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研究部・HUNTERFILE・E-035
FILENo.03 永岡 樹 能力分類:PK 能力内容:瞬間移動 ランク:A
測定値 1stMV 2000 05AUG. 平均値/毎分 パワー値:269p 影響範囲:6.5ha 持続時間:0.5〜1.0h
そんな方法はない。 あればとっくに人類は、アンノウン殲滅に至っているだろう。 剣も銃も効かない相手だからこそ、人類は危機に瀕したのだ。唯一有効なのは能力者の攻撃。能力で直接叩くか、或いは能力者からの打撃。 能力者は力の分類に限らず、その力を身体の部位に宿せば、アンノウンに大小問わず死傷を負わせる事が出来る。10年経っても、他の有効手段は見付かっていない。 だからハンターは軍事訓練を積むのだ。戦い方を学ぶ。身体を鍛える。対抗しうるだけで、他は人と変わらないのだから。
「話にならないな」
目を細め、冷たく見下す。鼻で笑った俺に、他の奴らも異存はないようで、不機嫌面の日向、無表情で外を眺める飛鳥、悩ましげに俯く虎、いずれも黙ったままだった。千尋の意見は少し聞いてみたかったが、彼は起きる気配がない。 彼女ははっとしたように、僅かに見開いた目を、俺に向けた。
「そんな下らない事を考えるより、他に考える事があるんじゃないか?」
馬鹿にされたようで腹が立つのだろう、彼女の瞳に反抗的な色が宿ったが、それも仕方ない。だって俺は実際、彼女を馬鹿にしているのだから。
「下らないだなんて、私これでも真剣に、」 「お前の境遇なんて、俺達には関係ないんだよ」
わざと言葉を遮って、黙らせる。
「不満があるなら申請書でも書け。よっぽど有意義だ。少なくとも、此処で俺達にお前の価値観を押し付けるよりはな」
俺の最後の言葉で、彼女の瞳は一瞬にして、戦意を失った。考えるように視線が逸れ、車内をゆっくり見渡す。そうだ、それでいい。自分がどれ程考えなしか。どれ程愚かな発言をしたか。空気が淀んだ車内。自分の浅はかさを目の当たりにすればいい。視界の隅で、ぎゅうと、膝のスカートを握る拳が見えた。
「出直してこい」
腰を上げる。以前の彼女なら、考えることすらしなかっただろう。だから彼女なりに進歩はしている、それは判る。しかし進歩しているからといって、何もかも判った気になられるのは迷惑だ。 結果彼女は、俺達が目を背けてきた事を、堂々白昼の元に晒してのけた。年月を掛け、言い聞かせてきた事だ。何も知らない彼女に否定されて、飛鳥まで感情を吐露させられた。 彼女の進歩は、俺達にとって良い傾向か悪い兆候か。関係ないと言いたいところだが、残念ながら彼女はこれからも俺達のお荷物として在り続けるだろう。それを踏まえて今のところ、良くはない。
「僕あの女嫌い」
「そういうのは、本人の居ない所で言え」
「いっちゃんも嫌い」
「好かれようと思ってねえよ」
「っ、いっちゃんの馬鹿!」
「はいはい」
ぶすっと頬を膨らませる、日向の頭を撫でる。こいつはこいつで判ってねえな。嫌ったって、あいつには何のダメージもねえよ。 最後に車内を気にしながら降りてきた彼女は、暗い顔をしていた。 必要以上に敵を作りそうだ、彼女は。此処で正論を述べる者は嫌われる。理不尽に踏み付けられてきた者ばかりだからな、当然だ。 日向等その典型と言える。徹底して人間嫌い。それなのに、こいつはこいつの狭い世界の為に、アンノウンを狩らねばならない。その憤りは、自分が一番感じているに違いないのだ。だから、他人に指摘される程、腹が立つ事はない。 そんな心情を知りえない彼女は、不意に車を振り返ると、躊躇いがちに傍の飛鳥を見上げた。
「あの、起こさなくていいんですか」
「あー、千尋ねー………ちーいー、千尋ー、着いたよー」
飛鳥が車に身体を半分入れて、千尋を起こしにかかる。心なしかいつもより声に覇気がない。悪い癖が出ないといいが……。 千尋が大きな欠伸を漏らしながら降りてくると、飛鳥は口を尖らせ文句を垂れた。
「もー、隙あらば寝るの止めてよねー」
「ん…………」
「聞いてんの? 毎度毎度、誰が起こしてやってると思ってんの」
「変な夢、見た」
「マイペース! 判っててもびっくりするそのマイペースさ!」
千尋が我が道を行くのはいつもの事だが、それが今回ばかりは役に立った。飛鳥がそのマイペースさに釣られ、本来の調子を戻しつつある。こう見ると、我々は、危なげな均衡の元に成り立っているのが判る。 崩れたら、もう元には戻れない。戻せない。 たった一つの雫が、命取りになり得る。不意に現れた第三者の存在は、その均衡にどんな影響を与えるのか。 人間は保守的な生き物だ。人間外に位置付けられた俺達だって、それは同じだ。維持を望み、それを崩すような余所者は、歓迎しない。
「行くぞ」
進み始めた虎と日向を追って、背を向ける。 悪いが俺も、例外でないのだ。均衡を崩す気なら、容赦はしない。
「……お前、顔色悪いな」
「え? あ、ああ……、ちょっと、酔って」
「ふうん………畏縮は、癖になるぞ」
「は?」
嗚呼やっぱり、千尋の意見は訊いとけば良かったな。 俺は思ったより、冷静じゃないらしい。
「いっちゃん……ごめんね」
聞こえた後ろの会話に、小さく眉を潜ませていると、飛鳥が隣に並んだ。横目で見やると、あからさまに悄気た顔をしていた。それをふん、と鼻で一蹴する。
「意味が判らないな」
「だって、いっちゃん、嫌な役だった」
「……タコかお前は」
「なんでよ! どう見ても違うでしょ!?」
「あーうるせーうるせー軟体動物が」
「いっちゃんが酷い!」
せっかく人が真面目にさあ……、等と言って口を尖らせる飛鳥を、小さく笑う。
「似合わない事をするからだ」
「なにそれ、おれだって悪いと思ったら反省くらいしますー」
「悪い事なんかねえよ」
「…………いっちゃん」
だから、そんな泣きそうな顔をするなと言うのに。気色悪いだけだ。
「誰も、悪くねえよ」
そうだ彼女も。誰も悪くはない。 ただ俺達は、誰にも触れられたくない部分を持っている、ってだけだ。衝突は、避けられないのかもしれない、な。
「悪いが俺は、先に行く」
「え、いっちゃ」
きっと、俺が一番、彼女を傷付ける。 俺は本当に、容赦しないから。俺が彼女を好きでも嫌いでもそれは関係なくて。 嗚呼だから、だから俺は反対したのに。
「支部長……、貴方は何を考えている」
薄暗いロッカールームには、嫌悪も、不安定も、興味本位も無かった。彼女の声も。 それに安堵する俺は、一番危うい、のかもしれない。
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