変な女。
それが第一印象。
1st Contact
この日。いつもの気に入りの場所で、昼寝をしようとしていた。
目は閉じていたが、眠ってはいなかった。と言うか、眠れなかった。
朝から、妙にざわついている、風のせいだった。
そして、草の上に寝転んだ辺りから、より一層、騒ぎ出している。
ったく、何だよ。やけに煩いな……安眠妨害だぞ、お前ら。
ちょっとでいいから、静かにしてくれよ、と心の中で呟きながら、ごろりと寝返り、ふと、風の音以外の音を、耳が拾った。
……ん? なんだ? 人の声?
風に混じって、微かに声が聞こえる。俄に緊張が走り、直ぐに起き上がれるよう、指先に力を入れ、注意深く、耳を澄ました。
とたん、
「う、うそだぁぁああああ!!」
「うぉっ!?」
「おぎゃぁあああ!?」
ビクッと体を揺らし、飛び起きた。なん、何だ!?
身構えて、奇声がした方を見る。一体どんな奇々怪々なモノが、そこにあるかと思いきや。
地面に座り込んで、変なポーズで固まっている、少女だった。
「だだだ、だっだっ! 誰ぇ!?」
いや落ち着けよ。
明らかに狼狽した少女に、最初の質問をする。
「何だぁ? あんた? いつの間に……」
そう、こいつには気配がなかった。
寝ていたとはいえ、俺なら、人が近づけば、気配に気付いたはずだ。だから俺は、見た目少女の相手に、警戒心を怠らずにいるのだ。
いつでも、抜けるように、傍に置いた剣の柄の上に、手を添えて。
だが、質問は、最後まで言い切る事が、出来なかった。
何故なら、少女の瞳から、突然ポロポロと大量の涙が零れ、柄にもなく、俺は慌ててしまったから。
「っ!? お、おい、大丈夫か? 何泣いて……」
見事な、号泣だった。
俺が、つい、警戒を忘れるほど。
こんな、小せぇガキみてえに、人前で隠す事なく、涙を流し続ける女を、見た事がない。
「うぇ、びっくりした、びっくりした!」
「え? あ、ああ、ええと、ご、ごめん?」
驚いて泣いてんのか? それにしても泣きすぎじゃないか? とは思ったが、口から出たのは、何故か謝罪。あれ、何で俺謝ってんだ?
「ヒック…………………」
「……………おい?」
何というか、出鼻を挫かれ、警戒してない事も気付けないくらい警戒すんのも忘れてて、何だこいつ、何だこいつ? とか思ってたら、いきなり、黙られる、とか、益々、何だこいつ、で。
で…………つい、眉を潜めて、促すように声を掛けたわけだが。
「ひ、人? 人よね?」
人か? と聞かれた。
人か、と聞かれたぞ俺。
「あ、あぁ、人だけど……」
人に見えないとか……?
え、まじで?
「ヒトォオオオオ!」
「ええっ!?」
そしていきなり、叫ばれた。不意打ち過ぎて、肩が跳ねた。だってよ、急に全力で、人とか叫ぶか普通………!?
相変わらず泣き濡れているし、相変わらずそれを気にしてないみたいだし、急に黙って急に叫ぶし、いやいや、まじで何だこいつ!?
若干引き気味で、若干狼狽えて、少女を観察してみる。
不思議な服を、着ている。きちりとした印象を受ける、見たことのない藍色の服には、原っぱの草が付いていた。それ以外に、特に変わった事もない、普通の少女。顔色はすこぶる悪いが、拳1つで伸せてしまえるような、普通の少女。あくまで、見た目は。
不躾に眺めていれば、その内、少女はここがどこなのか分からないようで、泣きながら聞いてきた。が、どうも変だ。
迷子かと思ったが、ニホンなどと聞いたこともない。
俺は立場上、国や地域には詳しい、よほど小さな町でないなら分かるはずだ。
国だ、と訂正されても、それじゃ益々俺が知らない筈はない。こいつ、頭がおかしいのか? と頭を疑い始めたところで。
少女は、おれの疑いを助長するような、とてもおかしな事を聞いてきた。
その時の彼女の瞳は真剣で、何かに縋るような色をしていた。
誰が聞いても、変だと感じる事を、真剣に。それがちぐはぐで滑稽で、内心首を捻りながら、まんま、聞かれた事に答えて返した。
俺は、聞かれたから、答えただけ。
それなのに、俺は、いけない事を言ってしまったような、気になった。ただ答えただけなのに、チクリ、と罪悪感が顔を出した。
俺の答えに少女は瞳を見開き、固まってしまったからだ。そしてみるみるうちに、その目は絶望に染まっていった。
いつの間にか止まったと思った涙が一筋、頬を伝い、顎を伝って落ちた。
俺が泣かせた訳じゃないのに、妙に後味が悪い。
放って置いてはいられず、少女の側に寄ると片膝を着いて、動かない彼女の肩に手を置いた。まあ、ため息は漏れたが。
「……ニホンとか、よくわからねぇが、あんたどうするんだ? ここにずっと居る訳にいかねぇだろ?」
「………………」
少女は身動きせず、沈黙したまま。虚ろに、空(くう)を見つめている。
どうすればいいのか、俺にどうしろってんだ。
ああ、そうだ。こういう時、同性の方がいいのかもしれない。
溜め息をついて肩に置いた手を戻し、その手で頭を掻く。
「ちょっと持ってろ」
そう言って、側を離れようと立ち上がった。
すると、くんっ、と服が引っかかる感覚。
何かと思えば、少女が俺の服を掴み、瞳を揺らせて、見上げていた。
「あ……いか、ないで……」
不安そうな顔をする少女を見下ろし、また、溜め息をつく。
「一体どうしたってんだ? 頭がおかしいのかあんた」
あ、言っちまった。
ずっと念頭にあったせいか、失礼な事ではあるが、そのまま口に出た。だって疑わずにいられねぇだろ、こんなもん。
少女は、俺の無遠慮な物言いに、肩まである髪を揺らし、首を横に振った。その質問自体は、気にしなかったようだ。
「私! なんでここに居るのかわからないんです!」
いや、俺もわかんねぇし。
「家に!……い、えに、帰りたいん、で……す」
最初は勢い良く、段々、小さく。すがるように俺を見ていた顔も、段々、下を向いた。
「あ、そう、じゃ帰んなよ」
「か!……帰るって、どうやって、どうやって帰ればいいの!?」
再びガバリと顔を上げた。
んな事俺に言われてもな………。
「はぁ? 知らねぇよ。歩いて? 迷子なら、連れとかいねぇのか?」
「迷子じゃないんです! あぁ! もう!」
急にタガが外れたみたいに、大声を張り上げ。
「じゃあ! もう迷子でもいいですよ! あぁ、そうだよ! 人生の迷子だよ! ちくしょぉおお!!」
ぇええ? 何どうしちゃったのこの子。
先ほどまでの、静けさは何処にいったのか。叫び出した、と言うか最早絶叫に達する大声に、困惑する。
「お、落ちつ、」
「落ち着けるかぁあああ!」
「おわっ!? お、」
「あ、あいつっ! セールだか、セールスだか知らないけど!」
「あ、え、」
「こんな所に落として! 意味がわからないっつーの!!」
「いっ!?」
少女の勢いに押されて、声を漏らしてしまっていたが、少女が両手で俺の服を掴み直し、強く引いた。ガクン、と自然に前に、のめる、ワケだが、ちょっ、まじでどうしたのこの子は!?
「あ、ちょ、」
「何だふぉくすって! 知らないよ!! そんなの、知らない!!」
近くなった、彼女の顔。
大粒の涙を流し。
「今すぐ帰して! 帰してよっ! 帰してよぉ……!」
全身で、叫んでいて。
息が詰まる。
胸が軋む。
服は掴まれたままの前屈みになった状態で、俺は頭ではなく、心が訴えた台詞を口にしていた。
「俺が、帰してやるから……泣くんじゃねぇ」
風は相変わらず、騒いでいた。
(口を動かしたのは)
(ほとんど無意識で)
(言ってから、何言ってんだ、)
(なんて、俺はどうかしてる)
(貴方がくれた光は)
(とても小さく、弱くて)
(でも確かに、私を)
(照らしてくれたんだ)