43

今までで一番大きな音が聞こえた。
息を飲んで扉を見つめる。

鉄門には、内側にもう1つ鉄扉があって、今はその鉄扉だけが閉ざされていた。この扉、何故か開かない。鍵も無いのに。
中の様子は全く伺えず、聞こえる物々しい音だけが、彼の戦いを伝える。
戦い。そう、戦っているのだ、オズは。

部屋から出された私が、扉をどんどん叩いて喚くから、見兼ねた風影様が教えてくれた。
血が滲んでしまった両手の腹は、クロウさんが懐から出した包帯で巻かれている。

契約とは即ち、戦い。精霊との契約も、精霊に負けを認めさせる事こそが重要で、勝てば力を制御できる証になるのだ。
神の場合はどうなのか、風影様にもはっきりとは判らないらしいが、古い書物には、力の制御が要(かなめ)とあったと言っていた。

私に難しい事は判らない。でも、これだけ物騒な音を聞けば、想像くらいつく。

オズ、オズ、オズ――

何度も呼んだ。扉に向かって、早く出てきてくれと、何度も懇願した。
未だ、その願いは叶っていない。


「メグミさん、3代目はああ見えてとても強いんですよ。私では到底歯が立たぬくらいに」
「あれは初代に並ぶ程の力を持っておるからのう」

だから何だ。だから大丈夫とでも。そんな事を言われても、安心なんて出来ない。
どうして私は此処に居るの。
どうして何もしていないの。
これは私の問題で、オズは巻き込まれたに過ぎない。


「っ、オズ!」
「メグミさん!」

だん、と扉を叩く。クロウさんが慌てて私の手を掴んで止めた。

「なんで、こんなの嫌だ……」

ごん、と額を扉に付ける。
誰かがオズの役目をしなければならないなら、私は何という存在だ。私にしか出来ない事を勝手に押し付けられて、だが確実に私だけでは出来ない事が付いて回る。
オズでなくても、誰かがこうなるのだ。吐き気がした。

「メグミさん……」
「なんでかな。なんでなのかな。私には判んないよ」

救世主だか何だか知らないが、それでも私1人が苦労を厭わずいれば、帰れると思った。決してオズを犠牲にして帰りたいと思った訳では無いのだ。
けれど私ではどうにも出来ないのだから、と甘えた言い訳をする自分がいる。反吐が出そうなくらい汚い自分が、自分を慰める。

「オズ……」

ごつん、と額を打ち付ける。はっと息を飲む音が、隣から聞こえた。
ごつん、ごつん、ごつん。こうしたって扉は開かないのは判っている。

「メグミさん、御身を傷付けてはなりません」
「ならオズは?」

クロウさんが黙ったのをいい事に、私の口は言葉を垂れ流す。

「私は駄目で、オズはいいの? どうして?」

八つ当たりだ。判っていて、止まらなかった。

「メグミさん、3代目は、彼なら大丈」
「判んないよ!」

ごん、より強く額を打ち付けると、クロウさんは有無を言わさず私を扉から引き離した。

「メグミさん、落ち着いてください」
「だって、オズが、オズが、」
「大丈夫、大丈夫です」

勝手に出ようとする涙を、唇を噛んで堪える。
クロウさんは私を宥めようと背中を擦っている。
不安で、怖くて、押し潰されそうで、懸命に唇を噛みながら、私は扉を見上げた。

オズ――

手を伸ばす。再び叩くのを見透かしたクロウさんが、その手を掴もうとする。
そして、私の手が辿り着く前に、扉は内側から開かれた。

「っ――」

言葉が出て来なかった。
ゆっくりと開かれた扉の向こうには、あまりに悲惨な姿のオズが立っていた。
彼は固まってしまった私に気付くと、驚く事に、笑った。

「よ。はは、間抜け、づ、ら……」

力なく笑ったオズの巨体が、ぐらりと傾く。

「オズ!」

悲鳴で名前を叫び、咄嗟に支えようとしたが。

「お、あ、お、おも、ぐぐ、あっ!」
「心配しましたよ」

あまりの重さに共に倒れようかとした瞬間、クロウさんの手が私の背後から彼を支えた。

「本当に、心配させおって……うむ、気を失っておるが、怪我も見た目ほど大事ないか。精神力の消耗が激しいのじゃろう」
「では、私は先に」
「うむ、頼んだぞ」
「は、え、」

あんなに重かったオズの肢体が、クロウさんの肩にひょいと抱え上げられる。
唖然とそれを見上げていると、クロウさんはにっこりと笑んだ後、駆け出した。

「うええ!?」

その速度、風の如し。冗談でも比喩でも無く、ゆうに180センチはあるだろう男子1人抱えて、バイク便かと言う速さで廊下を駆けて行った。
ごしごしと目を擦る。もう2人は見えない。えっ、早送り? いつの間にか私に早送りの機能が備わった?
再び目を擦るが、私の目の機能については当然ながら何も判らなかった。

「メグミも戻ったら休みなさい。ほれ、行くぞ」

なんて言われたが、へなへなと私はその場にへたり込んだ。

「は、はは、なんか足に力入らなくて」
「はっはっはっ、安心したのじゃろうて。どれ」
「ほわあっ?!」

浮遊体験再び。
なんでこうなる?!

「ちょっ、風影さ、ひいっ!」

この不安定さが堪らなく怖い。なんてったって風で浮いているのだ。

「おお、やはり力が増しておる! こりゃあ早く戻れそうじゃ!」
「かっ、風影様! 無理です無理なんです降ろし」
「かっ飛ばすぞおい!」
「のぉおおおおおおお!」

私の、話を、聞けえええ!

言うなれば、ジェットコースターの支えなし、座席なし状態。
私の絶叫が聞こえないのか、風影様はひゃっはー! と歓声を上げてスピード狂と化している。

こうして私のトラウマは確立した。
途中気を失ったのは言うまでもない。







常世の女性は




瞼を射す眩しさが、私を眠りから引き剥がす。
ぼんやり朝だと認識しながら、もそりと寝返りを打った。

んー? なんか、もふもふ……気持ち、いい。


「……ですわ」
「まあ、……は……した……ほほほ」

う、るさいな……疲れてんだから、ゆっくり寝かせ、て……。

「こらあ!」
「ふあ!?」

びくりと震え、開眼する。ぼうっとする頭で、それでも何事かと目を擦った。

「何してんだいあんた達は! ああ、ほらっ、起きちゃったじゃないか!」

厳しい声は、誰だったか。身体が重い。足が尋常じゃないくらい怠い。

「えー、今のはメイさんが悪いんじゃ」
「あんだってえ?」
「ひっ、申し訳ございませんでしたっ」

メイさん。ああそうかメイさんだ。
上げかけた頭をぼふんと枕に戻すと、その柔らかさに全身が弛緩する。瞼が落ちて行く。なんだろーね、この枕、魔力があるよ……。

「あら、なんだかまだ半分寝ていらっしゃるようですわ」
「みたいですわねえ。ほほ、可愛らしいですわ」

ぐいと布団と引っ張り上げると、ふわふわもふもふが私を余す事なく包んでくれた。ふわっふわだわー。なに私の布団ってばいつの間にグレードアップしたの。
眠気がこびり付く頭で、幸せな事を考える。勝手に布団が進化するわけがない。メイさんの顔と共に自分の環境を思い出して、寝起きに他人が居合わせる不幸にも慣れつつある私は、早くも現実から逃げていた。

「メグミ、寝てんのか起きてんのか、はっきりしなあ!」
「ほうおおお!? をををきてまあす! おき、起きましたからあ!」

肩をがっくがく揺すられ、一気に覚醒する。私の寝起きの悪さが仇に……。

「メイさん……」
「はいよ。お目覚めだね。おはよう」
「おはよう、ございます」

のろのろと起き上がり、かくりと頭を下げる。
あの、もうちょっと優しく起こしてくれてもいいんじゃないかと……。

「本当はもうちょっと寝かせてあげようと思ってたんだけどね。疲れてただろうから。ま、起きたんだし、さあさ、顔洗って!」
「メグミ様、此方へ」
「あ、はい」

私の部屋に居るメイドのお姉さんは、かなりの確立で同じメンバーだ。ある意味此処で誰よりも見慣れたお姉さん2人に連れ添われて、洗面所に向かう。
洗面所と言っても、蛇口とかは無くて、お風呂場の横にある鏡台の上に、銀タライが置かれているのみ。
そこに水を注ぎ、顔を洗うのだ。冷たい水で頭も引き締まる。すかさずタオルが差し出され、拭っているうち歯磨きの用意がなされる。
タオルと引き換えに歯ブラシを受け取り、鏡を見ながらウォッシュ。絶妙のタイミングで、今度はコップが差し出され、タライにうがいした水を吐き出して、はい終了。
私ももう一々狼狽えない。まあ、例え狼狽したって、プロフェッショナルととしか言い様のないメイドさん達は、お構い無しに見事な手腕を見せるんだけど。

部屋に戻ると、待ってましたとばかりに、メイさんが洋服を広げた。

「今日はこれにしようか」

自分はシンプルな薄ピンクのネグリジェっぽいものを着ていた。……何も言うまい。
恐らくお着替えさせてくれたであろうお姉さん達は、メイさんと服についてあれやこれや話している。
ふと窓の外を見やる。快晴だった。ただ昨日と違って雲が泳いでいる。昨日は……昨日、昨日はオズ!!

直結した人物に、背筋が冷える。

「メイさん! オズ! オズは!」

突然迫った私に、メイさんはちょっと目を見開いた後、にこりと笑む。

「3代目に会うかい?」

会える!
コクコクと何度も頷く私に、メイさんが笑みを深くした。

「じゃ、さっさと着替える」
「はい!」

そして私は、いまだかつて無い潔い脱ぎっぷりを披露した。







(早く! 早く!)
(もうすぐ終わるって)
(えっ? 終わった?)
(あっ、お待ちください!)
(メグミ様まだ)
(うをおお待っててオズゥ!)
(背中の留め具があ!)

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