「…は俺が居ないと駄目なんだ」

なによそれ。

じゃあ私は?

私は平気だとでも言うの?












金髪坊主に沢山のピアス。
一重の切れ長の瞳は鋭く相手を睨み付け、
ハスキーな低音を紡ぎだす薄い唇がひっきりなしに動いている。

彼に抱いた第一印象は、私の身体が如実に表していた。

顔は強ばってしまって、身体はガチガチに緊張している。
私は彼を、怖い、と認識してしまっていた。

1度インプットされたそれは簡単には拭えない。

あの時掴まれた腕の感触が消えないのだ。


「あ、丁度いいや。虎、あんたこの子の面倒みてよ」

「っ!?」

「アァ? この子?」


喚く彼の視界に入りたくなくて、せっかく部屋の隅に寄って存在を消していたのに。
博士のその余計な一言で彼がこちらに顔を向けた。
その鋭い瞳に私が映る。

益々硬直した身体。
嫌だ。この人は私に恐怖を与える人だ。


「あっ! テメー!」

「ひっ!?」

「テメーのせいでオレが!」

「責任転嫁しないの」

「アダ! 何すんだよ博士!」

「あんたが彩ちゃんに乱暴すっから怒られたんでしょーが」

「乱暴なんかしてネーし!」

「口ごたえすんな。林にはあたしから言っといてやるから、罰としてあんたが彩ちゃんの面倒みな」

「ハァ!?」

「いっ、嫌ですっ!」

「え?」

「ンア?」


怖くて、声を出すのも嫌だったけれど、
博士の言うことは、
聞き流せない。
それだけは、嫌だ。


「わた、私っ、この人は嫌です! この人だけは嫌!」

「アァ? んだテメー。オレになんか文句あんのかコラ」

「っ、」

「ザケンナよ。テメーに嫌だって言われなくてもコッチだって願い下げなんだよ」

「こら、女の子を威嚇しないの」

「威嚇なんかしてねーよ。つかなんだよコイツ。能力者?」


彼の視線が博士に移り、小さく息を吐いた。
嫌だな、見られるだけでこんなに怖いなんて、相当恐怖感を植え付けられてる。


「違うわ」

「あ? じゃ研究部新人? そんな優秀そうには見えねーケド………」


チラリ、一瞥される。
床を見つめたまま、その一瞬の視線にさえ過敏になる。


「それも違うわね。研究部所属にはなるけど研究者じゃないのよ。訳ありでね。うちで預かったの」

「訳アリ? なに、こんなビクビクしてるようなヤツが犯罪者とかなワケ?」

「は、はんざ……い?」

「馬鹿ねぇ、虎は。そんな訳ないでしょ」

「バ、バカじゃねーし!」


ちょっと待て。今のはなんだ。
犯罪者がどうして出てきた。

まさか、此処は、犯罪者とか、そういう人達が………?


「彩ちゃん、誤解しないでね。此処は別に犯罪者が集まる場所じゃないから」

「あ、そ、そうですか」

「フン、コイツのが馬鹿じゃん」


カチンとくるが、私は彼を見る事も出来ない。
当然、文句も言えない。


「記憶喪失みたいなもんで、この子は何にも解んないのよ。馬鹿にしちゃ駄目よ虎」

「え………」


記憶喪失、じゃないけど、
それを否定する間もなく、
彼が私を見た。

違う、と顔を上げて言い掛けた私は、まともに彼と目が合った。
刃のような鋭い瞳が、今度は哀れみを含んでいて。


その時怖いとは思わなかった。

そう思うより先に。




冗談じゃない。





そう思った。


「嫌………」

「彩ちゃん?」

「この人は嫌です!!」

「彩ちゃ、」


見るな。

そんなふうに、

憐れんだ目で、

私を見ないで。

私は可哀想じゃない。

悲劇のヒロインになんてなりたくない。


「絶対嫌です!」

「……………解ったわ」

「は、博士、コイツ記憶がナイのか?」


博士がため息混じりに了承してくれて、ほっとする。
隣で男が戸惑い、私をチラチラ見ながら口を開いた。


「知らないのよ。此処が何の施設かとか、アンノウンについても知ったばかりでね。世界の仕組みを、この子は知らないのよ、虎」

「え、じゃぁ、オレらの事とか」

「当然、知らないわ」

「じゃぁ、なんで………」


男は益々戸惑っている。
最初彼は、近づけば刺すぞってなくらい刺々しく、他人(ひと)を寄せ付けないオーラを放っていた。
それが今やすっかり弱まり、とにかく困惑している。


「ああ、虎、あんた『ハンター』だから彩ちゃんがビビってると思ってたんだ?」

「……………」


ハンター?
って何だろう。


「だって、そーダロ? 記憶喪失なんてウソじゃねーの。見せろよ」

「あら、自分から披露するなんて珍しい」

「ベツに………その方が手っ取り早いし」

「そうね。あんたがそれで納得すんなら好きにしたら? 言っとくけど、彩ちゃんは本当に力を知らないんだからね。
あんたが勝手に覗いて、彼女がどれ程傷付くか解って言ってんのよね?」

「……………ウソかもしんねーじゃん」


嘘、と疑う気持ちは自然の成り行きだと思う。
普通の反応だ。私だってこんな馬鹿馬鹿しい事信じたくなかった。

だから傷付かない。

傷、付かないで。


「彩ちゃん」

「はい………」

「こちらに来た時の事だけを思い出して。それ以外は考えず、その時だけの事を」

「え………余り、思い出したくないんですけど」

「ごめんね。でもそうしないと貴女のプライバシーの侵害になるから」

「い、言ってる意味が………」


有無を言わさぬ力強い瞳に、頷いてしまいそうになる。
でも説明のせの字も無いのでは、安易に頷く訳にいかず、なんとか首を押し留め、わけを教えろと目で訴えた。


「記憶を覗くから」

「……………?」


ごめんなさい。益々意味が解りません。

何を言っているんだ、と首を傾げた私を見て、博士は真剣に、もう1度同じ事を言う。


「今から貴女の記憶を覗く」


もうアレだ。
きょとーん、だ。

そして呆け続ける私と、真剣な顔の博士との間に割り込み、睨み付けるように見下ろす男にビクッと身体が反応する。


「それが解んねーフリなら、大した役者だなアンタ」

「解んない、ふり?」

「見せろよ。アンタの嘘」

「っ、あ、」


耳鳴りと青白い光。

見開いた瞳は、男の唇が動いているのを確認したが、もはや声は聞こえず。

キーン……とその音だけが聴覚を支配し、男の手が近づくのをただ見つめていた。

頭が、

痛い。

痛みに顔を歪め、彼の指が触れるか触れないかというところで、私は床に崩れ落ちた。


「!?」

「――――」


吐きそう。

走った後のように短く息を吐き出して、荒い呼吸を繰り返す。
真っ白な床にポタ、ポタ、と落ちた透明な汗の粒を確認するのに時間が掛かった。
ピントが中々合わなくて、身体がいう事をきかない。


「ぅ、あ、」


駄目だ、吐く。

素早く口元を覆って、そう覚悟にも似た事を思った時、耳鳴りが弱くなった。

最早耳鳴りと呼んでいいのか解らない程の不快音は、普段何気なく起こる耳鳴り程度にまで緩んで。


「っ、?」

「大丈夫彩ちゃん!?」


博士の声がやっと届いた。
1度沸き起こった吐き気は直ぐには収まらず、浅い呼吸もそのままだが、おかしな現象は止んだ。

たまらず身体を横たえる。


「彩ちゃん! やだ、凄い汗………顔色も最悪ね。虎、医務室へ運んで」

「……………」

「虎、早く…………虎?」

「っ、だい、じょ、ぶ」

「ど、どこがよ! 彩ちゃん、医務室に運ぶから」

「そ、ふぁ………そふぁ、で、いいで、す」


大丈夫、
話せるようにまでなった。
暫く横になっていれば収まるだろう。


「わ、解ったわ。虎!」

「……………」

「虎! 虎之助!」

「っえ?」

「え、じゃないわよ! 何ボケっとしてんのよっ! 彩ちゃんをそこに寝かして!」

「ア、アア………え、何コイツどーしたの?」

「さっきからなんなのそのボケ。全然面白くないわよ」

「は、博士、何怒ってんの?」

「いいから早くしなさい!」

「わ、解ったヨ………」


取り敢えず身体を回復させようと努め、あの男に頼るのは物凄く嫌だが、彼らの会話に口は出さなかった。

やがて男が私の首後ろと膝裏に腕を差し込んで、思いの他優しく、ふわりと持ち上げられる。
そして同じく優しくソファーに下ろされて。


「……………」

「ハァ、ハァ……ハァ」


ぐったりしながらも、見上げた男の顔。

一瞬目が合って、直ぐに気まずそうに逸らされた視線。

なんで、


なんで。



そんなに、
申し訳なさそうな顔をしてるの。



[ 9/33 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -