さわさわと、風の音がする。
それと、鳥の鳴き声。
制服から出た手足に、触っている何かが、擽ったい。
私は目を閉じたままぼんやりとそれを感じていた。
(………草の匂いが、する)
でも、このままじっとしている訳には、いかなくて。
仕方なく思考を働かせる。
落ちていた、暗闇を。
気付いたら、今。
……さっぱりだ。
とりあえず、ここが何処なのか、確認しよう。
どうか、どうか! 青とか赤とか紫とかのモヤモヤはありませんように……!
私はうっすらと目を開けてみた。
…………………おお、青い。
まず、目に飛び込んだのはきれいな水色。
空、だ。
その事に安堵する。
次に、手足に触っていたものを確認する。
草、だ。
当然、外に居るのだとわかる。
これだけでは、場所の特定は出来ない。屋上でない事は、確かだけど。
うーん。何処よここ。
のっそり、と身を起こす。
「…………………は」
そして、呆然とした。
目の前に広がる、草、草、草、所々に見える木々。
遮る物のない、広々とした緑と水色が、こんにちわ。
全くもって。
知らない、場所。
「何、よ、これ……し、森林公園……?」
いやいや、来た覚えないし………いやいや、
「いやいやいや、ない。これはないよ。うん」
否定しても景色は変わらない。だだっ広い平原が、巨大パノラマよろしく、目の前に広がっている。
目をしばたいても、擦っても、ベタだが頬をツネっても、あ、痛い、じゃなくて、目の前で意味なく手を振ってみても。
「なん……………」
なんで?
何でナンデ何でなんで、
「う、うそだぁぁああああ!!」
「うぉっ!?」
「おぎゃぁあああ!?」
最初に叫んだのは私、最後に叫んだのも私だ。
じゃ、間のは………?
アリスに成れない
「だだだ、だっだっ! 誰ぇ!?」
おおおお、落ち着け私いいい!
「何だぁ? あんた? いつの間に……っ!? お、おい、大丈夫か? 何泣いて……」
えぇ、もう何が何だかわからなくなって、不覚にも泣いてますよ……! 起きたら平原、って誰だって混乱するでしょうよ! そしてそこに、全く気が付かなかった第3者が居たとか、余計混乱するでしょうよ!
「うぇ、びっくりした、びっくりした!」
「え? あ、ああ、ええと、ご、ごめん?」
心臓が破れるかと思った。
今だって、ドキドキしている。
まあ、そんな報告しても意味はないんだけどね……! つかなのに律義に謝ったよ疑問系だったけど!
この人は別に悪く、あ、あれ、待て、待てよ。この、目の前の、男、に見える彼は、人、か………?
まず、目に飛び込んで来るのは、鮮やかな、ちょっと鮮やか過ぎるんじゃね? ってくらい派手な、オレンジ色の頭髪。
その下には、凛々しい眉と、切れ長の瞳。鼻の形いいなオイとか、ちょっと大振りな口元とかもイイ感じですなとか、全体的に顔が均整とれててこれぞイケメンだとか、ちょっと置いといて、瞳の色、が、緑、だ。
オレンジと、緑。
オレンジと、緑?
「ヒック…………………」
「……………おい?」
ええ、ちょっ、これ、どう捉えたら………!
外国、の人? にしても、このオレンジは天然では出せない色だ。染めてる? 染めてんの? いや待って、怖くなってきた、やだやだ貴方ちょっと!
少しだけ寄った眉と、訝しげに私を見つめる、緑の瞳を見返しながら、急いで口を開いた。
「ひ、人? 人よね?」
私って、なんて直球勝負。
だがもう、パニック寸前の私には、深く考える余裕が、なかった。
人かと確認するような事態になるとは、思ってもみなかったな………!
そしてこれ以上変な事が起きたら、今度こそ失神する。から、人って言ってお願いします……!
「あ、あぁ、人だけど………」
「ヒトォオオオオ!」
「ええっ!?」
人が、人が、人が居たー! うぁああ、人ですよこの人にんげんですよ! しかも日本語通じました神よ!
はっ! じゃなくて、えー、えー、そうだ! 取り敢えず現在地を!
「ズズッ、こ、ここ、は、 ヒッ、何処です、か………!」
「ここ? ここは、サウェリア大陸の、ウィッシュの草原、だけど……」
うん? 何か、おかしくね? まさかの、外国……?
男の人はスラスラと答えたけれど、聞いたことのない地名。やばい、また混乱してきた、やだ、一向に涙止まらないじゃないかコノヤロウ………!
「そ、れは、ヒック、つまり、ど、何処っ!? に、ズズッ、日本は!?」
「ニホン……? お前の家はそこか?」
ブンブンと首を縦に振って肯定する。男の人は眉間に皺を寄せて考える仕草すると、
「ニホン、ニホンねぇ……聞いたことないが、何処の町だ?」
と、また、大分とんちんかんな台詞を吐いた。
日本を知らない? そんなことがあるのだろうか?
指先が、冷えていくのを感じた。
「日本、は、国、ですよ」
ボロリ、とまた1つ、滴が落ちた。
「国? そんな国、この世界には………」
私、根本的に、間違っている。
って、気が付いたから、もう、涙を止めるのは無理だろう。
胸が、ざわざわする。
冷たい汗が背筋を伝った。
「この、世界、」
これを聞いたら、私は現実と向き合わなきゃならない、その質問。
聞きたくない
聞かなきゃいけない
見たくない
見なくちゃいけない
根性、だ、私。
覚悟を、決めろ。
「この世界、は、何という、名前ですか」
時間が止まったのかと思った。
何の音もしなかった。
「この世界? 変なこと聞くなあんた。《フォクス》。それがこの世界の名だろう?」
ただ、ただ、その言葉だけが木霊していた。
《フォクス》
それが、この世界の、名。
聞いた事のない、それが、世界の名前。
不思議の国のアリスは、何故すんなりと異世界で、
冒険出来たのだろう。
それが夢だったから?
じゃあ、私も夢だと、思えばいい?
そうしたら、この絶望から、
逃れることが出来ますか?
(こうして、)
(私はトリップした)
(想像以上の、)
(痛みを伴って)