26※



照れ臭そうにはにかんで、彼女の名前を口にした。

私はにっこり笑って、心にもない言葉を吐いた。幸い、作り笑顔には自信があった。

「良かったね、――」
















地べたにお尻を付けたまま、大声で指示を出す、ぼんやりと光る背中を眺めていた、が。


「?」


ぶぶぶぶぶ……、と鳴っている羽音が、煩わしくて、何処から、と眉を顰め、周りに視線を這わせた瞬間、それの発信源を、理解した。
否、理解したとは、ちょっと違うかもしれない。薄暗い河原で、視界に収まったそれは、形が解るくらいには、近くにあった。
厳密に言えば、羽音は、それからしている訳ではない。不揃いな石ころ達の上で、無造作に転がっているそれは、ピクリとも動いていない。動いていない、けれど。


「なに、あれ…………」


人の頭程の、それは、黒々として、表面は艶やかな光沢を纏っていた。まるで、丸めた雑誌で叩き付けられたように、グシャリとひしゃげていて、原型を留めていない。
叩かれたのが雑誌、という連想を抱かせたのは、それが、虫のようだったからだ。千切れた黒の残骸は、どう見ても、羽。
透明な、黒い筋の模様が入ったその残骸も、やはり遠い街並みからの光を、反射していた。
潰れた腹からは、何かが、飛び出している。


「うっ」


あまりに、グロテスク。
目を背けて、口元を押さえた。暗くて助かった、あれを明かるい所で見て、吐かないでいられる自信がない。
これがアンノウンだろうと嫌でも解ったが、解ったからといって何の足しにもならない。寧ろ、自分の身が物凄い危険に晒されていると、今更、自覚した。
羽音は、幾つも、まだ鳴り続けている。


「何匹逃げた!」

「んなのっ、一々数えてないっつーの!」


気持ち悪い、とは感じるが、それ以上に、今この場から、直ぐに逃げ出したい。
乱暴な会話の後、ドボン、と大きな音がして、肩を震わせる。水飛沫が落ちていくのを、見た。
更に今度は、全く反対方向から、甲高いブレーキ音。
と、何かがクラッシュする音。夜の街に、ガシャーンと響く騒音は、余りにも際立った。


「くそ、面倒な事になりやがった。おい! 俺があっちを片付けてくる間に、終わらせとけ!」

「努力はしまーす」


ここからは、高い土手に阻まれて見えないが、向こう側が、俄に騒がしくなった。
それに、街灯で僅かに解る。

煙が、上がっている。


「や、やだ」


狼狽してさまよった視線は、少し離れた場所にあった、背中へ行き着いた。
けれど、行き着いた瞬間、ぼやりと光る、その背中は、消えてしまった。彼がそこに居た証拠とでも言うように、そこに光の残像を残して。

消え、た。
あれは永岡さん、だ。
テレポート、した、のか。


「……………耳が」


痛く、ない?

怯える精神とは別に、ぷかり、と不意に浮かんだ。胸はざわめいていて、殆ど思考を持っていかれていたけれど、それでも。

何で、どういう事だ?

素早く視線を走らせる。


「光って、る、のに………」


八草さんは、自然の原理を無視して、空を舞っている。戸上さんだって、光って、あれ、何でだって、戸上さんの能力って、遠くの物を見る時に、いやこの際、それは置いておいて、とにかく、耳鳴りがしてない。何故急に、だってさっきまで、一体いつから………いつから?


…………羽音。


私、羽音に、気が付いた。
一瞬意識が飛んで、永岡さんの声で、戻ってきて、その前は、羽音が聞こえないくらい、耳鳴りがしていた。いやでも、何故、が解決しない。原因は何だ。
考える事がありすぎて、パンクしそう。と言うか、考えたところで、私に解りようがない。ゆっくり考える暇も、なかったけれど。


「っきゃあ!」


私の直ぐ横の河で、飛沫が上がる。吃驚して、吃驚したと思う隙もなく、土手の向こうで、私の悲鳴と呼応するように、悲鳴が上がった。


「なに、やだ、なに」


自分の声が、震えている。遠くで悲鳴が、重なり合っている。
土手の向こうが、紅い。


「飛鳥!」

「だいじょぶ、今いっちゃんが――――!」


耳を塞ぐ。
目を塞ぐ。

いやだ、知りたくない。
まだ、混乱している方がいい。
何がなんだか、解らない方がいい。
今は、今は、
過ぎ去るのを、待つ、のが、自分を守る方法、だから。


「―――――――!」


そんなに一気に、知ったって、私には、受け止められないから。
そんなに、強くない。

私、そんなに、強くない。


――人のせいにするやつが、


「っ、」


世界を恨む。

のは。

間違っていますか。





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