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泣かないんですね。

そう言われて私は困った。
困ったのだ。他に言い様が無い。
だって何を私が泣く事があるんだっていうの。理由が無い。だから私は困る以外なかった。

それなのに。


「できっ、ない、できないよぉ………!」


私は何故鼻水垂らして泣いているんでしょうかねこれ。




神の社と鼻水












ザワザワと、木々が揺れていた。
結局私はあれから2日程、放置プレイをくらった。何もしない事は苦痛だったけれど、離れぬ小さな光が抑制になって、とにかく部屋に籠もって大人しくしていた。
そうして3日ぶりに外に出て、風影様とオズとクロウさんと、他にも数名伴って、森を進んでいた。
で、なんでか知らないが、私は精霊さん方に囲まれていた。背中をぐいぐい押して来る数匹に、髪の毛引っ張って来る数匹に、光の塊がフヨフヨふよふよ、道案内するように飛んでいて。
前が、見えなかった。

足元に何も無い事に気が付いたのは、ぐわっと内臓が浮いたような感覚に見舞われてからだった。背筋が凍った次の瞬間、手を掴まれ、重力が身体を襲った。
そんでもって、次に見えたのは逆さまのクロウさんで。


「危ないところでした」

「――……は」


にっこり三日月を作った瞳に、安堵の息を吐いた後、あれなんで逆さまだと脳みそがフル回転し、答えに至ったが最後、跳ね起きて高速後退りをかまし、木の幹に後頭部をぶつけた阿呆は何を隠そうこの私だよ!
もうね、膝の一言を発するのに、ひっひっひっ、とか言っちゃってね、何か産むのか私はっつーね。何処がどうなってまさかの膝枕なのか判らないけど、よく知らないイケメンに膝枕されて動揺しない訳がないよね。動揺した結果が阿呆と化したのはもう不可抗力というか、思い出すと顔でホットケーキ焼けそうです。

じゃなくて。

何この無駄な回想。そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。
例えクロウさんがさらっと自分は膝枕される方がいいとか至極どうでもいい情報をくれたとしても、今度はしてくださいねとか絶対叶わない約束取り付けようとしてたとしても、それは今関係ない。いや膝枕されるのもするのもごめんだけども。そこは譲れないけども。
それは今置いといて。
いつもは顔を出さない契約無しの精霊が、自ら寄って来る事に、風影様以外は驚いていたようだった。神の社とやらは、ちょっと遠くて、かなり意外だった。神社を想像していた私は、その神殿と言っていい風体に衝撃を受けた。でかいし白いし立派だし。石柱私の腕回り切らないんだよ? 天井私が2人居ても届かないんだよ? 聞いてねーよ!
で、例のごとく入り口でひいいとどん引きした訳だが、ここからは聖域だと兵士さん達を置いて、風影様とオズとクロウさんだけがさっさと入って行っちゃって。
3人に振り向かれて。
口元引きつったけどその催促に抗えず。
足を踏み入れた、瞬間。

私はよく判らない場所に居た。

は? である。
白い、何も無い場所だった。部屋は円になっていて、壁に沿って幾つか石柱が建っていた。部屋の中心にはこじんまりとした台座が1つあり、誰も居ないそこで、私と台座が対峙している状態。静かだった。そしてとにかく訳が判らなかった。

そんな軽く混乱した私。もう本当に突然、声が聞こえて、曲者?! とか言う暇なく声が聞こえて。
その声が言うんです。
朽ちていく世界を見ろと。
蝕まれる命を知れと。
もう完全にパニックですよね。
え、パニックになるよね? 普通なるよね?
何なにやだ何これやだあ! とかしか口から出ないんですよ。頭の中も似たり寄ったりですよ。
そこで声は埒があかねえなとでも思ったのか、やり方を変えてきた。
空間に何か、映像が浮かんだ。水溜まりのような、丸い映像だ。そこには、私が今見た精霊の何倍もの数のシルフが、森の中、楽しそうに泳いでいる様子があった。
隊列を組んで泳ぐもの、円を作って飛び回るもの、ゆっくり左右に揺れるもの。勿論、光の粒も沢山浮いている。そして様々な動きをするシルフ達だが、どれも一様に、そこに風を生んでいた。
隊列が空を横切れば、木々の葉がざわざわと揺れる。円を描くシルフ達は、花弁を舞い上げた。
黄緑色の光の粒。幾つか強く輝いて、小さな毛玉に生まれ変わる。

綺麗だと思った。
パニックは何処へやら、素直に美しい映像に目を奪われた。
映像が変貌を遂げるまでは。

木々が枯れ、花が朽ちる。毛玉は光の粒へ、光の粒は空気へ溶け、やがて消える。
水溜まりの映像は、散っていく精霊の姿を幾つも写した。幾つも、幾つも。気付けば部屋は、沢山の水溜まりに埋め尽くされていた。

こうなるともう完全にホラー映像ですよね。ただのグロ映像ですよね。スプラッタじゃないだけで、十分グロテスクですよね……!
当然私の柔な精神は耐え切れず、目を閉じ拒絶した。
こんなものを見ろと、知れと、声はそう言うのか。知って私にどうしろと。やめてくれ、そんな重さは、背負えない。

『救えるのは』

知らない、知らないそんなもの。私に言わないで。私には、私には――

『救世主だけ』

「っやめて!!」


「わっ!」


覗き込む、エメラルドアイ。目が合っても、今だ私は、自分が何処に居るのか判らなかった。夢か現つか、或いはその狭間。


「大丈夫、か?」


涙が出た。
自分はいつからこんなに泣き虫になったんだろう。易々他人の前で泣けるなんて、涙腺がおかしくなったか。


「お、おい、どうした? どっかいてぇのか?」

「っ、わた、し」


ねえ、どうして私なの。
それを私は、何処にぶつければいいの。


「できっ、ない、できないよぉ………!」


神様が居るなら、それは私の敵に違いない。











(神様なんて、)
(きらいだ)


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