20


君を好きだと、気が付いた中学校生活最後の日。

幼なじみの関係が変化したのは、高校1年目の夏休み。

どちらからともなく、ってやつだった。














門を出て右に折れる。
ガードレールの内側、歩道を歩きながら、道路を挟んだ向かい側を眺めた。
街路樹と街灯が、交互にぽつぽつ続く。
その向こうは、灰色の塀が視界を遮っていた。
塀と塀に挟まれた道は人気がなくて、街灯が頼りなく感じる。


「あ………」


灰色の塀が途中途切れている箇所で、信号の無い横断歩道を渡る。
少し離れた場所で暗がりの中明々と輝くそれは、まるでそこだけ違う空間のようだ。
例えば田んぼしかない畦道に、突然1つ、コンビニがぽつりとあったとしたら、酷く奇妙な感じを受けると思う。
そういった不思議な光景だった。

それでも私にとったら、その目に眩しい灯りは、とても安堵をもたらす物だ。
ホッと小さく息を吐いた。


「……………いけだ、や?」


赤を基調とした店構え。
表に出ている看板には、赤と白の帯の間にローマ字で、ロゴのようなものが入っていた。
店の名前だろう。
そっと中を伺ってみる。

と、カウンターが見え、椅子に座っている制服姿の店員を見止めた。
雑誌を読んでいる横顔は、なんとなく退屈そうに見える。
そしてそれを外からこそこそ伺う私は、他人からどう見える事やら。

うう、たかがコンビニに入るだけなのに何をしているんだろう。

そう思っても中々足は動いてくれない。
だけどいつまでもこうしている訳にはいかなくて。


「……………よし」


そして、たかがコンビニに入るだけに、人生の重大決心したかのように意気込み、足を1歩踏み出す。
自動ドアが開く。
何処かで聞いたメロディが鳴る。
店員が顔を上げた。
一瞥しただけで「いらっしゃいませー」と適当に言いながら、又雑誌を読み出した。


「…………………」


なんと言えばいいか。

一気に肩から力が抜け、用も無いのに雑誌コーナーに立った。

別になんて事ない、ただのコンビニじゃないか。
拍子抜けもいいとこで、そう思ったと同時に私は何を期待していたのかと馬鹿らしくなる。

警戒ばかりしていたら、疲れてしまうのは当たり前だ。
息を吐きながらお弁当コーナーに移動する。
ここまで来るのに緊張し過ぎて、食欲が失せているのに気が付いて、おにぎりと明日の朝食用のサンドイッチを手に取った。

カウンターに向かうと若い男の店員が再び「いらっしゃいませー」と気だるい声と共にバーコードを読み込み始める。
オレンジに染めた髪と、ピアスが近寄り難い雰囲気を醸し出している。
積極的に知り合いたくないタイプだ。
私は少し俯く。


「335円になりまーす」


100玉4枚を出す、が。


「……………?」


カウンターに置かれた小銭が動く気配がない。
それと、前方からは固定された視線を感じる。

目を合わせるのが嫌で下げていた顔を仕方なく上げた。
思った通り、店員は私を見つめていた。


「え、と?」


値段を聞き間違えただろうか。
僅かに口を開けた店員はしげしげと此方を眺め、不安になった私は戸惑いの声を上げた。

あ、と声に出さない表情をした店員は突然ヘラヘラと愛想を振りまく。


「いやぁ、すいませんー。キミがあんまり可愛いからビックリしちゃってー」

「は、はぁ………」


急に饒舌になった店員にたじろぐ。お世辞はいいから会計を早くしてほしい。


「寮に住んでんの? あ、名前教えてよ、名前」

「は?」


しかし尚も店員は話し続け、小銭に手を伸ばす気配はない。
客に気安く話し掛けてもいいのだろうか、このコンビニは。


「名前だよ名前!」

「い、いや……あの、私急いでるんで」

「いいじゃん名前ぐらい」


何だろうこの軽いノリは。
顔を近づけてきた店員に1歩後退りする。


「ほ、本当に急いでるんで」

「ああ? んだよケチくせぇな。名前ぐらい減るもんじゃねぇだろ」


あ、ヤバい。
店員の声に苛立ちが含まれてきている。
しかし、彼と私は気軽に名前を教える仲では決してない。
仕方ない、ご飯は諦めよう。


「あっ、待てよ!」


ああ、借りているお金が無駄に………!
そそくさと店を出ようとして、置いたままの400円を思い出す。
自動ドアの前でピタリと止まった私をどう思ったのか、振り返って見た店員はカウンターに身を乗り出した状態で、ニヤリと嫌な笑いを漏らした。
寒気がする。


「っ、お、お金」

「え? ああ、これ?」


逃げ出したい衝動を抑え、ソロソロと店員に近付く。
私の言葉に反応した店員は、素早く小銭を自身の手に握り込んだ。
少し距離を置いたまま、眉を寄せて相手を見ると、ニヤニヤと厭らしい笑みで言った。


「返して欲しかったら、名前と電話番号、教えてよ」


と。


「…………………」


増えてんじゃん。
どさくさ紛れに、電話番号まで追加され、正直辟易した。
これでよく雇って貰えているものだ。
店員は怖いが、私にもふざけるなという気持ちだってある。


「それ、借り物なんです。会計しないなら返して下さい」


丁寧に言ってみる。


「だからー、電話番号教えてくれたら返すってー」


無駄だった。


「ナンパなら余所でやって下さい」


強気に出てみる。


「はぁー? あんたさっきからさぁ、何その態度」


逆効果だった。


「もう会計はいいから、返して下さい。窃盗罪ですよ」

「んだとこら」


舌打ちしたかと思えば、店員はカウンターを乗り越えた。
一気に背筋が凍る。


「ちょっと可愛いからって調子乗ってんなよ」

「っ!」


小銭を投げ付けられて、顔を反らし目を瞑るが、1つが頭に当たった為に痛みが走る。
チャリンチャリンと軽やかな音で床に散らばった硬貨は、その音の割りには結構な凶器だ。


「な、にするんですか!」

「うるっせぇな。返してやったんじゃねーか。拾えよ」

「っ…………」


ズキズキと痛む側頭部を押さえ、店員を睨み付けたが、彼は不遜な態度で床を顎で示した。
屈辱的なそれに歯噛みしながら、私は四方にばらけた硬貨を拾う為に屈む。
最後の1枚、店員の足元に転がるそれに、一瞬躊躇いながらも、手を伸ばした。


「あっ」


突如、視界から100円玉が消える。
代わりにそこには、店員の薄汚れたスニーカー。
いくらなんでもこれはない。

キッと音がしそうな程、店員を睨み上げる。


「どういうつもりですか。足を退けて下さい」


最近、こんなに怒った事があっただろうか。
普段なら近付きもしない柄の悪い相手だとしても、私が怯む事はなかった。
声が震える程、全身が怒りに支配されていた。


「むっかつく女ー」

「きゃっ!?」


反抗的な態度が余程彼を煽ったらしい。
腕を掴まれ、無理矢理立たされた。
いくら許せない相手でも、男と女の力の差は埋められない。
振りほどこうと藻掻いたところで腕を締める力が増しただけだった。
だからといって大人しくされるがままになる訳にもいかず、出来うる限りの力で暴れる。


「っ、いた………離して!」

「あ、ばれんな!」


店員が手を振り上げる。
駆け抜ける恐怖感。
目を強く瞑って、そして。


「!?」


大きなサイレン音が、
鳴り響いた。



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