が死んで、良かったと?

自分の思考を疑った。
身の毛のよだつ考え方に、私自身が怖くなって、寒気がする。


「居るには居た、けどー……」


金の視線を感じてはっとする。
そうだ、兎に角、
私は現状を把握しなければ。


「勿体ぶんな」

「ッテ! 何すんだよ!」


黒髪狐が、金髪狐の足を蹴る。
今更だけど、足長いな………2人とも、背が高くて、なんていうか、スタイルがいい。

そんなどうでもいい事を、頭の片隅でぼんやりと思う。
我ながら、性能の悪い脳ミソだ。未だにまともに働かない。


「千尋ってばもー、すぐ手が出るんだから」

「今のは足だ」

「足癖悪いよねー」


立ち上がって、全然関係無い話を聞きながら、
しっかりしろよ私、
と頭の中で自分を叱って、ふるふると頭を振る。


「それで店員は?」

「ああ、うん。それがね、居るには居たんだけど、昨日で辞めちゃったんだって、その人。トーゼン、出勤すらしてないってさ」

「………え?」


頭の回転速度を少しでも上げようと努めていたのも虚しく、金の言葉に頭はまたフリーズしてしまった。
それでも無理矢理起動ボタンを連打して、
浮かんだのは疑問ばかりだった。

辞めた?
私はあの店員を店内で見ただろうか?
辞めた人間がわざわざ制服を着るだろうか?
何の為に?


「でも、私嘘なんて吐いてない」

「………飛鳥、この女の事を報告しろ。虎にやらせれば早い」

「ちょ、なんで自分でしないの」

「なんで俺が」

「………も、千尋と任務ヤダ」


アスカと呼ばれている金髪狐は携帯を取出し、ブツブツと何かを呟きながら何処かに電話し始めた。
困惑し続ける私をチラリと見て、ため息を吐いたのは、未だ私が記憶喪失だと疑っているからだろうか。


「私だって、意味解んないし。困ってるし」

「……………」


泣きたい。

変な事ばかりで引っ込んでいた涙が、急に押し寄せてくるのを感じて唇を噛んだ。


「あ、おれー。そー飛鳥ー。なんかね、変な女の子が居てさぁ。うん? あ、任務は完了したよー」

「………変じゃないし」

「……………」

「いやなんかアンノウンを知らないって言うんだよー。名前? ………なんだっけ?」

「…………」


携帯から顔を離して、私に聞いてきた。
覚えてねーのかよ。


「………高垣 彩」

「えっ………」

「高垣 彩だってー」

「なんだ」

「い、いや………」


黒髪の方は覚えていた。
私の代わりに金髪に教えて、吃驚した私をお面の奥の瞳で見つめている。


「え? いいの? いやだって一般人………嘘、まじ?」

「……………」


瞳はお面のおかげでよく見えない。その内に金髪の方にお面を向けてしまった為、もうその瞳は覗き見る事も出来なかった。


「いっちゃんを? 何、いっちゃん達、もう戻って来てんの? ……お、おれ悪くねーし! その女の子が……わ、解ったよ……ん、リョーカイ」


ピ、と携帯を切った金髪は、黒髪に向き直る。


「………樹が来るのか? 虎は?」

「その子ガッコまで連れてくんだって。………ちょっと」


ガッコ………?
その気になる発言の後、私から離れ、金髪と黒髪は声を潜めて何かを話していた。


「……………」

「!」

「………え」


なにやらヒソヒソ話しているかと思えば、2人してお面をこちらに向ける。

………ちょっと、怖いんですけど


「なに?」

「別に? あのねー、これからとある施設に連れてくけど、君に場所を知られると不味いの。だからちょっと目隠しさせて貰うけど」

「は!? 目隠し!? 嫌です! なんでそんな事されなくちゃならないんですか!」


なんの冗談だ。
この人達なんなんだ。
危ない人達なのか。


「別にしなくてもいーけど、知ったら君、殺されちゃうよ?」

「な………」


今更、
本当に今更なのだが、

狐のお面を着けてるなんて変だ。

絶対おかしい。
この人達は何。


ぞわりと産毛が逆立つ。
私はあの獣に襲われて、感覚が麻痺していたんだろうか。
一生分の恐怖に、危機察知能力が低下していたとしてもおかしくは無い。
それくらい怖かったし、それくらい混乱していた。


「警戒させてどうすんだ。ばか飛鳥」

「おれが警戒してんの」

「いや、だ」

「「え?」」


怖い。

そんな事を今更気付くなんて。
どれだけ私の頭は鈍っていたんだろう。

普通に夜、お面を着けた2人組を目にしたらまず、
不審に思って間違いないのに。

ゆっくりと1歩、後退る。
指先はまた、震え始めていた。


「嫌だ。行かない」

「………見ろ。面倒になったじゃないか」

「だぁって! 怪しいよこの子!」


怪しいのは、あんた達だ。

そして、私は、馬鹿、だ。


化け物の脅威から逃れて、いつの間にか怪しい事この上ないこいつらを、
味方だとでも思ったのか。


「帰る………私、家に帰る!」

「待て!」


ぐ、と足に力を入れて彼らの右隣に出来た空間へと駆け出した。
否、正確には、
駆け出そうと、した。


「おっと、逃がさないよー」

「っ!」


私の行く手を遮る金髪に、恐怖以外の何も感じないというのに、
何故私は安心していたの。

もう嫌だ。
今日はなんだ。
何故私がこんな目にあわなきゃならないんだ。


「どいてよ! わた、いっ!?」


また、耳鳴りだ。
さっきと桁違いなそれに、耳を押さえた。


「い、痛い………」


そう、痛い程に鳴っている。
こんな不快な音を、今まで聞いた事などない。


「? ………あ、いっちゃん」

「………その女か?」

「樹、面倒な事になってる。強制連行になりそうだ」

「飛鳥か」

「そうだ」

「馬鹿が」

「ちょ、酷いっ!」


耳鳴り……やんだ?

そっと手を離すと、静寂。
そのまま視線を巡らせて、行き着いた先は金と黒の間に立つ新しい人物だった。

顔にはお面。
金と黒の僅かな違いはあるが同じ狐なのに対して、いつの間にかそこに居た人物のそれは明らかに違った。


「………鳥?」

「女、一緒に来て貰うぞ。危険は無い」

「や、いや、です」


じり、と下がる私に鳥のお面はため息を吐いて、「仕方ない」と呟く。

いつの間に居た。
何をする気なの。

そんな口に出せない疑問に答えてくれる人など居ない。


「私は樹(いつき)。少々手荒いが我慢しろ」

「いつ、き、っ! よ、寄らないでっ! あっ、ああ!?」


耳鳴りが再び私を襲い、樹と名乗った鳥のお面からは、金の狐の時のようにまた青白いものが発せられている。
だが次第に強くなる耳鳴りは、私の思考を奪い、痛みに耐えきれなくなって、


私は世界を手放した。


否、黒い獣が現れたあの時から、

私は世界から、
手放されたのだ。




[ 3/33 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -