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平気じゃない。

平気じゃないよ。


私にだって、

君が必要なのに。




















「一体どうしたの?」

「耳鳴りが」

「耳鳴り?」


博士に訳を話して、そして得られたのは現実離れした現実。

まず青白い光についてなのだが、これが私を混乱へと陥らせた。

アレは能力発動の際、能力者から発生するもので、仮説としては力が具現化して見えるのではないかという事。

ここでストップ。
能力者って何。

淡々と話す博士に慌てて待ったをかけて、順を追って説明してもらった。

するとまあ、起こる起こる。驚きの連鎖が。


能力者は能力者。
まんま、能力を持つ人。
能力っていうのは所謂超能力。
この世界では『ハンター』と呼ばれる。

『ハンター』は『アンノウン』を狩る者の総称で、
つまりは超能力者と化け物は敵対関係だという事。

確かに、確かに普通の人間にあの化け物の相手は無理だ。
だけどだからといって、超能力者…………。
テレビの怪奇特集で昔見た、有名超能力の名前が思わず頭に浮かんだ。
アレだ、スプーン曲げとか。

もうとっくにキャパオーバーだった私は受け入れるのに時間が掛かり、
なんつう世界に来ちまったんだと項垂れずにはいられなかった。


「此処は3つの機関で成り立っている対アンノウン組織なの」

「はぁ………」


男はあれきり、黙ってしまった。

私は私で情報処理で忙しく、彼を気にする余裕がなかったからどんな様子だったかは解らない。


「ハンターで組織された軍部、諜報部。それからこの研究部。虎は、ああ、紹介もまだだったわね。虎、自己紹介したら?」

「……………唯島 虎之助(ユイシマ トラノスケ)」

「……………ハァ」


彼、唯島さんは壁に寄りかかり外方を向いていて、ボソッとそれだけ言ってまた沈黙した。

取り敢えず軽く会釈したけれど、この人は何をそんなに不貞腐れているのだろうか。
博士もがっくりと肩を落として呆れている。


「こうみえて悪い子じゃないんだけど……ちょっと人見知りなのよ」

「人見知りって………」

「ちょ、恥ずかしいコト言うなよ博士! オレはコイツが信用出来なかったダケだ!」


………一々吠えないで欲しい。
ビクッとしたじゃないか。


「………出来なかった?」

「あ……………」

「あんた、見たの?」

「……………ちょっとダケ。指先が触れたんだ」

「で?」


チラリ、と一瞬唯島さんの視線を受ける。
そう言えば、記憶を覗く、と博士は言っていた。
それが超能力の類いならば、もしかして、彼は………


「なんか、大学みたいなトコで、女と話してたのと、コンビニと、アンノウンが見えた」

「昨日の出来事かしら………」

「あとは断片的に昔の記憶がちょっと。そこには、アンノウンは出て来なかった。テレビを見ていても、誰かと会話していても、全く、一切、欠片もアンノウンの存在は無い」

「虎が言うなら、決定的、ね………あたしも実は半信半疑だったのよ。悪く思わないでね彩ちゃん」

「……………」

「彩ちゃん? ごめんね、気を悪くしたかしら」

「い、いや、そうじゃなくて…………」


もしかして、
まさか、


「超能力、者?」

「あ、そうか。そうよね。虎ったら名前しか言わないから………」

「………チッ、そうだよ。オレは能力者だ。能力はサイコメトリー」


サイコメトリー………ってなんだろう。
うざったそうに顔を歪め、能力者だと言う彼を見ても普通に見える。
でも超能力者。

初めて見た。
なんだか、変な気分だ。


「人や物の記憶を覗くの」

「……………」

「彩ちゃんの記憶を見たのよ。了承も得ずに悪かったわ」

「記憶を………」


人には、誰にだって触れられたくない過去があるものだ。
例えば疲れてお風呂で寝てしまい疲れた親父みたいに溺れたとか、酔っ払って道端で一夜を明かしたとか、
そういった些細な事から、奥底の深い傷、それこそトラウマになるような事まで、
人それぞれ忘れてしまいたい過去が。

それらを見ず知らずの他人に勝手に覗かれたとあらば、頭にくるのは当たり前で。


「それで、疑いは晴れたんですか………?」


頭に血が上って行くのを感じながら、唯島さんが気まずそうにしていた事に合点がいった。
声は、僅かに震えていて。


「………アァ」


私はこの人を好きになれそうにない。
この人にはきっと解らない。

どんなに必死に訴えても、

どんなに努力しようとも、

自分の存在を認めて貰えない。


「今日はもう、休みたいんですけど」


この孤独を。

この絶望を。


「………うん。今部屋を用意するから、少し待っていて」


部屋を出て行く博士を見送って、ソファーの背に凭れる。
唯島さんは残っていたけれど、出ていけと言う権利も無い私はそのまま放っておく事にした。

結局、耳鳴りは何だったのか解らない。
どう考えてもあの青白い光とセットで起こる現象だが、
博士は不思議そうな顔をしていた。

心当たりがなさそうだ。


「……………」

「……………」


つまり耳鳴りは普通しないものかもしれないと予想がつく。

何故私だけが。


「……………」

「……………あの、さ」


話し掛けないで。

そう精一杯拒絶のオーラを出しているのに、沈黙に耐えきれないのか、唯島さんが声を掛けてきた。

嫌だな、この人怖いし、
腹が立つのに文句も言えない立場の私が、果たして冷静に対応出来るか疑問だし。


「……………」

「………あー、その、」


シカトしてたら諦めてくれるかな………?


「………………」

「あー……大抵のヤツに嘘が見つかるからよ………」


えー……急に何言ってんの。
的外れ過ぎて訳が解らない。

黙り込む私に構わず、唯島さんは喋り続け、壁を背にしたまま、そこにしゃがみ込んだ。


「此処を守るには必要ナンだよ」

「……………」

「怒ってイーんだゼ? アンタにゃ怒る権利がある」

「……………」

「ひっぱたかれても仕方ネーし。解っててもオレは確かめなきゃなんないんだ。
此処を守る為だカラ」

「……………」


うざい。

そんな悲しそうな顔しないでよ。

怒りが、萎んでいっちゃうじゃない。


「……………」

「ワリーな、疑ってよ」

「……………もう、いいです」


やっぱり、貴方は解っていないのね。


「仕方ないんです。私は何も持っていないから」

「あ………いや、それは、」

「どんな目に合っても、どんなに酷い事をされても、
私にはそれしか証明出来る術(すべ)が無いんですから」

「……………ワリー」


貴方を殴ってふざけんなと怒鳴っても。

悔しくて噛んだ唇の色は変わらない。

変わらないんだ。


「……………ゴメン」


貴方が嫌い。


「……………ふっ、っ、」


貴方が嫌いなの。


「うー……………」

「2度と疑わねぇカラ」


だから謝らないで。
だから優しくしないで。


「ゴメンな」


いつの間にか隣に立っていた彼がそっと頭を撫でるのを、両手で塞いだ視界ではなく、
その感触だけで感じていた。




嫌いなままで、
居させて欲しい。

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