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風影様の半分は優しさでできているに違いない。残り半分は偉大さじゃないかと予想。
最早憧憬の念でしか見られなくなった私を前に、風影様はオズに向き直った。

「オズワルド、契約は無事に完了したのじゃな?」
「おうよ、ばっちり」
「その後はどうじゃ」
「あー……」

オズは何故か言い淀み、私にチラリと一瞥をくれる。
わしわしとオレンジ髪の後ろを掻き、それな、と続けた。

「わりい、じいちゃん、部屋、潰した」
「なんじゃまたか」
「またっつうか……」

部屋、潰した?
思い当たるのは、死線を彷徨ったあの日の出来事。オズの巻き起こす風で部屋がグチャグチャになったあの日だ。あれをまたやったのかこの時々魔王は。
思わず引き気味にオズを見るも、あの日私を気にしても部屋については微塵も気に掛けていなかったオズが、何だかソワソワと目を泳がせていたのに、内心首を傾げる。
風影様も常と違うオズの反応に、怪訝な顔を見せた。

「今度のは、何つうか……部屋ごと……」

部屋ごと……なんだ。
とても気になるが、聞くのが怖い。怖くて聞けない。いやもう聞きたくない。


「ふむ、契約はしたが、使いこなせぬのか」
「うぐ……何とか、する。ただ場所は考えなきゃなんねえな」
「鍛練場では駄目なんですか?」
「全壊していいならな」

言い切ったあ!
オズの破壊宣言にクロウさんが半眼になった。判る。引くよね。私もどん引きしたよ。鍛練する為の場所が全壊レベルって。いやその鍛練場見たこと無いけども。

「あの広さでも、となると街中は厳しいの」
「ウィッシュの丘まで出張るわ。そうだな……2日。2日くれ」
「致し方あるまい。しかしあまり猶予は無いぞ。2日で物にならぬなら、ストックライトに協力要請を出す」
「げっ」
「げっとはなんじゃ。あれはお主と違って聡明じゃ。良い案を考じてくれよう」

すと、なんだ? 人?
それが出た途端、オズは物凄く嫌そうな顔をした。風影様は僅かに眉を釣り上げて、オズを嗜める。
お、おお……、オズが舌打ちしましたぞ。何がそんなに嫌なんだ。

「こざかしいだけだろ」
「悔しかったらちゃんと使えるようなって来い」
「はっ、悔しくなんかねえよ! 全然悔しくねえな!」

悔しいんだね……。
何だか判らないがオズが強がりたいみたいなので、生ぬるい眼差しを送ってやった。ら、目線に気が付いた途端ぎょっとされた。

「おま、何、その気味悪い笑い」
「要オブラート!」

貴方はどうしてそう全くもって包み隠さないの。正直かつ素直な君は、言葉というストレートパンチを内角から抉るように打つべしって習ったんですか何それ恐ろしい。

「おぶ、なに?」
「風影様、私にも時間をください」
「無視!」

うるさいこれ以上ありのままの貴方に私の心を傷付けられてたまるものか。何でもありのままがいいと思ったら大間違いなんだからな。これ以上は流石の私も泣いちゃうんだからな。

「ふむ、時間とな」
「はい。あの、森へ行ってもいいでしょうか」
「森? 社のある森か?」

今の私に必要なもの。
要所で要所で思い知らされてきた。
此処には車も電車もない。馬車は見掛けたが、機械文明は発達していないようだ。エレベーターもなければエスカレーターも。自転車さえ怪しい。

此処で問題発生。
コンクリートジャングルの申し子である私には、体力、持久力、腕力、脚力、全ての能力において、完璧に不足している。
この先まずやっていけないだろう。階段で息切れするのだ。ニートに甘んじている場合ではない。

「そうです。運動が必要だと思って」
「なるほど」

クロウさんが納得と頷くのを横目に、一呼吸。ちょっと緊張している。私の立場的に、口にするだけでもアウトかもしれない。それでも言うだけ言ってみよう。
私の心労軽減の為に。


「それと、何でもいいので仕事をもらえませんか」

三人とは言わず、此処に控えているメイドさんや兵士さん達までも、息を飲んだ。
驚かれるのは承知の上、非常識かもしれないと判った上での発言だ。未だ常識の齟齬は拭えないし、理解も及んでいない。
予測範囲内の反応に、私は息を落とした。やっぱ駄目か。

「いーんじゃねえの」

そんな時に、呑気な声を発したのは、オズだった。
まさかそんな軽々しく賛成してもらえるとは思っていなかった私が、驚いて彼を見ると、にっとやんちゃな笑みを返された。いやだどうしよう男前キャプテンのターンですよ。

「3代目、いくらなんでもそれは」
「じっとしてんのが苦痛な時もあんだろ」
「……ですが」

クロウさんは反対のようだ。メイド並びに兵士さん達は、黙ってはいるが互いに困惑の視線を交わしている。
多分、オズが変わり者なのだ、と思うには容易かった。
だが私は、その変わり者に救われる。常識よりも私個人を尊重しようとする気概に、胸が熱くなる。なんて素敵なんでしょうキャプテンは。時々魔王さえなければ、完全に恋に落ちますよこれは。時々魔王さえなければ。
風影様でさえ、弱ったような顔をしていたのに、オズのオズらしさに、いとおしむような眼差しを向けた。だよね、だよね、お祖父ちゃんなら男前な孫にデレるよね。孫万歳になるよね。


「そうじゃのう。先ず、森へ行くのは、お主なら良いじゃろう。見張りに伝えておけ、クロウ」
「はっ」
「それと、仕事じゃが……そうじゃ、書庫の整理を頼もうかの」

オズのおかげで、事は良い方へと進んだ。安定のチョロさを誇る私は、言い渡された結果に破顔する。

「ありがとうございます!」
「うむ」

最早脳内お花畑と化した私は、そのままオズにも笑顔を向ける。

「オズもありがとう!」
「おー、頑張れや」

キャプテンまじキャプテン。いやキャプテンでは無いんだけども。王子だけども。

「書庫、ですか」
「オズワルドとお主、後はメイを当てる。見てやれ」
「風影様も甘いですね」
「可愛い孫の頼みじゃ。聞いてやらんとのう」
「それはどちらの事ですかねえ」
「はっはっはっ」

書庫の整理と、ウォーキング、走り込み。目に見える目標は、気力を奮い起こす。よーし、頑張るぞう。

「ではわしはこれで失礼する」
「あ、はい。ありがとうございました」

風影様は多忙だ。食事の時間以外は顔を合わせる事がない。それだって毎回ではない。
謁見にはちゃんとした手続きが必要で、王様に会うには、やはりそれなりに面倒くさい手順を踏まないとならず、記録もされる。
前回の手続きを行ったクロウさんが言っていたのだが、食事で顔を合わせるのはありなのか、その辺のさじ加減はよく判らない。


「お仕事頑張ってください」

ぺこりと頭を下げて見送ると、風影様の頬が緩んだ。

「うむー、良いものじゃ。わしはこういうのを望んでおったんじゃ」
「はいはい、風影様、言われた通り仕事に励みましょうね」
「むう。クロウもオズワルドも、これだから男はいかん。見よ、この癒しの塊を」
「はいはい、後でお聞きしますからね」

クロウさんがぐいぐいと風影様の背中を押して去って行った。完全に介護士と介護されるお爺ちゃんだがいいのか。それでいいのか主従よ。

「メグミ、書庫に行くなら案内するけど」
「あ、はい。よろしくお願いします」

常識って何かな……と何処か遠くを眺めていた私の肩が叩かれ、現実に戻る。
頭を下げた私に、オズはミントも驚く爽やかな笑顔を見せた。








ニートからの脱却


(努力しよう)
(2日では)
(付け焼き刃にもならないと)
(判っていても)
(味方してくれた貴方に)
(せめて恥じぬ努力を)

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