18


何年先になるのだろう。

そう考えるとちょっと怖い。
















博士の研究室で、1日ぶりの食事だなどと考えながら、出されたサンドイッチとコーヒーを頂いた。

その間ずっと博士と数人の研究員があーでもないこーでもないと論議を交わしていて、聞いてはみたが、その内容は私にはよく解らないものだった。

だが、私が丁度食事を終えた時、ご馳走様を半分言い掛けた所で、研究室の扉が開く。

視線を移して、ギクリとした。


「…………………」

「おはよーございまーす」

「ちぃーす」


ぞろぞろと、知ったばかりの顔ぶれが部屋へと入って来た。
口を半開きにぽかんとする私は酷く間抜けだったに違いない。


「失礼します」


最後に、黒縁眼鏡を掛けた青年が入って来て、こちらは初めて見る顔だ。
だがそれを気にする暇無く、戸上さんが喜色満面で笑い掛けて来て、私は緊張を強いられる事になる。


「やほー、彩ちゃん。美人は何度見ても美人だねー」

「え、そんな事無いです、が…………えと」


戸上さんのお世話には困ってしまうが、言い慣れた彼には野暮ったさが無い為か、私も世辞だと流す事が出来る。
それより彼らは何をしに来たのだろうと、困惑が浮かぶのが主立った。
戸上さんからチラリと唯島さんへと視線を移すが、彼は博士の方を向いていて、私を見ようともしていない。


「何あんた達、どーしたの」

「支部長がきちんと顔合わせして来いってよ。それと今後の説明」


八草さんは面倒そうに博士に答えると、私の向かいのソファーへ腰を下ろした。
ふんぞり返ってスラリとした足を組む。

偉そうなのに、絵になるな。


「そう、あ、でも丁度良かった。虎、ちょっと頼まれて」

「ァア?」

「彩ちゃん携帯借してくれる?」

「えっ? 携帯ですか?」


何に使うのだろうと思いながらも博士に手渡すと、彼女はそのままそれを唯島さんへ渡した。
その時彼と不意に目が合ったが、直ぐに逸らされる。
あからさまに、避けられている。


「読んで。時間は一昨日の夜11時45分前後」

「なんで」

「黙ってやりゃいいのよ」

「…………………」

「っ!」


むすっとした唯島さんをハラハラ見ていたが、急にキー……ンと鳴り響くそれに、身体が凍り付く。
青白いオーラを視界に入れた私は後退り、やばい、そう思って踵を返した。


「ん? 彩ちゃん?」

「すいません!」

「えっ、ちょっと!?」


そして研究室から飛び出した。
アレは嫌だ。勘弁して。

離れれば離れる程、耳鳴りは薄らいでいく。
オフィスのような部屋の並びにまで来れば、耳鳴りはやんだ。
今更に、私何も考えずに飛び出してきちゃった、一言言えば良かったかな等と思ってみたがもう遅い。
ふう、と息を吐いて。


「おい」

「わっ!」


肩をポンと叩かれた。

思わぬそれに肩を揺らし、振り返った先には黒縁眼鏡の彼が無表情で立っていた。


「何故逃げる」

「え………ええと?」


そして第一声がこれである。
知らない人にいきなり聞かれても答えに窮する。
どちら様でしょうか、そんな風に私の顔に書いてあったのかもしれない。
何故なら彼は少し眉を寄せて、名前を口にしたから。


「永岡 樹(ナガオカ イツキ)」

「イツ、ええ!?」


このタイミングで、他人の名前を言う訳ないだろうから、自分の事な筈。
この人、鳥の人、鳥の人だ。
私がすっとんきょうな声を上げたからか、眼鏡をしていても綺麗な顔立ちをしている永岡樹の眉が、益々寄った。


「あ、いや、その……一昨日の方です、よね?」

「そうだ。この前は不躾にすまなかった」

「あ、ああ、いえ………」


なんだろう。謝られているのに少しも誠意を感じない。
ただの礼儀作法として、事務的に伝えたような……淡々としているからかな。
少し八草さんに感じが似ているが、かなりの背高で、線が細いせいかひょろりとした印象を受ける。


「高垣、だったな」

「あ、はい」

「事情は聞いている。だが俺に期待されても困る」

「は?」


見上げた私の間抜けな顔を、彼は無表情で見下ろす。
期待とは何なのか。
ほぼ初対面の彼に私が何を期待するというんだ。

意味が解らなくて、ぎこちなく頬を引きつらせれば、永岡樹は踵を返した。


「挨拶は済んだ。俺はこれで失礼させて貰う」

「え、え、」


そしてさっさと歩き出してしまった。
1人残された私は酷く間抜け。

何、あの人………。
言っちゃあれだが、とても感じが悪い。
まるで虫でも見るような目で、見下された。冷たい目。

嗚呼、そうか。
八草さんに似ているのは目だ。
あの無感動な冷たい瞳が、同じなんだ。


「……………あ」


永岡樹が消えた廊下の先から、今正に頭に浮かんでいた人物が歩いて来た。
ふと耳に入るはしゃいだ声。


「あっ、千尋君だ」

「どこどこ?」

「相変わらず綺麗な顔ー」


少し視線をずらすと、スーツ姿の女性達が嬉しそうに、熱視線を送っている。
良く見れば浮かれているのは彼女達だけでなく、此処に居る女性という女性が彼を見ていた。
モデル並の体型に、冷たい感じはするが、言い換えればクールフェイス。
確かに、目の保養。下手したらそんじょそこらのアイドルより見目麗しい。


「高垣彩」

「はっ、はい」


まだフルネームなんだ………。
キャッキャッとはしゃぐ彼女達に気を取られている隙に、目の前までやって来た八草さんに呼ばれて背筋を伸ばす。
今更だが、こんな美形と話す機会など滅多に無いと、緊張したのだ。

恐怖で緊張した次は、美形だから緊張、とか、私って何を考えているんだろう。
否、でも、本当に綺麗な顔なんだもの。


「戻れ。花が呼んでる」

「あ、はい、すいませ………」


頭を下げ掛けて、固まる。


「あの、唯島さんはもう済ませまし、た?」

「とっくに終わった」

「そうですか」


ホッと息を吐く。
それから歩きだした八草さんについて行くと、何だか居心地の悪い視線を感じた。
先程まで八草さんを熱心に見つめていた女性達は、値踏みするように、チラチラと私を観察している。
博士と一緒だった時よりも、注目を集めていて、私は俯くしかなかった。

誰か他の人に迎えに来て欲しかったな………。


「あっ、彩ちゃんどうしたのよー。急に出てくから心配したじゃない」

「す、すいません」


戻って直ぐ、開口一番、博士は怒ったように言った。
縮こまって謝る。


「うん、で、どうしたのよ?」

「えっと、その……」


昨日、耳鳴りがするって言った筈ですが………忘れられてる?
否、耳鳴りと能力が博士の中で結びついていないのかも。
耳鳴りは他に原因があると思っているのかも。


「み、耳」

「耳鳴りだろ」

「えっ」


ぶっきらぼうに、吐き捨てるように。


「………んだヨ。違うワケ?」

「いえ! そうっ、そうですっ!」


驚かされた。
まさかここで唯島さんが口を出すとは思ってなかった。

仏頂面の唯島さんが代わりに言ってくれて、博士は「ああ、それね」と納得したように頷く。


「それもちょっと調べたいわね。明日辺りじっけ、うんんっ、脳波とか、取りましょうか」


途中、わざとらしい咳が入ったが………何だろう。じっけ?
じっけ、じっけ………。


「花ちゃん、今実験て言っ、いたあっ!」

「飛鳥、口は災いの元って知ってる?」


じっけ、って………実験!?
え、嘘、実験?
実験て何、何するの、え、何するの? 私実験台?


「明日はあんたに手伝って貰う事にするわ。ついでに身体検査してあげるわよ」

「ええっ!? ままま待ってよ花ちゃん! それだけは!」

「決定事項」

「そんな、いっ、嫌だー! 彩ちゃん何とか言って! おれ悪く無いよね!?」

「ひぃっ!?」


実験て、実験て何、そう頭でぐるぐると出口のない迷路をさ迷っていた私は、急に肩を掴まれ迫られて、悲鳴を上げた。
と、戸上さん、吃驚する、吃驚するから!


「彩ちゃんに言っても無駄。あ、彩ちゃん。はい、携帯」

「いでででで!」

「え、あ、わわ」


博士が戸上さんの耳を引っ張り、私から離して、携帯を放った。
慌てて掴み、落とさず済んだのはいいが、戸上さんが涙目で痛みを訴えていて、見ているこっちまで痛い気がしてくる。
しかし、博士は気にも止めずにそのまま私に話し出した。


「彩ちゃんが来た時間がはっきりしたわ。それで、ちょっと変な事が解ったの」

「離して花ちゃんっ! 痛い!」

「変な、え?」

「変と言うか、予想が外れたって言うか」

「千切れるー!」

「え? 予想?」


すいません、戸上さんの絶叫で聞こえないんですが。


「あのアンノウン、彩ちゃんと接触する1時間前にこっちの探査機に引っ掛かっ、」

「花ちゃーん! まじで!」

「ああもう、喧しいっ!」

「ぐはっ!?」

「ひっ!」


は、博士………。


「ちょ、ヒール………!」


喚く戸上さんに、博士は容赦無く蹴りを入れた。
耳は解放されたものの、思い切り腹部に入ったピンヒールで、戸上さんは床に蹲っている。
これは痛い。かなり痛い。
博士の人柄を少し改めなければならないようだ。
だって、博士は戸上さんを冷めた目で一瞥しただけで、また話を始めたのだから。


「つまり、あのアンノウンは彩ちゃんが紛れ込んだ時に来たんじゃないって訳」

「え?」

「だよね、虎」


だけど結局、その内容で私も戸上さんを気にする暇が無くなった。


「その携帯、アンタの鞄からはみ出してたみてーだナ。多分アンタがあの公園に着いた辺りから世界が混同した。だけどアンノウン発見はその1時間前。千尋と飛鳥が追ってる最中だった」


唯島さんが珍しく饒舌だったとしても。


「千尋から聞いたが、アンタと居たのはその店員だろ? ソイツは食わちまったみてぇだが、どういうワケかアンタの世界側に戻った。で、そっからだな。2つの世界が又、バッサリ別れたのは」


博士が苛々したように煙草を取り出していても。


「アンタ、携帯途中で落としたダロ。アンタの携帯、どえらいモンを見たゼ」


新しい事実に、その驚愕に、頭は一杯になった。


「人型アンノウン。アンタ、その人型のせいでコッチに来たんだヨ」


私は、自分がこれからどうなって行くのか、凡そ見当のつかない、暗い道を歩いて行かなければならないのだ。


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