33


「お、お前っ、精霊使いだったのか!」


まったくもって違います。





右も左も行き止まり










驚愕の表情へ、私は言葉の代わりに、ブンブンと首を振って否定を示した。お兄さんは一瞬、え? みたいな顔で眉を寄せたが、直ぐに剣を抜いて構えた。いやいやいや否定したじゃん!
鈍く光る刃に血の気が引く。そんなもの向けられた試しがない。青ざめた私は焦って更に首を振るが、お兄さんは構えを解かない。ええもうどうしよう!?


「ちちちちが、こっ、これは違うんです!」

「ちくしょう、兄貴の居ない時になんだって……!」


パニック寸前で何とか言えど、お兄さんは既に聞く耳を持っていない。聞いてー! そんな切羽詰まった顔をしないでー! 誤解なんだってえええ!

こんな展開は望んでいないというのに。お兄さんだって、お兄さんだってそうじゃないのか。穏便に、は無理だとしてもかすり傷では済まない事態は避けたい筈だ。そこは両者同意見の筈だ。そう思いたい。だから刃を収めてプリーズ!


「何にも! 何にもしません! これは、ええと、さっき! さっき見付けて捕まえただけで! もう全然関係ないん」
『δδー!』
「わあっくりした!」


必死に弁解していれば、シンが大きく鳴き声を上げた。甲高い、聞いた事のない鳴き声。驚いてシンを見る。続いて目を見張った。
シンはすううう、と息を吸い込む。そうしたら胸が倍ぐらいに膨らんだ。何それ。何なのそれ。何する気なのあなた。
一瞬気を取られた私の前で、それは勢い良く吐き出された。


「うわあああ!?」
お前何先制攻撃繰り出してんのー!?


ぶう、と尖らせた口から吐かれた息は、風となった。それはお兄さんを襲い、彼は後ろに数歩よろめいた。
何とか暴力沙汰は避けたいと努力した、その苦労が水の泡、とか……!


「くっ、てめえら……!」


しかも息が続かないと風も続かないというオチ付きだよバカヤロー!
足止めにしても一瞬。更にお兄さんの警戒は濃くなって、二度目はないと言わんばかり。良い事なしじゃないか!


「逃がさねえぞ……」


違うんですううう! 私に反抗の意思はないんですううう! いや棒切れ振り回しといてそれもどうかと思いますが、今のは本当に私の意思じゃないんですううう!

そう思って首を振るも、ギラギラした眼差しで、剣を構えながら低い姿勢でジリジリ移動するお兄さんは、完全に戦闘体制突入。


『δー!』


そしてこっちもやる気満々です。泣きたい。
小さな身体で、庇うように私の前に立ちはだかり、お兄さんに威嚇のような鳴き声を上げる。互いに敵だと認識し合ったふたり。もう私がガクブルしてようがお構い無し。何なのこれ誰か止めてえええ!


「ちょ、シン! 駄目だって、だってキミは、」


だってキミ、は――

オズが言ったんだ。精霊の力は見た目に比例するって。

小さな、小さなキミ。栗鼠よりも小さいじゃないか。きっとさっきの突風は精一杯。だから、


「私はいいから、大丈夫だから」

『δー!』

「いいの、いいからキミは逃げ」
『δー!』

「いや駄目だよ逃げ」
『δー!』


頑なぁあああ……!
断固として譲りません、という思いが、声から、微動だにしない体から、伝わってくる。皆まで言わせないし。こんな時だけ意志疎通出来るから嫌になる。


「シン! いいから言う事聞きなさい!」


お兄さんが息を細く吐いているのが見えた。いよいよ、そんなふうに思えた私は、声を荒げてそう言った。
シンは、それにビクリとし、漸く私を振り返る。


『εー……』


駄目よ。
甘えるような上目遣いを、厳しい目で見返す。
叱られた子犬のように、しゅんとなったシンを見れば、これで引き下がるかとも思えた。けれど、状況がそれを許さなかった。
カチャリ、鳴った音に、シンが反応した。さっと前を向き、呼んでももう振り返らない。
この小さなものが、傷付けられる瞬間、なんて。


「シン!」


ぞっとして叫んだ瞬間だった。シンがお兄さんに向かって突進した。剣が振り上げられ、斜めに振り下ろされる。息が詰まる。ひやりとしたものが体内に走る。
シンは直角に曲がり剣を避けた。身体が硬直した私は、眼球だけでそれを追った。隙を突こうとしたのか、息を吸い込んだのが見えた。
そして、シンは、見えなくなった。


「シッ、シン!」


代わりに見えたのは、麻袋。突然麻袋を被せられたシンが、中で暴れ、袋の形が歪に変化している。口を押さえる手は、お兄さんのものではなく、彼に兄貴、と呼ばれる大柄な男だ。


「精霊使いだったとはなぁ」

「兄貴!」

「飯から戻ってみりゃあ、何やってんだこのバカ!」


べしんと頭を叩かれたお兄さんが、口を尖らせながら、だってよぉ、と情けない声を出す。2人の男には、シンの高い鳴き声が、聞こえていないかのようだ。


「しっかし、こりゃ儲けもんだ。こいつと契約すりゃあ、盗みも楽になる」

「え、でもこいつ、この女のもんじゃ……」

「はっ、ほんっとにバカだなおめぇは! 契約破棄させりゃいいんだよ。出来なきゃ出来ねぇで、こいつぁ高値で売れる。その女売るより高値でなぁ」


ハラハラと袋を見つめていた私は、思わず口をひん曲げて男を仰いだ。なんて最低な考えなんだ。


「さすが兄貴、何でも知ってらぁ! あ、でも契約破棄ってどーすんで?」

「そりゃあ……」


男の目が、私を捉える。ぎくりと肩を揺らしたのを、鼻で笑ってから直ぐ、お兄さんに視線を戻した。私なんぞ問題にもならないと言うように。


「そこの女が自分で破棄するか、――かだ」


え?


「しかし――ちまうのは勿体ねぇ。こいつの家から踏んだくった後は用はねぇが、金になるなら売っぱらった方がいいからな」

「おおお、兄貴はやっぱすげぇ!」


なんだろう、男の声が聞き取りにくい。
いや――否、本当は聞こえていた。ただそれを理解するのを、心が嫌がって形にしない。恐怖が勝って耳を塞いでいる。拒絶したって、私はもう最初にそれを聞いてしまったというのに。
それでも――


「だからな、おじょーちゃん」


再び、男の目が私を捉える。


「大人しく言う事を聞きなぁ」


そしてにやりと、笑った。
キィキィと、シンの高い鳴き声が、くぐもったまま響き続けていた。










(ノーと言えたら)
(その選択肢は消え去った)


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