30


家を出たのは、正直、君と顔を合わせたくないからだった。

逃げるように家を出て直ぐ、みつきも経たない内に、両親が事故で他界する。
私が最後に、両親と交わした会話は、思い出せない程度のものだった。



















3度目の朝は、見知らぬ天井に、1度落胆したものの、そりゃあそんなに上手くいかないよなと、割りと直ぐに切り替えられた。
受け入れたのだろうな、と思う。極客観的に見て、私は、次元を越えた事実を受け入れたのだと思う。

きっと驚く事が、これからも、ままあるだろう。恐怖する事もあるだろう。
昨日と違うのは、心構えだけ。
けれど心構えが違えば、世界はまるで違って見えた。何かに躓いても、きっと何に躓いたか、私は確認するだろう。それが小さいか大きいか、確かめるだろう。
そして上手く切り替えられる。今朝目覚めてそうだったように。


「おはようございます」

「おはよう、ございます……………?」


今日も研究部に行ったらいいのかな、そう思って身支度を整えていると、インターホンが鳴った。ドアの丸窓から覗くと、紺色の服を着た見知らぬ男性が立っていた。
怖々ドアを開けて、勿論チェーンは掛けたまま、はい? と返事をすると、隙間から顔を覗かせた男性が挨拶してきた。ので、私も返したのだが、え、誰?


「本日は、セブンの皆さまと登校なさって下さい。下に車をご用意してあります。予定は7時30分となっておりますが、出発は全員が揃ってからになりますので、遅くならぬよう、なるべく規定時間内にお願いします。尚、校舎に着かれましても、セブンの皆さまと共に行動なさって下さい」


口を僅かに開けたまま、ポカンとする内に、それだけの量を言ってのけた男性は、最後に、では自分はこれで失礼します、と敬礼して、隙間から消えた。


「………………え?」


首を傾げた。

何だ? 今のは? 何だったんだ?
沢山の疑問符が浮かび、けれど中身は全部同じ。
7時30分、と言っていた。振り返る。リビングにある時計は見えない。ぼんやりと少し前に見た盤面を頭に思い起こす。短針は7を過ぎていた。長針は……――


「あ、あと10分しかないじゃないの!」


何が何だか解らない。セブンが何かも知らない。ただ7時30分に、行かなきゃならないというのだけは、残っていて、とにかく、えー、わ、わ、10分もない! まだ化粧途中なのに、わぁっ、私眉毛片方しか書いてなかった! 見られた! 変な顔見られた!


「てか何処に、あっ、上着上着、あたぁ!」


どたばたと慌ただしく上着を羽織り、手の甲を壁にぶつけた。靴もまともに履いていない状態で、勢い良く部屋を飛び出る。

ガンッ! と。

開け放ったドアが、鳴った。


「へっ」


ゆるり、ドアが押し戻される。その向こうに、人が、立っていた。


「ひっ!?」


目立つ、金髪。短めの眉尻に、キラリと銀のピアスが光っていた。
片腕を胸の前に、肘を曲げて水平に、何かを防ぐようにした、驚いた顔の、結島さん、だった。
思わず小さな悲鳴を上げてしまった。慌てて口を押さえる。


「…………あ………あー……と、その、」

「………………………」


目が泳ぐ。どうしよう。何とか声を出したものの、続く言葉が見つからない。ゆるゆると手を下ろして、手持ちぶさたに両手を揉む。
チラチラ見える彼の顔が、不機嫌そうに歪んでいて、余計萎縮する。腕は下げられていたが、あれは多分、私の開けたドアを防いだんだ。ヤバい。怒らせた。


「…………………」

「あ、えっ、ちょっ、」


くるり、と背を向けられて、慌てる。行っちゃう、まだ、待って、まだ私、


「ごっ、ごめんなさい!」


結島さんは、止まらなかった。けれど、片手を上げた。ヒョイと。それが、いいよ、って、言ってくれたみたいだった。


「………あれ?」


後ろ姿が遠くなって行くのを、勝手ながらにほっとした私は、暫く見つめていて、ふと首を傾けた。
結島さん、こっちに向かって歩いてたんじゃないのかな。エレベーターは、今結島さんが歩いて行く先にある。最初彼が向いていた方向には、部屋しかない。私の部屋より奥、戸上さんの部屋や、向かいの部屋。住んでいる人は知らないが。更に奥に2部屋ある。
何処かに行こうとしたんじゃ…………ってああ!


「っ、いけな、遅刻!」


結島さんを見送っている場合じゃなかった。ばたばたと廊下を駆ける。
ああもう、エレベーター来ない。って結島が乗ってったんだから当たり前なんだけど、もう1つのエレベーターは9階で止まっていて、全然動かない。
確か此処は10階建てで、上に何があるのか聞いていないけど、部屋があるのだろうか。何でもいい。何でもいいから早くして。

結局、9階のエレベーターは動かず、結島さんが降りて、折り返して来た方に乗り込んだ。


「あっおはようございます!」

「おはようございます」


フロントで西山さんに慌ただしく挨拶。自動ドアを潜る前から、黒塗りの車が見えた。その脇に立つ、先程の紺色服の人も。あ、帽子被ってる。てか、うわ、車、あれリムジンじゃないか。


「すっ、すみません!」


フロントの時計で見た。少しだけ、言われた時刻を過ぎていた。
頭を下げたら、肩から鞄がずり落ちた。


「…………………」


ガチャ、とドアが開く音。頭を上げる。紺色服の人が、無言のまま車のドアを開けていた。
乗れと、そういう事だろうけど………な、何で喋らないんだろこの人。


「し、失礼します」


初リムジン。無駄に緊張しながら、そろりと足を乗せる。と言うかどうしてリムジンなの。何処連れてかれんの。セブンて何なの。暗号みたいに言わないで欲しかった。今かなりビビってる。


「あ、あれ?」


で、手に汗掻いて乗り込んだ車内で、最初に、パ、と目が合ったのが。


「………………………」


結島さんだった。
その目は直ぐに逸らされてしまったけれど、彼が此処に居た事で、妙にほっとした自分がいる。でも何で結島さんが………あ、うそ、永岡さんも居る。


「お、はようございます」

「………………………」


わあ、空気おもーい。
身を屈めたまま、頭を下げたが、返事どころか双方窓を見た目を向けようともしない。
私は、まさかこの空間に、座らなければならないのだろうか。勘弁してくれ。


「……………閉めますが、よろしいでしょうか」

「あっ、はい、すみません」


中途半端に乗り込んだので、紺色服の人に言われて慌てて身体全部を車内へ入り、ポスン、とすぐそこに腰を落とした、ものの、落ち着かない。
何故よりによって結島さんと永岡さん。見た目からして逆を行く2人。そして私。
こ、これはキツい………!


「………………………」


車内は終始無言。息苦しい。無駄に広いのに息苦しい。私のはす向かいに結島さん。私から離れた右隣に永岡さん。とてもじゃないが、声を掛けられる雰囲気ではない。怖くて視線さえ向けられない。だって万が一見でもしたら何見てんだとか言われそう。
耐えている私はもう何処だろうといいから早く着いて欲しいのに、車は依然として動かない。到着どころか発車もまだしてない。30分なんてとっくに過ぎたのに。


「…………………………」


助けて。早くも限界近い。
此処は勇気を振り絞って、何か言うべきか。じゃないとずっと延々このままな気がする。ひい、それは嫌だ。考えるだけでぞっとする。
よ、よし、頑張ってみよう私。頑張ろう私。ええと、セブンって何ですか。うん、よし、これでいこう。
ぎゅうと拳を握る。
息を吸い込む。


「……――セ、」


顔を上げた時だった。
言葉を紡ごうとした矢先、すぐ傍のドアが、ガチャリと開いた。


「でゅっ!」


おかげで変な声が出るわ、肩が跳ねて変なポーズを取る羽目になるわ、もう私は間抜け通り越して、阿呆みたいだったと思う。
けれど。


「あれ」


開いたドアの先で此方を覗くその人に、私は至極ポカンとする以外、何にも出来なかった。
パチ、と瞬きした、長い睫毛。蜂蜜色のふわふわした髪。栗色の瞳。柔らかそうな唇。
咄嗟に頭に浮かんだのは、天使という言葉。
天使みたいに、可愛い。


「誰?」


きょとんと訊かれて、はっとする。誰、そう訊きたいのは私もだが、咄嗟に言葉が出てこない。
オロオロするばかりで、えとか、あとか、意味のない声が漏れて。


「まあ、誰でもいいから、詰めてくれない? 僕乗れないんだけど」

「え、わ、えっ、ちょっ!」


天使みたいな顔なその子が、強引に身体を捻入れてきて、私はその子の身体によって、奥へと押し込まれた。
バタン、と扉を閉めたその子に、唖然とする。


「おはよ」

「よう」

「ああ」


そして、車内はまた沈黙へ。
私はほったらかし。いや、あの、誰なんですかこの子。


「…………………………」

「…………………………」


い、痛い。視線が痛い。
何で、見詰められているんでしょうか私は………!


「…………………………」


そっと目だけを向ける。
くりくりした大きな目とかち合う。にこり、笑顔を向けられた。どきり、あまりの可愛さに心臓が跳ねた。
も、もしかして、友好的、だったり、する?


「あ、の………」

「うん」


ニコニコ。笑うと本当に天使みたいだ。


「ど、どちら様でしょうか」

「人に名前を訊くなら、自分から名乗るのが筋じゃない?」


ニコニコ。その子は笑う。
え。と私は一瞬思考が停止した。

今の、え、今のこの子が言った………?


「あ、と、す、すみません。ええと、私、高垣彩と言います」


いやでも、確かにちょっと失礼だったかも、と名乗ってみたが、よく考えれば、最初に、誰と訊いてきたのはそっちだったじゃないか。言ってる事が矛盾してる。
それでも私は名乗ったのだ。名乗ったのに。


「そう。別に訊いてないけど」


ニコニコ。と。
そして視線を外し、リュックからいそいそヘッドホンを取り出し始め、装着。もう私に見向きもしない。



どうしよう、この子………………



顔に似合わず言うことなすこと全く可愛くない………!



少なからず、ショックだった。





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