しつこい女は嫌われる。

世間のレッテルなんてくそくらえだ。

どうしても、

どうやっても、

忘れられないのに。

どうしろっていうの。















湯気の立つ湯呑みをテーブルにコトリ、と置いて、
林さんはおもむろに口を開いた。


「勝手で申し訳ないが、少々調べさせて貰った」

「調べた?」

「うん。君の事をね」

「!」

「ごめんね。これも、仕事の内なんだ。君が危険かどうか………ハッキリ言おうか。君には隠さず話さなければね。

君が、『アンノウン』かどうか、調べる必要があった」

「!!」


衝撃だった。

まさか自分があの化け物と同種かと疑われていたなんて。
勝手に自分の事を探られた事よりも、明らかに悪質だと思った。

カッと頭に血が上って、私は思わずテーブルに手を着いて、身を乗り出す。


「私の何処がっ! 何処が化け物に見えると言うんですか!?」

「落ち着いて………人型のアンノウンも居るんだ。君が遭遇したあの獣型よりも知識が高く、言語も話す。力も、強い」

「人、型………」


アンノウンには、種類があった。
人型が、どれ程人に近いのか、見た事の無い私には想像がつかなかったけれど、
私を疑うという事は、見た目はそんなに変わらないのだと思う。


「人類にとって最も厄介なのはこの人型でね。誰もがそれを警戒している。怪しい者が居ればまず、人型では、と疑われる」

「………私、人間です」


鼻の奥が痛い。
自分が、人間だと、
そんな当り前の事を、自分で口にしなければならないなんて。

起毛の絨毯にストン、と力なく腰を下ろして。


「君を調べた者の報告によると、君には戸籍が無いそうだ」

「は!? なんですかそれ!?」


俯いてしまった顔を、勢い良く上げる。
声をまた張り上げてしまった。
よく考えればそれは。


「戸籍だけじゃない。君の何を調べても、何も出て来ない。君の存在を証明する物が何1つ、無いんだ」

「………」


私の想像通りなら、私の存在が無いのは当り前の事だ。

仮説はもう、仮では無く、確信に変わっていた。

だが今の話の流れでは、私はアンノウンとされてしまう可能性が高い。
私には何1つ、自分を証明出来る物がない。

茫然とした。

私はアンノウンだと言われても、否定出来る物が、何も、ない。


「私は、人間、です」


俯き、膝の上で両手を握った。
握った拳は、震えていた。


「………まぁ、アンノウンでは無いみたいだね」

「っ、し、信用して貰えるんですか?」


口でいくら言ったところで、疑われて当り前。信用には足らないと思っていた私は、林さんの言葉にほっと胸を撫で下ろした。
見上げた先の林さんは、一見穏やかに微笑しているように見える。

危険の少ないぬるま湯の生活に慣れ切っていた私には、林さんが笑顔を浮かべながら裏で何を考えているかなんて、
疑問に思う事さえなかった。

笑顔は肯定的なのだと、私の口角が僅かに上がった瞬間に、林さんは笑顔を引っ込め、冷たく私を見下ろす。


「身体をね、検査させて貰った。君は確かに人間のようだ。健康な、ね」

「身体、を………?」


なに、それ。
待って、その前に、この人、誰。


「悪いが、そうするしかなかったのでね。おかげで君は人間だと証明できた」

「……………」


わなわなと、震える唇がわずらわしくて、堪らず噛んだ。
怒りで、涙が出そうだ。


「……………脳波にも異常はなかったそうだよ。単刀直入に言おう。君は記憶喪失なのかい?」

「っ、違いますっ!」


勝手に私の全てを調べられた。身辺も、身体も。
アンノウンなんかと仲間だと思われた。
私は記憶喪失なんかじゃない。
私はおかしくなんてない。

おかしいのはこの世界。
私の日常を壊したこの出来事。


「私はどこも正常よ!」

「………では君はなんだ」

「私はっ! 私は、」


私は、高垣彩で、大学1年生で、バイトしながら1人暮らししてて、


「私、は………」

「質問を変えようか。君は何処から来たんだい?」

「何処から……?」


何処から来たか?
ああ、そうだ。

私は私の出した答えを、今言うべきなんだ。
頭を疑われるな、きっと。


「……………? 何が可笑しいんだい?」


知らず、笑ってしまっていたらしい。
私はこれから馬鹿げた話をするのだから、それも仕方ないだろう。


「何処から来たか、私が答える以前に、此処は何処なんですか? 私の日常にアンノウンなんて存在しませんよ」


馬鹿げた話を。


「何処なんですか此処。私の知ってる世界じゃない。別世界だわ」

「……………」


私はとっくに気付いていた。
きっと最初から、気付いてた。

きっと此処は私の世界に似た別世界。
私の住んでいた街の景色と此処の景色は同じだった。
あそこのカフェだって。
ただ、何度か通ったあの店に、見た事のある店員が1人も居なくて。

気付かないふりをした。

なんでこんな事になったのか。
昨日までは同じだったのに、私は何処で間違えたのか。


「パラレルワールド」


ぽつりと林さんが落とした言葉に一瞬きょとんとした後、

それだ、と思った自分が悲しかった。


「君は異次元から来たと言うんだね?」

「そうなりますね」

「……………ふむ」


考え込む林さんから視線を外す。

これからどうしたらいいのか、とか
どうやったら戻れるのか、とか

考えて途方に暮れた。


「君に協力して貰いたいのだが」

「……………協力?」

「君の話が本当なら、アンノウンを一掃出来るかもしれない」

「?」


話が繋がらない。
何故急にアンノウンの一掃に飛んだんだ。


「アンノウンは異次元から来ると言われている」

「!」


林さんは真剣な顔をしている。
いつも微笑みを張り付けていた彼だから、真剣な声色は重みがあった。


「勿論ただでとは言わない。君が元の世界に戻れるよう、こちらも協力しよう」

「で、でも、私どうして此処に来たのか解らなくて」

「うん。まずは原因を調べる事が先決だね。君には『研究部』に行って貰いたい」

「研究部………あ、あの、でも」

「話はわたしにするより、研究部でしてくれ。部屋も用意しよう」


素早い決断にたじろぐ。
私、まだ協力するとは言ってないのに………!

上手く言葉を吐き出せない私を余所に、林さんは立ち上がってどこかに電話を掛ける。
受話器は取らず、本体のボタンを1つ押して。


「わたしだ。花を呼べ」


それだけ言って手を離し、私に向き直る。

どうしよう、勝手に決定してる。

でも、


「不満かい?」

「……………いえ」


私には行く所がない。

戻る方法も見当がつかない。

なら、此処にいるのが最善なのだろう。


「大丈夫。君に危害は加えない。怖い事は、何もないよ」

「……………はい」


私が何を恐れるか、

林さんには、

解らない癖に。



[ 7/33 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -