14


友人は新しい恋を勧めるけれど。




















「けーるぞ」

「はいはーい」


戸上さんの自己紹介の後、一応私も自分の名前を言った。
戸上さんは私を覚えていなかったのだ。
昨夜捕まえた怪しげな女。
そうとしか彼は認識していなかった。
だから私は再び自己紹介する羽目になったのだが、彼が今度は忘れない、と言う保証はない。
むしろ又忘れるんじゃないかと思う。

だが戸上さんは「彩ちゃん、彩ちゃんね。うん、覚えた!」と馬鹿みたいに満面の笑みを私に向けた。
彼は可愛いと格好良いが共存するような人だと思う。
綺麗な二重に、すっきりとした鼻筋。薄い唇。
金色に煌めく長めの髪の前髪を、赤い苺のついたゴムで縛っていた。
愛想の良い彼はきっとモテる。

こんなに軽くて、中身の無い笑顔でも。


「え、ちょ、何処行くんです?」


私が名前を言った後、もういいだろ、とでも言いたげに唯島さんが立ち上がり、2人は退散しようとしたのだが。
帰ってくれるのはいい。
だがその方向がおかしい。

2人は入って来た時と同じようにベランダの窓から出ようとしたのだ。


「ア? 帰んだヨ」

「ド、ドアはあっちですけど………」

「鍵持ってねぇもん」

「えっ、じゃあ部屋に入れないじゃないですか」

「窓は開いてるからへーきだよー」

「え、い、いや」


窓開いてるから何が平気なのかが解らない。
まさか、ベランダを伝って帰る気………?


「あ、危ないですよ」

「なんでー? 危なくないよ?」


いや危ないよ。

だがもう唯島さんはさっさとベランダへ出てしまっていた。
サンダルを引っ掛け、スタスタと部屋の中の正面から見て左側へと歩いて行く。
靴、律儀に脱いだんだ……などと変な感心をしているうちに、戸上さんもサンダルを履いて出てしまう。

慌てて窓から身を乗り出すと、信じがたい光景がそこにはあった。

ベランダが、ひと繋ぎなのだ。

このフロアの端から端まで、何の仕切りも無く見渡せる。
さっき見た時は気付かなかった。


「何、これ………」

「ほんじゃーねー」


もう、唯島さんは自分の部屋へと入って行くところで。

笑顔を崩す事無く手を振って唯島さんとは反対方向へ歩く戸上さんも、慣れた様子で。


「嘘でしょ………」


私はただ唖然とするしかなかった。

こんな事聞いてない。
これって結構危険なんじゃ?

誰でも、いつでも、私の居る部屋を見る事が出来ると言う事だ。

危険、と言うか、危険極まりない状況。


「おい」

「っへ!?」


言葉を無くした私に、てっきり部屋に戻ったと思っていた唯島さんの声が掛かり、間抜けな反応をしてしまった。

唯島さんは片足だけを部屋へ突っ込み、スウェットのポケットに手を入れた状態で俯き、不機嫌そうに眉を寄せている。


「なるべく、ツラ見せねぇようにすっから」


それだけ言って、彼は部屋へと吸い込まれるように消えた。


「……………」


この時、やっと私は思い出した。

唯島さんは言った。
『オレは2度とアンタにゃ近付かねーカラ』
あの時、唯島さんはどんな顔をしてそれを言ったのだろう。
私には知る事は出来ない。


「……………青いなぁ」


もうベランダには誰も居ない。
真っ青な描かれた空を見上げた。

此処に雨は降らないのだろうか。
だとして眼下に広がる緑には、人の手で水をやるのだろうか。

何にも解らない。

ぐ、と私は下唇を噛み、踵を返した。
急くように部屋へと戻り、殺風景なそこにぽつんと置かれた段ボールに手を伸ばす。


「……………これか」


束になったレポート用紙は1番上に置かれ、その下には衣類が入っていた。
服には見向きもせずにレポート用紙を手に取り、床に座ったままパラリと捲る。

アンノウンについて。

その冒頭は私の気を引き締める効果を存分に発揮し、真剣に文字を追う。

最初に現れたのは20年前。
アメリカの小さな農村に悲劇が起きた。
それから瞬く間に世界を震撼させ、人口は著しく減少した。

部隊はどの国もほぼ壊滅状態。
為す術無しと思われた。

だが小さな島国で、それは起こった。国家機密の機関が存在するその国だけが、アンノウンを全滅させた。

その機関こそ、後の対アンノウン組織、つまりは此処のようなハンター達の機関である。

――此処まででも頭の痛くなる内容だ。


「決まった固有名詞が無いのね………此処は地下学校」


だがやめる気はさらさらない。
強引にでも頭に叩き込む。

今や世界中に点在するハンター。

彼らをハンターと呼ぶだけで、一般人はそれが何処から来て、何処に属するのかさえ知らないと言う。


「変なの………」


そこに違和感は無いのだろうか。

得体の知れない化け物から守ってくれる得体の知れない彼ら。
どうして誰も知りたいと思わないんだろう。
どうして誰も疑問に思わないんだろう。


「えーと、ハンターはアンノウンが増えるに比例して、数を増やした………へぇ、皮肉なのね」


最初僅かしか居なかった超能力者達も、アンノウンが頻繁に現れるようになると、能力を開花する人々もまた頻繁に現れるようになった。


「あれ、最初は居なかったのか」


用紙を捲って次に飛び込んで来た文字の羅列は、アンノウンの人型について記していた。

アンノウンは最初、獣のような姿をしたものしか居なかった。
それから10年後、つまり今から10年前。
最初の人型が確認される。
これによりハンターは多大な犠牲者を出し、より人々に疎まれた、とある。

そこで私は眉を顰(ひそ)ませた。


「疎まれた?」


おかしい。何故ハンターが疎まれるのか。
ヒーローのような彼らを称えはしても、自分達を守ってくれる存在を疎いと思うなんて事があるだろうか。

だが機械的な文字をじっと見つめても、答えは返ってこない。
変だと思いながら、私は先を読み進めた。

それからも次々発見された人型の脅威は凄まじく、一時期ハンター達はかなり数を減らしたが、昨今はハンターもより力の強い者が現れた為、再び抵抗を激化。

現在に至る。


「え、終わ、り………?」


随分な締めくくりだ。

だが確かに最後の1枚にはそう記されており、裏返してみても何も無い。
アンノウンについて解ったような、解らない事が増えたような、微妙な感じだ。


「歴史、みたいなものかな」


ともかく知識は増えた。
聞きたい事も増えたが、1つ1つ知って行くしかない。

唯島さんの事も、この世界の事も、何も解らないと感じたからこそ、私はこの資料を読もうと思い至ったのだから。

唯島さんが、怖くなかった。

もう彼は怖くなくて、それは彼を少し知ったからで。

知ればそれだけ怖くなくなる。


「後で博士に色々聞こう」


私はレポート用紙をテーブルに置いて、段ボールから今度は服を引っ張りだした。

シンプルな白のワイシャツと黒のタンクトップ。
次いで黒のパンツを出すと、その下にまだ未使用の下着がパッケージに包まれたままで入っていた。
全てを抱え立ち上がる。

キョロ、と少し見渡せば、カウンターキッチンの脇に扉があった。
私の目的のものがその先にあるだろうと開けて見れば案の定、そこは洗面所になっていた。

奥にあるもう1つの扉は浴室に繋がるのだろう。
私は扉を閉めると自分の服を脱いだ。

浴室へ入ると手早く汗を流し、着ていた服で身体や髪を拭う。
洗面用具もタオルも無いのだからこれが限界。

着替えて部屋に戻り、少しキッチンを覗く。
最低限の家電は揃っているようだ。

洗面所には乾燥機つき洗濯機があったし、キッチンには冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器まであった。

テレビもあるにはあるが、見るのは最後にしたかった。
きちんと向き合って、しっかり受け止めたいと思うから。

冷蔵庫の中が空っぽなのを確認してから、もう1度段ボールの前へと座る。
まだ中には衣類があった。

入っていたのは寝間着用だと思われる柔らかな生地の上下。
そしてその下に隠されたようにあった鞄。


「これ、私の………!」


この身以外、何も無かった私の物。


「私の、っ」


胸に掻き抱いて、必死で押し寄せる涙を耐える。

私の物。

私が存在する証。


「ふ、っう」


インターホンの音が鳴り響くまで、私は部屋に蹲ったまま動けなかった。


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