21


小さな頃は、手を繋ぐのに何も感じなかったのに、いつの間にか私の背を越えた君と手を繋ぐのは、とても照れくさかった。

今までとあまり変わり無い付き合いではあったが、初めて君とキスをした時、私は全身で君が好きなんだと思い知った。

震えるくらい、泣きたいくらい、君が大好きだと。












けたたましいサイレンに、私も店員も驚いた。
だが、動揺し続けたのは私だけで、店員は直ぐに私に意識を戻したようだった。


「な、なに……?」

「キミさぁ、能力持ち? これレベルEでしょ? 行くの?」

「は?」


え、何、何言ってんのこの人。
オタオタと彷徨わせていた視線を店員に固定し、疑問を全面に押し出す。
私の訝しむ視線に対して、店員までも、ん? と眉を寄せた。


「キミ、寮の子、じゃないの?」

「………えっと、」


さっきまでの、裏に下心の潜む声や表情だったなら、私は答えなかっただろう。
だけど彼は純粋に、不思議に思って口にした、そういった風だった。
いや、不思議、とは違うかもしれない。不審、と言った方がしっくりくる。
何かを、疑われている。


「寮、には、昨日から………」

「昨日? じゃーなに、覚醒したばっか?」

「…………………」


『覚醒』
言葉の意味そのまま、なわけはない。
口を開けば、ややこしい事になる気がして、私は何も言えなくなってしまった。
追撃、とばかりに店員が続ける。


「………何の能力? サイコキネシス? テレキネシス?」


畳み掛けるように告げられた言葉は、凄く唐突に、具体的な内容に変わった。
サイコキネシス、解る。
テレキネシス、辛うじてだが聞いた事がある。
どちらも念力の類いだったと思うが、残念ながら私にその違いまでは解らない。
何か違うんだろうか。


「寮に入ったくらいなんだから、相当強力なんだろ? なぁ、何の能力だよ?」


口を噤ぐんだ私に、店員は迫る。
迫る店員に、私はヒヤリとした汗を滲ませる。
腕を掴まれたままだった事が、今更大きな不安となって押し寄せた。
ど、どうしよう。
博士の言葉が過る。

――彼らはノーマルに敏感よ。知られないようにしてね。

彼らは自分達を差別する人間を、差別する。


「サ、サイコキネシス………」


小さく言って、そんな言葉が自分の口から飛び出す事に違和感を覚えた。
私の日常に、こんな言葉はない。
日々の会話の中で、まず使われない。
本気で言っている人が居たら、電波だと変人扱いされるか、病院を紹介されるかだろう。

だけど此処ではこれが、常識。
これが、当たり前。


「ふーん………?」


気付けば全身をじっとりとした汗が覆っていた。
店員の視線から逃れたくて、もういいでしょうお金返して下さい、と口にした。


「オレも、念力使いなんだよね」


店員は言いながら足元から硬貨を拾い上げる。
返してくれるものだと思った。


「大した力じゃないけど、キミは寮入りするくらいだから、さぞや強い力なんだろうね?」


だが店員は、ニヤリと笑みを浮かべると、私を掴む手に一層力を込めた。
痛みを感じても腕は動かず、それでも腰を引いて逃れようとした。


「見せてよ」

「は、離して」


来るんじゃなかった。
コンビニには、良くない思いばかりさせられている。
コンビニ恐怖症になりそうだ。


「見せてみろって」


何を。
って超能力か。
無理です。


「離して!」

「嘘なんだろ」

「!」

「嘘なんだろ? 昨日から寮に入っただ? んな嘘、堂々とよく吐けたな。あんた何処の回しモンだ?」

「ちが、嘘なんて」


確かに嘘を吐いた。だけど嘘は、1つだ。
寮に居る事は本当だし、昨日からお世話になっているのも本当だ。
能力者じゃないけれど、本当に、私は、


「なら見せてみろって言ってんだよ! 見せられねぇんだろ!? このノーマルが!」

「っ!」

「何処のスパイだか知んねぇが、此処じゃあんたを殺したって、褒められはしても、誰も咎めねぇ」


回し者? スパイ? 一体何の話をしているんだこの人は。だが訳が解らない中、解ること。
足が震える。
『殺す』
軽口ではない響きに、戦慄と悪寒が駆け抜ける。
物騒な言葉は本物で、鳴り続けるサイレンと同じだけ、私の心が鳴り響く。
剥き出しの敵意が、こんなにも恐ろしいものだと初めて知った。

一気に汗が吹き出して、呼吸もままならない。


「………お取り込み中?」


その異様にピンと張り詰めたコンビニの中の空気を、呑気な声が遮るまでは、私は確かに全身で緊張を張り巡らせていた。

彼が入ってきた時に鳴ったであろう電子音は、サイレンに消されたのかもしれない。
あるいは私が目の前の男に集中し過ぎて聞き漏らしただけなのか。いやそれは最早どうだっていい。

ともかく、彼は、空気を変えたのだ。

そこに居て、のんびり声を発しただけで。


「と、戸上飛鳥………!」


目を丸くして彼を見ていると、店員の声が聞こえた。
と同時に腕を掴む手が僅かに緩んだが、私も私でそれに気付かなかった。
戸上飛鳥は小さく首を傾げ、瞬く。


「ええと、ごめん、誰だっけ?」

「っ、いや、その………ははは」


呆気に取られた、と言う表現が最も近いだろう。突然知った顔が現れて、その彼は腕を掴まれ立ち尽くす私を見ても、何の感情も持ってはいなかった。
ただ、そこに居て。
何事も無いかのようにうっすらと笑みを浮かべている。兎に角無駄に存在感はあるけれど。
何故か誤魔化し笑いをした店員の手が離れ、漸く我に返った時に、この状態で普段通りに対応する彼を見て、ポカンとしてしまっていた事に気が付いたくらい、呆気に取られた、のだ。


「あ……」

「お、お買い物っすかー?」

「ううん、探し物」

「探し物? 売りもんじゃないんすか?」

「正しくは探し人。彩ちゃん、迎えに来たんだけどー、もし逢引き中なら退散するよー?」

「え」
「ええ!」


声を上げたのは、私と店員、同時だった。
彼は、何を言い出すのか。逢引きだなんて、何処をどう見ていれば出て来るんだ。私に知り合いなんて、貴方達以外に居ないと言うのに、何故コンビニの店員と逢引きする羽目になるんだ。この人頭おかしいんじゃないの。


「しっ、知り合いなんすか!?」

「ん? うん、朝を共にした仲ー」

「ええ!?」

「とっ、戸上さん!」


本当に、何を言い出すんだこの人は!
店員は目を驚愕に見開き、私と戸上飛鳥を交互に見やり、焦った様子で後退り。
非難を乗せて名前を呼んだのに、戸上飛鳥は悪気なく笑っている。
大体私を探しに来たなら、何故のんびり構えていたんだ。それと、あまり考えたくないが何の用だ。


「ち、違います! 私は買い物に来ただけで! 朝も偶々会っただけで!」


もう何に対して言い募っているのやら。


「そうなの? じゃあ一緒に来てくれない? アンノウンが現れたから、花ちゃんが呼んでんだー」

「はっ、そっ、アンノウンが!? なんでそれを早く言わないんですか!」

「えー? だって人の恋路を邪魔するやつは煮て焼いて食えって言うじゃん?」

「言いませんよ!?」


それを言うなら馬に蹴られて死んじまえだ。
「あれ、はりつけの刑に処するだっけ」と首を捻る戸上飛鳥が続けた時には、ガクリと肩を落として項垂れた。それも全然違いますけど。


「研究部に行けばいいんですか」

「あ、そうそう。花ちゃんて人使い荒いよねー」


こんな下らないやり取りをしている場合ではない。戸上飛鳥の呑気なペースに付き合っていられるかと、私は自動ドアに向かって駆け出した。


「あー待ってよー」


店員の事はもう頭になくて、後を追って来た戸上飛鳥に苛立つのも駆ける足への力と変えた。だが走る途中、どっちへ行ったらいいかとか、どういう方法で向かったらいいのかとか解らない事に気が付いた。
勢い良く振り向き、戸上飛鳥へと言葉を投げる。多少乱暴な声になってしまったのは苛立ちを抑えられなかったからだ。


「どうやって行けばいいんですか!?」

「なに怒ってんの? あ、やっぱ邪魔されたから――」
「違うって言ってるじゃないですか! あの状況でどうやったらそんな風に見えるんですか!」

「あっそ。ま、どっちでもいーけどー」


私を探しに来た、とは言ったけれど、助ける気は微塵もなかったのだと、私はこの時思い知った。
にこにこと口元は朗らかに、常に弧を描いている。綺麗な二重は男の子にしては大きく、その瞳も常に緩んでいて、愛嬌が服を着て歩いているような人だ。

ずっと、にこにこ、にこにこ。
私が怒っているのを見ても、明らかに異様な雰囲気だったコンビニでの現場に居ても、笑っていた。

怖い、なんて変だろうか。
笑顔が怖いなんて、私がおかしいのだろうか。

けれど、笑う戸上飛鳥には、楽の感情以外がないのではないかと思ったら、快適に温度調整されたこの『地下学校』で、寒さを感じた。

ゾクリ、とした。


彼はきっと私を、

侮蔑している。



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