31
イマイチ現実味に欠けたまま、両親の葬儀は執り行われ、全く涙を見せなかった私だったけれど。
結局、号泣する。
周りが同情し、慰めの言葉を幾つも掛けて貰いながら、私は、両親の死を悲しんでいた訳ではなかった。
運転席との隔たり部分にある、デジタル時計は、只今8時10分を示している。 あれから、天使みたいな顔した謎の人物が乗り込んで来てから30分。私を含め、4人の車内は相変わらず、重い沈黙が続いていた。 まあ、重いと感じているのは私だけかも知れないが。
天使な毒舌さんが来た為に、私と永岡さんの距離は縮まり、真横に居る彼はナイロンの、ブランド物の鞄から取り出した本を読み耽っている。結島さんはずっと窓の外を見ており、天使な毒舌さんは、ヘッドホンをしたまま目を閉じている。シャカシャカと漏れ出る音楽の切れ端。 それがあっても、ちっとも空気は和らぎはしなかった。
いい加減、窒息しそう。 息を吸い込む。耐えられない。
「あの!」
無反応。 くっ、ま、負けるか………!
「いつ出発するんでしょうか!」
返って来るのは、天使な毒舌さんから漏れる、シャカシャカと言う音だけ。 どうしよう、この人達、コミュニケーションが取れない………!
「…………全員揃ったらだ。聞いてないのか」
目は本に落としたまま。 けれど漸く返ってきた反応に、私は涙が出そうな程ほっとした。永岡さんが、これまでにないくらい、いい人に見える。
「聞いて、ますけど、あのっ、集合は7時半ですよね!」
「…………そうだが、何か?」
返事があるって素晴らしい。
「もう8時過ぎてますけど……」
永岡さんの視線がチラと動く。自分の腕時計を見て、うわ、あれ高そう……じゃなくてっ、フンと鼻を鳴らした永岡さんが、私を見た。
「全員揃ったらだ」
「全員て、あの、セブンって何ですか? 永岡さんはセブンってやつなんですよね?」
永岡さんの眉がググ、と寄った。な、何かまずい事を言っただろうか。
「7階に住んでるからセブン。それだけだ」
「えっ、それだけなんですか!?」
目を剥いた。 吐き捨てるように言って、長岡さんはまた本に視線を落としてしまった。 返事をしないということは、これで話は終わりということなんだろう。 何だ、セブンて7階に住んでる人達の事なのか。って事は、あと、少なくとも2人は来るのか。戸上さんと、八草さんと。後は住んでる人が居ても私には解らない。 部屋数いくつあったっけ………。
「……いっちゃん。この子知ってんの?」
急に声が上がったからか、私はかなり大袈裟にビクリとした。可愛らしい二重の瞳だけが、此方を向いている。 聞こえていたらしい。て言うか、聞こえていたなら、ちょっと位反応してくれたっていいのに……。
「………訳あり住居人だ」
「ふうん」
永岡さんは目線を上げず、素っ気ない。天使な毒舌さんも、興味なさそうな返事をしただけで、瞳を閉じて。 ……………また静かになったよ。 はあ、と溜め息が落ちた。
「………イツ、チイに電話しろよ」
けれど、意外にも、結島さんによって、直ぐに沈黙は破られた。不機嫌そうな顔。不機嫌そうな声。横目で睨まれただけで、足が竦みそうになる。 私を見ている訳じゃないけれど。
「なんで俺が」
永岡さんは動じない。綺麗なラインを描く横顔は、本に向かって俯いたまま。
「どーせ寝てンだろ、アイツ」
「今朝、起こした」
「ァア? じゃなんで来ねーんだヨ」
うう、結島さん怖い。ただでさえ見た目がもう怖いのに、片眉を釣り上げて、睨みを利かされると、凄い迫力を生み出す。
「今朝ってなに? 何かあったっけ?」
天使な毒舌さんも加わる。とりあえず私は黙っておこう。
「俺と千尋と飛鳥だけな。見回り言い渡された」
「あれ、ヘマしたの? いっちゃんが居て?」
ヘッドホンを外し、首を傾げる天使な毒舌さんに、溜め息を吐いて、永岡さんは本を閉じた。
「初動が遅れたんだ。誰かさんのせいでな」
うっ………! 永岡さんの台詞に、一斉にして私に視線が集まった。 小さく顎を引き、視線を泳がせる。私の、せい、とか。
「サボった馬鹿も居るし」
身を固くしたが、永岡さんが重ねた言葉により、今度は他の2人が視線をサッとそらした。 昨夜、この2人は居なかった。だからだろうけど、私は私で、橙色の土手の向こうを、思い出していて。
私の、せい。
「ま、全ては言い訳だな」
煙。悲鳴。クラッシュ音。橙色に染まる空。 私のせいで。
「だから千尋も飛鳥も、起きている筈だ」
「ええと……僕思うんだけど、二度寝、してんじゃないかな」
「そこまで面倒見きれるか」
ドキドキと煩い胸を、そっと押さえる。
「電話しろって。いい加減、おせーヨ」
「だからなんで俺が。虎がすればいいだろう」
私は悪くないなんて、もう思わない。責任を背負うと決めたんだ。 私のせい、なら。
「携帯忘れた」
「それじゃ携帯の意味ないよ虎ー」
「じゃ、オマエかけろ。ヒナ」
短く息を吸い込む。俯いていた顔を上げた。
「あの! 永岡さん!」
多分、驚かせてしまったのだろう。僅かに瞳を見開いて、永岡さんは私を見下ろす。
「掃除は終わりましたか!?」
戒めを受けるべきも、私だ。
私の勢いに乗った声に、永岡さんの眉が小さく寄る。ああ、駄目だ通じてない。言葉が足らなかった。 訝しむ彼の目を見つめ返し、急いで再度口を開いた。
「林さんの部屋、掃除するんですよね? もう、終わっちゃいましたか……?」
なるべく丁寧に言葉を選んだつもりだった。けど。 永岡さんは怪訝な顔のまま。
「まだだが………」
だから何、という目線。 それを真っ直ぐ受ける。
「私もします、掃除」
怖くない。怖くない。 大丈夫。
「やらせて、下さい」
失うものは、何もない。
「……………は」
永岡さんらしからぬ、ポカンとした顔。小さく漏らして、しかしまた黙られて、なんだか不安になってくる。 変な事を、言っただろうか。私には意識はなかったけれど、こんな事を言うのは、変だったのだろうか。
「あの………責任、あると思って………だから、その、」
「………………………」
暗に私のせい、と示した永岡さんになら、この言い分で通じる筈、なんだけど………。
「やらせて、貰えないかと……」
「………………………」
なのに、なんで何にも言わないのー!?
「…………………」 「…………………」
た、耐え難い………! やっぱり言ってはいけなかったのかもしれない。見下ろされる無言に耐えきれなくなって、取り消そうと口を開く。 が。
「終業」
今度ポカンとするのは、私の番。
「何だその顔」
嫌そうに顔を顰められて、慌てて視線を逸らす。
「あっ、あのっ、いや、」
肩に力が入る。
「しゅ、終業、って、何の事かと………」
「終業は終業だ。俺んとこに来い」
「終業に、永岡さんとこに……」
え、何の終業? あ、そっか、永岡さん達は学校行くんだっけ、じゃあ授業が終わったら永岡さんの所に行けばいいのか。
………………ん?
「いっちゃん、何、いいの?」
「何が」
私の脇から、天使が顔を出して、意外そうに言ったそれに、永岡さんが益々不機嫌そうになったとしても。更に、天使が何だか興味深そうに私を下から覗き込んだとしても。
「ふうん?」
今、頭に浮かんだそれに、私は唖然とした。
「あの永岡さん………」
「何だ」
まだ解んないのかよ、みたいな目で睨まれたが、怯んでる場合じゃない。
「この車…………学校に、行くんですか?」
「………………………」 「………………………」 「……………何この子、天然?」
だって、そんな事言われたって、私全然、そんなの、
「聞いて、ないのか?」
「みじん………も」
聞いてない。
いきなり過ぎて、全く心の準備が出来ていない。血の気が引いた私を、タイプは違えど他人に冷たい感じの3人が、この3人が、可哀想に、みたいな目で見てきた。それが益々不安を駆り立てる。 先行きが、曇ってる処か、最早真っ暗な気がした。
「おっはよー!」
空気の読めない登場を、戸上さんがやらかした時には、わあっ、と顔を覆った。
「えっ、何? なに何?」
流石に、無理ですと思わずにいられなかった。
[ 31/33 ] [*prev] [next#]
[しおりを挟む] |