12


ちっちゃくて、可愛くて、
守ってあげたくなるタイプ。

彼女はそういう子だった。

私とは正反対。
















車の窓から景色を眺めていたが、あまり変わりない普通の街並みに驚いた。

本当に此処は地下なんだろうか。疑わしく思う程に有りがちな風景だった。

エレベーターに窓は無く、地下ですよ、と聞いただけ。
嘘だとしても解らない。

そこまで考えて、フッ、と笑みが漏れた。
その失笑は馬鹿な自分に向けて。

私を騙して何の得があるって言うんだ。
未だに現実逃避したいのか私は。


「もうすぐ着くわよ」

「そう、ですか」


後部席に座る私を助手席から振り返った博士が見る。
ぎこちない笑みを返すと、博士は口を開き、そしてまた閉じた。

今何かを言い掛けた。
だけど私にそれを追及する事は出来なかった。

再び景色に視線を向けて。

――早く抜け出したい。


この悪夢の終わりを願った。


それから程なくして、ベージュ色の煉瓦造りの壁が続く景色に変わる。
壁に沿って走る事暫し、鉄門の前で一旦車は停止した。

運転席から空さんが身を乗り出し、壁に備え付けられたインターホンを押す。


『――はい』

「軍部の笠沖です」

『お疲れさまです。暫くお待ち下さい』


スピーカーからの声が切れ、座り直した空さんとバックミラー越しに目が合った。
慌てて逸らしてしまったが、失礼だったかもしれない。
恐る恐る視線をチラ、と上げ、ずっと見ていたのか、ばっちりと空さんと視線がかち合った。

う、と私は固まり、
対して顔半分の鏡の空さんは瞳を柔らかく細めた。


「っ!」


そのまま空さんは何も言う事なく開き始めた鉄門へと視線を戻した。
私の顔は熱くて、きっと赤い。

発進した車内で、なんとか平常心を取り戻そうと努めるうちに、車は1つの建物の前で止まった。
窓からそっと覗いてみると、リゾートホテルを思わせる綺麗な外観の建物が立っていた。
大きいな、と思ったと同時に不安が押し寄せる。

大きいという事は、それだけハンターが多いという事だ。


「彩ちゃーん?」

「あ………」


コンコン、と眺めている窓とは反対側の窓を博士が叩いて、私を呼んだ。
慌てて車から降りると、空さんがトランクから出した段ボールを1つ小脇に抱え、トランクを閉めようとしていたところだった。

ほぼ同時に、私の閉めたドアと空さんの閉めたトランクの音が鳴った。

何となく段ボールを眺めていて、それに気が付いた空さんが「姉さんの服とかが入っているんだ」と教えてくれたのだが。
まともに顔を見られず、ぎくしゃくとそれに返事をして、空さんに笑われてしまった。

恥ずかしい。
それに居心地悪いような感じで、そわそわしてしまう。


「そーらー、やめなさいよ唆(そそのか)すの。あんた顔だけはいいんだから。あたしに似て」

「ちょ、俺は別に唆してなんかないよ。ただ可愛いなーって思って」


かぁ、と顔に熱が集中する。
空さんみたいな美形に可愛いだなんて言われたら、誰だって舞い上がると思う。


「だからそういうのが唆すって言うのよ。馬鹿ねほんと」

「今の何処が馬鹿なんだよ!」

「あーうざい………彩ちゃん行くわよ」

「えっ、あ、はい」


言われ慣れない言葉に動揺する私を、博士は背中を押して即した。
後ろに居る空さんの存在にどぎまぎしながら博士の後を着いて行く。

玄関ホールは広く綺麗で、右手に5段程の階段があり、その奥にラウンジがあった。
幾つかのテーブル席と、印象的なグランドピアノ。
反対側には大きな絵画――風景画だ――が飾られていた。
真正面にはフロント。

キョロキョロとする私は田舎者のようだが、外観に劣らないその豪華さに目を奪われていた。

これが、寮? ホテルにしか見えないんだけど………。


「笠岡隊長、お待ちしておりました」

「こんにちは西山さん。彼女が高垣さん。ノーマルだから気を使ってあげてね」

「はい。細心の注意を払うつもりでございます」


名前が出て、私は慌ててフロントへと視線を移した。
フロントには2人、空さんと会話をしているのは温厚そうな男性。白髪混じりの髪を後ろへ撫で付け、全体に小綺麗な印象の彼は紳士的な笑みを浮かべている。
もう1人は若い女性だったが、其方を観察する余裕はなかった。

男性が私に深く頭を下げてきて、私も急いで頭を下げたからだ。


「はは、そんなに離れた所に居ないでこっちにおいで。紹介するよ」


空さんの言葉通り、フロントから私まで、ゆうに5歩以上は開きがあった。
言われて初めてはっとし、フロントまで小走りで近寄る。

何をしているんだ私は。


「あ、あの、すいません。高垣彩です。宜しくお願いします」


再度頭を下げる。今度は挨拶付きで。


「此方こそ、宜しくお願い致します。A棟の管理を致しております、西山と申します」


丁寧な物腰に、思わずため息を漏らしたくなる程、西山さんは綺麗な人だった。
綺麗、と言ってもそれは外見ではなく、一挙手一投足が洗練されていて、まるで執事か何かかと見紛う程だ。
これが寮の管理人、と言うのだから信じられない。


「解らない事があったら彼に聞くといいわ。西山は寮の事なら何でも知ってるから」

「は、はい。えと、宜しくお願いします」


対しての私は、落ち着きがなく、宜しくお願いしますしか言えてない。
情けないったらない。

挙げ句、おたおたしてる間にエレベーターに乗り、何階だかも把握出来ずに部屋の前。
そして終始にこやかにしていた西山さんは帰って行った。


「彩ちゃんカードを………彩ちゃん?」

「へっ? あっ、すいません!」


なんだか頭が上手く働かない。
慌ててジャケットのポケットに突っ込んだままのカードキーを出して、博士に手渡す。

博士はドアノブの上にある機械に前から水平にカードを差し込み、カチャリと鳴ったのを確認するとカードを抜いた。
そのままカードを私に返し、ドアを開ける。

中に入って行ってしまった博士をぼけっと見ていると、空さんが右手を差し出して「どうぞ?」と声を掛けて私を促した。

おずおずと中に進み、私は思わず「わ」と声を上げてしまった。


「綺麗、ですね………」


それに広い。
林さんの部屋程では無いが――と言うか林さんの部屋は呆れる程広すぎだ――綺麗なフローリングの部屋にはソファーとテーブルが置かれ、きちんとカウンターキッチンも併設されていた。
右奥にドアがもう1つ見えるが、部屋に繋がっているのだろうか。

シングルベッドとローテーブルを置いただけで一杯な部屋に住んでいた私には、贅沢過ぎる部屋だ。


「あっちは寝室」


タイミングを見計らったように空さんに言われ、頷く事しか出来なかった。
ハンターでも無いのに、こんな良い部屋を借りていいのだろうか。


「それじゃ、疲れているだろうからあたし達はこれで。ここに着替えと、簡単な資料を用意しといたから後で見てね」


空さんがテーブル脇に置いた段ボールを博士は指差し、ぽんぽん、と私の肩を叩いて退室した。
空さんもあの綺麗な笑みで「また明日」と告げると博士の後に続いて出て行く。

ポツン、と広い部屋に残されて。


「……………眠い」


朝から口にした物と言えば林さんにご馳走して貰ったミルクティーと緑茶だけ。
だからお腹は空いていたが、それよりも勝ったのは眠気だった。

あの人工の太陽が通常通りに動いているとしたら、今は夕方だ。
窓から見える景色は茜色に染まっていて、この部屋にも射し込んでいる。
刹那の間に存在する柔らかな色は私を微睡みに誘うかのようで。


もういいや、眠ってしまおう。

もう1つのドアを開け、ダブルベッドだった事に少し驚きつつも、身体を重力に任せ、倒れ込んだ。

眠い。

精神的にはとっくに限界を超えていた。

疲れた。

重い瞼に逆らう事無く視界を閉ざした。


怒涛の1日。
明日が怖い。


それでも明日は来るんでしょう?

知っている。

どんなに辛い事があっても、明日は来るんだ。


[ 12/33 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -