19
家が近所。 高校まで同じ。 大学は離れてしまったけど、今となっては別で良かった。 毎日顔を見るのはツライ。
所謂私と君は、 『幼なじみ』
一通りの話を終えて、アンノウンが現れる時に次元に穴が空き、その穴が私の世界に繋がっているのでは無いかと博士が予測を立てた。 これを調べるには、どうしてもアンノウンが現れる瞬間に居合わせなければならないという条件がある。 『探査機』と言う物を利用して、アンノウンから発生する独特の電磁波のような波を捉え、アンノウン駆除にハンターが向かう仕組みになっていて、これだとどんなに急いでもアンノウンが現れた瞬間に間に合うか微妙らしい。
対策を考える、博士はそう言ってくれたが、彼女の顔は苦渋を顕にしていた。
そして、唯島さん達がわざわざ此処に来た理由。
「学校に………?」
「学校って言っても軍部のね。彩ちゃんが寮に居る限り、通わないのは不自然なのよ」
だそうで。
博士いわく、ハンターが通う専門学校みたいなもん、らしい。 唯島さん達は皆そこに通っていて、只今一人前のハンター目指して訓練中。 ………一人前のハンターって何だろう。自分で考えておいて自分で疑問だ。 ともかく、皆さんが通う学校に私も通わなくてはならないなら、顔見知りの彼らにきちんと挨拶させようと林さんが寄越した、と言うのが彼らが来た理由。 今後問題が起こった時に必然、彼らに頼る事になるんだ。 つい、ため息が出た。気が重い。
「学校か………」
今朝のアレは本当に偶々、偶然会ってしまっただけなのだ。 既に顔合わせを済ませたなんて林さんは知らないだろうし、事前にお互い相手を把握させようとしたのだと思う。 現に永岡樹の顔は初めて見た。
「でも、博士。ハンターばかりなのに私が入ったらすぐバレるんじゃないですか?」
私には超能力など無い。 そういった学校なら、能力を使った実技とかするのではなかろうか。 そんなの私には無理だ。 不安を胸に一杯抱えながら、博士を見つめる。
「そんなやたらめったら能力使ったりしないのよ?」
私の不安を見透かすように、博士が穏やかに目元を和らげる。 こうしていると、先程の横柄な態度が嘘のようだ。
「大学に通えない彼らの為に、講義も沢山あるの。選択制だから彩ちゃんは講義を主に受けたらどう?」
そっか、ハンターは一般の大学には通えないんだ。 ここでも如何にハンターが地上で住みにくいかが伺える。 じゃあハンターの学校って言っても大学とそんなに変わらないのかな。
「彩ちゃんは元々大学生なんでしょ?」
「はい。それなら、何とかなりそうです」
大学と同じように勉強出来るのは有り難い。 あちらに戻った時に勉強についていけないのは困る。
ホッと胸を撫で下ろしたと同時にふと思う。
「あ、でも訓練中なのに、もうハンターとして活動してるんですか?」
アンノウンを倒したのは、戸上さんと八草さんだ。 素直に疑問を口にすると、博士は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「この子達は特別なのよ」
「特別………」
「同世代でずば抜けて、能力が高いの。飛び級して今3年と同じカリキュラムを組んでいるから、実戦にも出られるのよ」
「出られるって、無理矢理借り出されてるんじゃ……」
「飛鳥は懲りないわねぇ」
「……………!」
博士の眼鏡がキラリと光る。 戸上さんは青い顔で首を横にブンブン振って、口を押さえて後退りした。 それを八草さんが鼻で笑っている。
「林が色々手を回してる筈だから大丈夫だと思うけど、ノーマルだと気付かれないようにね。彼らは能力無しに敏感よ」
「は、はい」
「ごめんね、脅したい訳じゃないんだけど、彼らはノーマルって言葉自体を差別して使うから………何かあったら直ぐにこの子達に言うのよ?」
「あ、解りました………あの、宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げる。 下げながら、実は唯島さん達には近づかないでおこうと思っていた。 あまり、深く関わりたくない。 きっとそれは彼らも同じ。
私のような厄介事を、好き好んで受け入れる筈ない。 永岡さんは、そういう意味で「期待するな」と言ったに違いないのだろう。
ばれないように、ひっそりと、目立たずに過ごす。 そうしたらいい。そうしよう。
うん、と意気込んで、顔を上げた時、目の前の博士はにこやかに言った。
「まあ彩ちゃんも特別クラス、この子達と同じSクラスになるから大丈夫よね」
Sクラスって何、いやそんな事どうでもいい。
「……………はい?」
ちょっと待て。待て待て待て。 何それ!?
「この子達と一緒に居たら、まあまず問題無いわ。誰も寄って来ないから」
え、私の密かな決意の意味は? 何でそんな事に?
「…………………」
「博士、聞いてネーよコイツ」
部屋の周りを固められ。
よく解らない学校に通わされてそこでも一緒。
嫌でも毎日毎日顔を合わせて。
こんなおかしな人達と。
「なに、え? 何これ?」
「明日から行くよう手続きとってあるから」
「ダカラ、聞いてネーって博士」
ま、待て、落ち着いて、整理しよう。 大学のようなものだと、さっき私は自分で納得した。 つまりその特別クラスとか言う訳の解らないクラスだったとしても、それは多分、最初に選ぶ学部とか、基礎になるもの。 つまり自分の進路に従って経済学部だとか、法学部だとかを選択し、その上で所得講義を選べば良いワケだ。 だったらハンターの学校と言うだけあって、基盤はハンターの授業な筈。 私はハンターの授業なんて受けないんだから、彼らと顔を合わせる事も少なくなる、筈。
で、あってる?
「情報が少な過ぎる………!」
これは憶測と言う名の希望だ。 私の切なる願いが導き出した答えでしかない。 私の世界では考えられない特別な学校のシステムなど、いくら想像を働かせても限界というものがある。
「ちょっと待って下さい博士! わた、私実技出来ないし、博士講義だけ受けたらいいって」
「講義だけとは言ってないけど」
しれっと言い放つ博士に絶句する。確かに、講義だけとは言わなかった、けど………。
「花ちゃん、あんまり虐めると泣いちゃうよー?」
「虐めてなんかないわよ。失礼ね」
確かに、言ったけど、そんなのって無いじゃない!
言葉の割に嫌な笑いを浮かべる戸上さんと、優しいふりして実はサディストな博士の会話が目の前を通り過ぎる。
なんだ、碌でもない人しか居ないんじゃないか、此処は。 泣く? 冗談じゃない。 カアッと耳が熱くなり、私は睨むように博士を見た。
「だって、実戦に、出るんでしょう? 博士そう言いましたよね?」
「ええ」
「私に実戦なんて無理に決まってるじゃないですか!」
つい声を荒げた私に、博士は口元の笑みを深くした。
「彩ちゃんには現場に行ってもらわなきゃならない理由があるじゃない」
声は出ず、口の形を『え』にしただけで、私は眉を寄せて博士を伺う。
理由、なんて無い。
「アンノウンが現れる瞬間と、別次元の貴女」
目付きが険しい私に見られても、博士は笑みを崩さなかった。
「2つが揃った時の効果を、あたしは期待してるの」
子供のような笑顔だった。
明日の遠足が楽しみだと瞳を輝かせる子供のような。
「上手く行けば、彩ちゃんも帰れるかもしれないわ」
帰れる。 それは私にとって願ってもない事であるのに、隠せない喜びを至るところから発散する博士は、目的は他にあると言っているようなもので。
「ま、毎回、ですか?」
「勿論! その方が帰れる可能性も高くなるわよ!」
素直に喜べなかった。
「この書類読んで、サインしてくれる? 学校の手続きに必要なの」
「は、はぁ………」
「ふふ、これで次元の繋がりの謎に1歩近付けるわ………」
渡された書類に目を落とし、耳は博士の呟きを拾った。 やっぱり、そんな事だろうと思ったよ。 誰だって自分に得がなきゃ動かないよね。
段々投げやりになって、私は学校の注意事項とか何やらが書いてあった書類を、途中からもう流し読みして、さっさとサインをした。
自分ではどうにも出来ない事ってあるんだな。 帰りたいと気ばかり急いて、実際何をしたらいいのかも解らない。
唯島さん達が退室し、学校の案内などを読み終えた頃、時計は正午近くを示していた。
それから博士に地下の街でお昼を奢って貰った。 金銭については、私の持っている紙幣を使うのは何の影響が出るか解らない為断念。 今のところ収入の余地は皆無で、環境に慣れるまでは貸しにしてもらった。 バイトとか、果たして出来るのか甚だ疑問だが、貸しがある以上そうも言ってられないだろう。
この日は、その後買って貰った荷物の整理に追われて、気付けば夜も9時。
「お腹空いたな………」
寮の売店も閉まってしまった。 仕方なく、私は近くのコンビニに出る事にした。
レストラン、コンビニ、ブティック、スーパー等々。 此処は本当に普通の街と変わらない。 働いている人達はハンターでは無いらしいが、その家族やら、親戚やら、ハンターとしてやって行くには力が弱すぎる能力者などで、とても広い此処は言わば身内だけで構成されている。 規模の大きさを思えば、何故か背中がゾクリとした。
「やっぱり、やめようかな」
玄関ホールでコンビニの場所を聞いた。心配そうにしていた管理人のさんに、すぐ帰るから大丈夫だと声を掛けて、無駄に長い門までの道のり歩いていたが、足が止まってしまった。
1食くらい抜いても構わないかな、等と思ったが、小さくお腹が鳴る。 明日の朝の食べ物も無いし、コンビニもそんなに遠くない。 少し悩んだが、目前に見える門がもう大分近い事もあって、私はまた足を前に動かした。
早く行って早く戻れば大丈夫。
言い知れぬ不安が過る中、私は足早に門を出た。
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