32


どうしたらいいか全く良い考えが浮かばぬまま、刻々と時間だけが過ぎていく。
謎の文字と睨めっこしていたのが、最早遠い昔に思えますな、はっはっはっー………、

ど う し よ う 。

誰だなせばなるとか言った奴。どうにも出来ない事が世の中にはあるんだよ。拉致監禁とかトリップとか拉致監禁とか拉致監禁とか。
扉から一先ず離れた私は、元居た場所で大人しく座している。どれくらい時間が経ったのか、細々と聞こえていた扉向こうの声は、無くなった。寝たのかな。
立ち上がるのは結構大変なので、膝立ちで扉に寄ってみる。灯りは漏れているから、誰かしら起きて……――


「…………ないのかよ」


思わずぼそりと突っ込む。
恐らく、見張りだろう男がテーブルに、居るは居る。だが腕を組んだ、見た目二十歳前後の青年は、目を閉じて、更に仰け反って大口を開け、見事な居眠りを披露している。んご、ってお前見張り失格だろおい。
のろのろと立ち上がり、扉に背を向けた。さっき男が出入りした感じでは、鍵とかかけてなさそうだったけど……。


「開いたし……」


馬鹿にしてんのか。監禁されている身で言うのもなんだが、あまりにグダグダで心配になる。いいのかお前らそれで。いや私は助かりますが。
そっと扉を引く。鳴るな、鳴るなよ――キィィ――鳴ったあああ……!
ひい、と身体を強張らせ、一時停止。心臓がどんどこ言っている。起きた? 起きたか? ひと一人分開いたそこを、振り返りながらそろりと覗く。


「……む、んご」


セェフゥウウ! セーフ! やった! 良かった! 見張りとしちゃ最悪だけどな!
吐いた息が震える。足も震えていた。こんなに緊張するのは生まれて初めてだが、それでも何とか自分を奮い立たせる。今が絶好のチャンス。きっと今を逃せば、もう逃げられない。
息を止め、慎重に隙間へと身体を滑らせる。全部入り切ったところで、私は再びぎくりと身体を強張らせた。
ミュウ、と、聞こえたのだ、確かに、今。
まさかと思い、素早く視線を走らせる。青年は、動いて居ない。変わらずだ。ゆらゆら揺れる、ランプの灯り。蝋燭はもう、半分もない。乱雑に積み上げられた木箱。農具か何か、隅に無造作に転がっている。木で出来た格子の窓。星がチラチラと瞬いているのが見える。その時、視界の隅で何かが動いた。
勢い良く其方を向く。


「シッ、」


思わず声を上げかけて、慌てて口を閉じる。青年に変化なし。ほっとするのも束の間、ふよん、ふよん、と左右に揺れながら近付くシンを、睨み付けた。
シン! なんで此処に居る!


『θー?』

「しっ、しー!」


口元に指を当てたいが、それても出来ない。いい、の口でシーとそれだけ伝えると、シンは不思議そうに空中で身体を斜めにしたが、それ以降鳴く事はなかった。
寄って来たシンは、私の周りを一回りして、お腹の前に来たかと思うと、じっとそこにある縄を凝視する。
えーと、シンちゃーん? 取り敢えず起きないうちに逃げないとなんだけどなー……。


「シ、シン、行かないと……」


チラチラと青年を伺いながら、囁いてみる。と、シンは何故かムン! と胸を張って見せた。胸とかあったんだね。そして何故私の周りをぐるぐる回り始めたんだい。何をしているんだい。


「シン、遊んでる場合じゃ……」


段々早くなるシンは、もう目では追えない。そして困って口にした瞬間。


「え」


ぱさりと、縄が落ちた。
呆然。


「………………………」
『δ』


いや何そのやりきった感溢れるミュ。シンは満足そうに身体をひと震わせし、私を見上げる。いや取り敢えず目は合ったものの、相変わらず意志疎通はならないので、は? と首を傾げたけども。


「んー……」


はっと今の状況に気付く。
気付かせてくれたのは悪い事に爆睡していたお兄さんだ。振り返れば、腕を伸ばして身を起こしている最中。まずい。非常にまずい。


「ふああ……ん?」

「っ、シン!」


目が合った瞬間、私は弾かれたようにシンを引ったくり、出口に向かって走り出した。シンを胸元に押し込む。


「あ? あ、あっ、こら待てテメェ!」


誘拐犯に待てと言われて待つ馬鹿が居るか!
ガタリと鳴った物音を背に、無我夢中で出口の扉へ走り、押し開こうと手を伸ばす。閂はかかっていない。とにかく外へ出れば、外へ……!


「っ!」


どんっ、とそれは無情な振動を、私の腕に伝えた。
嘘、開かな、


「残念だったなぁ」

「っや、なんで!」


笑いを含んだ声は焦りを増長させた。力任せに扉へと体当たりするが、やはりびくともしない。引いても同じ。古めかしい扉はガタガタと鳴るだけ。開かない、開かない、なんでよ……!


「戻った方が身の為だぜぇ。おじょーチャン?」

「っ、」


迫った声に、身体を反転させる。ニヤニヤと笑むお兄さんは、じゃり、と土が剥き出しの床を踏んだ。
素早く視線を走らせ、掴んだのは、只の棒切れ。転がっていたそれは閂か。今はどうだっていい。


「おいおい、そんなもん持ってどうする気だよ」

「ちちち近寄らないで!」


棒切れを構える私に、お兄さんは小馬鹿にしたような失笑を漏らし、私を無視して足を踏み出す。近寄んなって言ってんだろ私が困るから!
ぶん、と無闇に棒切れを振る。遠心力で身体がよろめいた。慌てて体勢を立て直すが、見事なまでの非力さに、お兄さんに今度は声を立てて笑われる。私の筋肉ちくしょう!


「ほらほら、怪我するぜ?」


私がな! そんなの解ってます!


「そんなの置いて、部屋に戻れって。今なら見逃してやるからさぁ。痛い目見たくねぇだろ?」


諭すような口振りに、フルフルと首を横に振る。見逃すと言うなら、このまま行かせて欲しい。無理でしょうけど。
大した運動量でもないのに肩で息をする私を、お兄さんは呆れたように見返して、溜め息を吐く。それからチラリと、私が握る情けなくも震える棒切れを見て、雑にガリガリと頭の後ろを掻いた。


「ねみーんだよ俺ぁ」


面倒臭そうにそう言って、何の躊躇いなく、ずいと私に近付く。迫ったそれに、全身が緊張した。伸ばされる汚れた手。思考は働かない。考えるより先に身体が動いた。これが恐怖に支配された状態という事を、把握出来ないままに、角張った棒切れが、振り下ろされる。
私の腕なのに、私の腕ではないように。とっさの判断なんて、私に出来やしない。振り下ろしたのは私なのに、それを否定するかのように、私の両眼は固く閉ざされた。そして――

――ガツン、と固い手応えと振動が、腕に伝わった。

………うん、あれ? ガツン?
そっと薄目を開く。それから呆然となった。
私の振り下ろした棒切れは、お兄さんの剣の鞘に受け止められていた。まじか。


「っあ!」


呆然となったその隙に、お兄さんが私ごと引っ張るように、棒切れを取り上げた。よろめいた身体は、お兄さんによって安定する。腕を掴まれた。棒切れの転がる音がする。まじかまじかまじかー!


「手間かけさせんじゃねぇよ」


焦って身を引くも、いとも簡単に引きずられる。私の非力加減すごい。


「や、やだやだやだやだー!」


まるで小さな子どもだ。それでも私からしたら、必死。足を踏ん張り、金きり声に近い叫びを上げると、うるせえ! と一喝される。それでも抵抗を止めないでいると、かなり乱暴に手を引かれた。足がもつれる。咄嗟に掴まれていない右手が出る。剥き出しの土の床が迫る。転ぶ。

と、思ったのに。


「ぶあっ!?」

「うおっ、なんだ!?」


ところが私の身体を、支えたものがあった。風だ。突風と言っていい。ぶわりと、私の身体を押し戻す程の風が、吹き付けた。藁が舞っている。
そんな中、一気に身体を起こされた私は、今度は後ろに仰け反り両手をわったわった羽ばたかせています何だこれ。


「わ、わ、」

「い、今のは、まさか」


変な動きの私は気にならないのか、お兄さんは緊迫した声を出した。後ろ足を一歩、何とか体勢を保ったところで、ミュー! と勢い良く飛び出したのは、シンだ。
あっ、と声を上げたのは、私とお兄さん、両人だった。



不幸は突然に3











(出てきちゃったよおい)



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