10
平気じゃない。
平気じゃないよ。
私にだって、
君が必要なのに。
「一体どうしたの?」
「耳鳴りが」
「耳鳴り?」
博士に訳を話して、そして得られたのは現実離れした現実。
まず青白い光についてなのだが、これが私を混乱へと陥らせた。
アレは能力発動の際、能力者から発生するもので、仮説としては力が具現化して見えるのではないかという事。
ここでストップ。 能力者って何。
淡々と話す博士に慌てて待ったをかけて、順を追って説明してもらった。
するとまあ、起こる起こる。驚きの連鎖が。
能力者は能力者。 まんま、能力を持つ人。 能力っていうのは所謂超能力。 この世界では『ハンター』と呼ばれる。
『ハンター』は『アンノウン』を狩る者の総称で、 つまりは超能力者と化け物は敵対関係だという事。
確かに、確かに普通の人間にあの化け物の相手は無理だ。 だけどだからといって、超能力者…………。 テレビの怪奇特集で昔見た、有名超能力の名前が思わず頭に浮かんだ。 アレだ、スプーン曲げとか。
もうとっくにキャパオーバーだった私は受け入れるのに時間が掛かり、 なんつう世界に来ちまったんだと項垂れずにはいられなかった。
「此処は3つの機関で成り立っている対アンノウン組織なの」
「はぁ………」
男はあれきり、黙ってしまった。
私は私で情報処理で忙しく、彼を気にする余裕がなかったからどんな様子だったかは解らない。
「ハンターで組織された軍部、諜報部。それからこの研究部。虎は、ああ、紹介もまだだったわね。虎、自己紹介したら?」
「……………唯島 虎之助(ユイシマ トラノスケ)」
「……………ハァ」
彼、唯島さんは壁に寄りかかり外方を向いていて、ボソッとそれだけ言ってまた沈黙した。
取り敢えず軽く会釈したけれど、この人は何をそんなに不貞腐れているのだろうか。 博士もがっくりと肩を落として呆れている。
「こうみえて悪い子じゃないんだけど……ちょっと人見知りなのよ」
「人見知りって………」
「ちょ、恥ずかしいコト言うなよ博士! オレはコイツが信用出来なかったダケだ!」
………一々吠えないで欲しい。 ビクッとしたじゃないか。
「………出来なかった?」
「あ……………」
「あんた、見たの?」
「……………ちょっとダケ。指先が触れたんだ」
「で?」
チラリ、と一瞬唯島さんの視線を受ける。 そう言えば、記憶を覗く、と博士は言っていた。 それが超能力の類いならば、もしかして、彼は………
「なんか、大学みたいなトコで、女と話してたのと、コンビニと、アンノウンが見えた」
「昨日の出来事かしら………」
「あとは断片的に昔の記憶がちょっと。そこには、アンノウンは出て来なかった。テレビを見ていても、誰かと会話していても、全く、一切、欠片もアンノウンの存在は無い」
「虎が言うなら、決定的、ね………あたしも実は半信半疑だったのよ。悪く思わないでね彩ちゃん」
「……………」
「彩ちゃん? ごめんね、気を悪くしたかしら」
「い、いや、そうじゃなくて…………」
もしかして、 まさか、
「超能力、者?」
「あ、そうか。そうよね。虎ったら名前しか言わないから………」
「………チッ、そうだよ。オレは能力者だ。能力はサイコメトリー」
サイコメトリー………ってなんだろう。 うざったそうに顔を歪め、能力者だと言う彼を見ても普通に見える。 でも超能力者。
初めて見た。 なんだか、変な気分だ。
「人や物の記憶を覗くの」
「……………」
「彩ちゃんの記憶を見たのよ。了承も得ずに悪かったわ」
「記憶を………」
人には、誰にだって触れられたくない過去があるものだ。 例えば疲れてお風呂で寝てしまい疲れた親父みたいに溺れたとか、酔っ払って道端で一夜を明かしたとか、 そういった些細な事から、奥底の深い傷、それこそトラウマになるような事まで、 人それぞれ忘れてしまいたい過去が。
それらを見ず知らずの他人に勝手に覗かれたとあらば、頭にくるのは当たり前で。
「それで、疑いは晴れたんですか………?」
頭に血が上って行くのを感じながら、唯島さんが気まずそうにしていた事に合点がいった。 声は、僅かに震えていて。
「………アァ」
私はこの人を好きになれそうにない。 この人にはきっと解らない。
どんなに必死に訴えても、
どんなに努力しようとも、
自分の存在を認めて貰えない。
「今日はもう、休みたいんですけど」
この孤独を。
この絶望を。
「………うん。今部屋を用意するから、少し待っていて」
部屋を出て行く博士を見送って、ソファーの背に凭れる。 唯島さんは残っていたけれど、出ていけと言う権利も無い私はそのまま放っておく事にした。
結局、耳鳴りは何だったのか解らない。 どう考えてもあの青白い光とセットで起こる現象だが、 博士は不思議そうな顔をしていた。
心当たりがなさそうだ。
「……………」
「……………」
つまり耳鳴りは普通しないものかもしれないと予想がつく。
何故私だけが。
「……………」
「……………あの、さ」
話し掛けないで。
そう精一杯拒絶のオーラを出しているのに、沈黙に耐えきれないのか、唯島さんが声を掛けてきた。
嫌だな、この人怖いし、 腹が立つのに文句も言えない立場の私が、果たして冷静に対応出来るか疑問だし。
「……………」
「………あー、その、」
シカトしてたら諦めてくれるかな………?
「………………」
「あー……大抵のヤツに嘘が見つかるからよ………」
えー……急に何言ってんの。 的外れ過ぎて訳が解らない。
黙り込む私に構わず、唯島さんは喋り続け、壁を背にしたまま、そこにしゃがみ込んだ。
「此処を守るには必要ナンだよ」
「……………」
「怒ってイーんだゼ? アンタにゃ怒る権利がある」
「……………」
「ひっぱたかれても仕方ネーし。解っててもオレは確かめなきゃなんないんだ。 此処を守る為だカラ」
「……………」
うざい。
そんな悲しそうな顔しないでよ。
怒りが、萎んでいっちゃうじゃない。
「……………」
「ワリーな、疑ってよ」
「……………もう、いいです」
やっぱり、貴方は解っていないのね。
「仕方ないんです。私は何も持っていないから」
「あ………いや、それは、」
「どんな目に合っても、どんなに酷い事をされても、 私にはそれしか証明出来る術(すべ)が無いんですから」
「……………ワリー」
貴方を殴ってふざけんなと怒鳴っても。
悔しくて噛んだ唇の色は変わらない。
変わらないんだ。
「……………ゴメン」
貴方が嫌い。
「……………ふっ、っ、」
貴方が嫌いなの。
「うー……………」
「2度と疑わねぇカラ」
だから謝らないで。 だから優しくしないで。
「ゴメンな」
いつの間にか隣に立っていた彼がそっと頭を撫でるのを、両手で塞いだ視界ではなく、 その感触だけで感じていた。
嫌いなままで、 居させて欲しい。
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