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悔しかったのだと、思う。

自分の好きなひとと、仲の良い女なんて、ほんとは嫌なんでしょう?

そんな風に、彼女にも醜いものがあるように、思いたかった。

砂糖菓子みたいな女の子。

彼女は、綺麗に笑うから。

悔しかったのだと、思う。






















部屋に戻ってから、ふらふらとシャワーを浴びて、水をがぶ飲みして、私は今、テレビの前に正座していた。
未だ1度も、電源を入れていない真っ黒な画面に、神妙な顔をした私が写っている。

うん、と1つ頷いてから、スイッチを、押す。
キュウーン、と機械が反応した音がする。
無意識に唾を飲み込んだ時、ぱっと画面に映像が映し出された。短く息を吸い込む。


「あ、これ知ってる、アイドルの、」


画面には、有名アイドルグループの1人が、アナウンサーを務める、ニュース番組が流れている。
確か、11時頃から始まる筈。視線をうろとさせると、カウンターキッチンのカウンター上に、時計を見つけた。
あ、始まったばかりみたい。


「あれ、名前違う」


別にアイドルに興味はないが、知っていて当たり前なぐらい有名どころ。
なのに、テロップには、櫻川洋、とある。違う。微妙に違う。
んん、と目を細める。顔も、ちょっと違う?
だがぱっと見はその人で、別人とするには酷似し過ぎている。限りなく同一に近い、別人? みたいな?
あ、ダメだ頭痛くなってきた。


「ええと、あ、ゴルフの、うわ、名前また違う」


スポーツ報道のコーナーらしい。若いゴルファーの勇姿が映し出されている。
知った顔なのに、やはりほんの少しだけ違う。見た目も、名前も。

だけど私が知りたいのは、こういう事ではない。私の世界と似た、違う世界だと、こんな風に確認したい訳じゃない。
ふっと短く息を吐けば、ふと肌寒いなと感じて、立ち上がる。リビングの入り口脇に掛けられたリモコンを手に、エアコンを起動させた。


「電気代、とか………」


気になるのが所帯染みていて、一人暮らしが長いとこうなるのよね、等とため息を吐きながら、寝室へ向かう。
返そうにも、私にはきっと、何も返せない。金銭も、恩義も、何も。

寝室の真ん中に置かれ、奥の壁に沿うベッドの前を、通り過ぎる。ベランダと反対側、備え付けのクローゼットから、仕舞ったばかりのニットカーディガンを手に取った。


「カーテン、閉めとこ………」


リビングに戻る。
と、耳に飛び込んで来る、アンノウン、の単語。

ギクリと心臓が跳ね、直ぐ脇にあるテレビを、見た。
食い入るように見つめても、横からでは、画面は見え、ない。




本日のアンノウン襲撃情報。

午前5時10分頃、第5区画。被害者10名。死者が出ています。
午後8時50分頃、第5区画。被害者2名。
午後9時30分とみられます、第5区画。被害者3名。此方は、最新情報です。時間はまだ特定に至っておりません。情報が入り次第――




機械的に、読み上げられていく情報。そっと、目を閉じて、息を吐いた。細く、長く。

これが、日常。

午前5時の、死者、の名前を告げている、テレビの前に、移動した。

――午前5時の被害は、特にハンター到着の遅れとみられ、近年問題となっているハンター出動の迅速性について、問われる声が上がっています。

看板アナウンサーとは別の、アナウンサーを職業とした男が、厳しい顔でニュースを読み上げている。
コメンテーターが、全くですね、何の為の機関なんだか、と腕を組み、遺憾という様子で言い放った。


「そんな言い方、しなくてもいいのに………」


相手は化け物だ。実際目にした私には、よく解る。あんなものを前にして、戦おうとする方が、凄いのだ。
凄いのは彼らで、恐ろしいのはアンノウンで、責められるべきは、絶対に彼らじゃないはず、なのに。

――本来なら、社会の不適合者ですよ、ハンターなんて。その力を、今人の為に使わなくて、いつ使うんですか。ねぇ?


ここまでとは。

言葉を失くした。

ここまで酷いとは、正直、思ってなかった。
破壊された家屋、救急車に搬入される人達、黄色いテープの向こうで叫ぶ警官。流れていく映像は、どれも悲惨なものだった。
最後に、グラグラと定まらないカメラが、飛び去るヘリコプターを映した。
リポーターが、叫ぶ。

ハンターです! 今回到着が遅れ、このような被害を出したと言われています! 今、ハンターが飛び去って行きます! 謝罪の1つもなくっ、


プツン、とそこで映像は切れた。真っ黒に戻った画面と、静寂。
テレビに向けていた、リモコンを持った手を、だらんと落とした。

もし………もし。

アンノウンに襲われたその時、助けを求める先があったとして。
私のように、何がなんだか解らないんじゃなく、何も知らない訳じゃなく、助けて、と手を伸ばす先があったとして。

間に合わなかったそれを、恨まずにいられるだろうか。
なんでもっと早く、来てくれなかったんだと、言わずにいられるだろうか。
あんたさえ、早く来てくれたら、こんな事にはならなかったのにと、思わずに。

きっと、いられない。
責めずに、いられない。



「でも、違う」


世界を恨んで、も、


「違う」


失った物は、戻らない。


プル、と頭を振って、顔を上げる。視線は、カーテンのしまった窓。

立ち上がって、生成りのそれを、一気に、開いた。
シャ、と短く鳴った音が止めば、部屋はまた、静かになる。
白い粒の浮かぶ黒の景色。

睨み付けるような目をした私が、窓ガラスに写っていた。


「………ふ、ざけんな。なんで私がこんな目に合わなきゃなんないの。何がアンノウンだ。何がハンターだっ。何が地下学校だ!」


ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんな!

叫んで。息を弾ませる位叫んで。


「ふざけんなああああー!」


私は、世界を恨むのを、


やめた。



「はぁ、はぁ………はぁっ」


やめたやめた。不毛だこんなの。

何処にもぶつけられなかった気持ちは、ただ1人で宛もなく叫び吐き出しただけで、存外すっきり、してしまった。

人の顔色を伺ってばかりの自分は、此処には必要ない。傷付くのが怖かった自分は居ない。傷付いたって、どうせ最初からズタボロなんだ。
嫌われようと、最初から嫌われている。

こういうの、何と言ったか。
………ああそうだ。


「開き、直り」


開いて、直して、見れば。


「すっ、きり、した」


のだから、私も存外、単純らしい。
明日、林さんに謝ろう。
それでもまだ、私には出来る事と出来ない事がある。というのを伝えよう。
そして、お願いするんだ。
私から、此処に置いて下さいと、頭を下げる。
今すぐ帰りたいと願っている癖に、私に課せられたすべき事は、私の許容範囲を遥かに越えていて。無理だ、怖い、出来ない、ばかり。それを林さんや、博士や彼らが悪いんだとすり替えて、理不尽な世界が悪いとすり替えて。
解っていた。林さんも博士も、悪くない。彼らはみんな、私に協力してくれているだけだ。そちら側にもメリットがあるとしても、私に手を貸してくれているのだ。
相変わらず怖いし、またあんなふうにアンノウンの所へ連れて行かれるなんて嫌だけど、行くも行かないも、するもしないも、私次第なのだ。きっと時間がかかる。直ぐに強くなんてなれない。
だからお願いする。
不満を誰かに擦り付けるんじゃなくて、時に逃げながらも、自分で歩くしかない。自分の行動に責任を持つというのは、そういう事だ。
自分から、行動するのは初めてで、それはやはり怖い。自分から、というのは責任逃れ出来ないってことだ。
私の選択1つが、責任を伴う。
1つ1つ、言った言葉の端まで。

怖くて、勇気がなくて、背を向けてしまう事もある。
それでも、いいのなら。

此処に、置いて下さい。

自分から。

その1歩を、踏み出した。



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