31


なにがおこった。
思っても全然考えられない。そんな余裕あるわけがない。


「なななな、おわー!? やめっ、まじでまじでまじでぎゃああああ!」


空中を、転がる。

正にそれだ。まんまそれだ。どういう事だ空中を転がるって……、え、どういう事ですか。
宙を舞うでも、空を飛ぶでもない。重力に従い落下し始めると、下から突風が突き上げ、また空中に放り出される。その度に視界はくるくると回り、引き釣る咽喉で悲鳴を上げた。転がっている。転がされている。おっとー、吐きそうだぞー?


「っ、いやいやまじっ、で」


耳元では絶えず風の音。ビュウビュウ、ヒュルヒュル、世界が回る。吐きそうとか言ってる場合ではない。吐く。キラキラした星空にキラキラしたものが舞う。やばいそれは死にたい。いや死にたくないから助けて。


「死にたくなる前に助けてええええ!」


正しい解答です。ってだから言ってる場合か!


「シン! シン! 降ろして! お願い! 舞うから! キラキラしたもん舞うから!」


叫んだそれが、届くかどうか。風の音が凄くて、シンの声なんか勿論聞こえない。それでもキラキラしたもんを出したくない私は、力一杯叫んだ。


「降ろせえええええ!!」


叫んだ直後、回転は止んだ。




不幸は突然に2





回転が止んだからと言って、それは喜ばしい事でもなかった。次に私を襲ったのは、紛れもない大きなGである。
そう、落下したのだ。当然の結果である。覚悟した。もうトマトとか思い浮かぶ暇もなく、死を覚悟しました。
最早叫ぶところではなく、いや叫んだけど、あまりの恐怖に意識は飛んだ。こう、落下しながらのー、叫びながらのー、途中白目向いて意識ブラックアウトー、みたいなー。花の女子高生にこれあんまりの仕打ちじゃね?

で、目を覚ましたなら、私は縄で縛られてました、と。あんまりじゃね?


「何この強制イベント……」


全然意味が解らない。なんでこんな事になったのか。星が降って来たかと思えば、何か緑色で、その緑色の光が沢山寄って来て、私包囲網完成で……。キィ、と甲高く軋んだ音がして、肩が跳ねた。


「目が覚めたみてぇだな譲ちゃん」

「…………………」


人影が近づいて、そう言った。取り敢えず嫌な予感しかしないので、後退り。背中は直ぐに何かに当たった。
暗くて、よく解らないが、据えた匂いがする。此処は何処でしょうか。そしてあなたは誰でしょうか。
顔を判別出来ない暗さだが、声は野太く、身体のシルエットも大きいから、男だろう。彼の背後には、彼が入ってきた扉がある。そこから灯りが漏れていた。


「ど、どちら様でしょう」

「譲ちゃん、随分良い服来てるが、何処の家の子かねぇ? 名前を言えば、今のところ乱暴な事はしねぇぜー?」


テンプレの誘拐犯んんん!
まじすか、え、まじすか。誘拐された。拉致監禁されてる。え、まじすか。


「や、あの、私んち別に金持ちじゃ」
「さっさと名前を言え!」
「わあ! 恵! 恵です!」


急に大きな声出さないでよー! 吃驚するじゃないか!


「ああ? ………変な家名だな。まあいい。大人しくしてろよ。逃げようとしたら、殺す」


ゾッとして肩が強張る。冗談にしたって、こんな現実味のある“殺す”を、今まで味わった事はない。平和に見えた。平和に思えた。
オズに声を掛ける町民が、脳裏を過った。
男は私から離れると、扉から出て行った。
あ、やばい、ちょっと泣きそう。なんで私がこんな目に。言ったらキリがないそれだが、そういう運命でしたと納得する程、人間が出来ちゃいない。ほら私、人格形成の最中だし。まだこれから作られていく部分沢山あるし。多感なお年頃だから、うん。


「はあ………よし」


気持ちを紛らわせたら、状況確認である。泣いている場合じゃない。私に身元引き受け人は居ない。
借りていた服が上等だったから、金持ちと勘違いされたようだが、実際は私には誰も居ない。お金を出してくれる人も、助けてくれる人も、探してくれる人も。あ、でもオズとかは、急に居なくなったら探してくれるかもしれない。
うーんでもなー、私救世主として役に立たないし、急に現れたんだし急に消えてもあんまり驚かないかも。とにかく、必死になってくれる人は、やっぱ居ないだろーな。
だからこそ、やばい。私が価値のない人間だと悟られる前に、何とか逃げないと、本当に殺されてしまう。殺されて……、いやいやいや。頭を振って余計な思考を追い出す。逃げないと。
縄は私の身体をぐるりと縛っているが、手は縛られていない。自由はほとんど利かないが、動く手首から先を、壁に這わす。立てる、かな?
ぐっと足に力を込める。ピキリ、とふくらはぎ辺りに瞬くような痛みが走った。息が詰まる。だ、大丈夫。痛くない、痛くない。
踏ん張る度に痛みが走るが、堪えて立ち上がる。これだけで、汗が額と背中にじわりと浮き上がった。息も荒くなった。
ふーふーと息を整えながら、周りに目を凝らす。扉から私の後ろの壁まで、距離はほとんどない。小さな長方形の窓が、右手の上部にぽつんとある。星は良く見えたが、月明かりが弱いのが、今は痛い。本来明かり取り用であろう窓からの明かりは、期待出来なかった。
しかしその窓も近い。つまり部屋は恐らくとても狭いのだ。窓の下には何も無さそうなので、左手に壁を沿って歩き出す。やはり、直ぐに角へ行き着いた。
曲がり進もうとしたら、足に何かがぶつかった。手を這わして確かめる。木箱のようだが、よく解らない。私の頭より高い、木箱なら積み上げられているってところか。思わず項垂れる。


「詰んだ」


木箱らしき物は横幅からして、がっつり四つ角の角の1つを、埋めてしまっている。この物体に沿って歩いたところで、辿り着くのあの扉の前。明かり取りの窓からなんて、どう考えても抜け出せない。つまり出口は1つきりって事。清々しいまでに詰んだよこんちきしょう。


「…………どうするよー」


どうにもならんぜこれは。考えうるのは、チャンスを伺いつつ様子見、ぐらいか。扉の先に何人いるのか解らない限り、強行突破は無理だろう。いや何人でも無理だろうな、私のステータスじゃ。まったくシンは私をあれからどうしたん、だ……。


「シン………」


そう言えば、何処に行ったんだろうあの子は。ポケットにも、勿論服の中にも居ない。居れば出て来る筈だ。


「シン?」


ざわり、と不安が押し寄せる。まさか、あの男に――いやいやまさか。人間が近付くと直ぐ様隠れるような子だ。きっと逃げたに違いない。
そうだ、男は精霊の事なんか言ってなかったし。珍しい筈だから、精霊が私と居たら訊くだろうし。契約者って可能性も出てくるし。となるとこんなにお手軽な拘束で済むと思えないし。
うん、男は多分見てないんだ。って事は、シンは気絶中の私を放置したって事か。ほほう、なるほど、鬼畜だね。


「………ま、いいけどね」


あの子を犠牲に助かったとしても、多分全然嬉しくなかった。感情に敏感なのか、私はふとした瞬間に気分が沈んだりする事があって、そんな時決まってあの子はもぞもぞと、背中だったりお腹だったりを擽った。
きっと、あの子なりの気遣い。気が付いた時のむず痒いあの気持ちは、今でも私をほんのり幸せにしてくれる。
だから許そうじゃないか。吐かなかったし。ね、これ重要。
さてシンは大丈夫だろうとして、私はまだ絶賛ピンチ中だ。取り敢えず、外の様子を伺ってみようと、扉に近付く。
あ、話し声聞こえるじゃないか。向こうの部屋も、広くないらしい。ただ途切れがちで……。


「がはははは!」

「!」


び、吃驚したぁ……。突然の大きな笑い声に、肩が揺れたが、どうにか物音は立てずに済んだ。笑い合う声は、複数で、2人以上って事が解る。
ボロ板のような扉は、所々隙間や割れ目があって、顔を寄せると簡単に向こう側が見通せた。簡素なテーブルに、ランプが明々と燃えている。木箱を椅子代わりに座っているのが、2人。立っているのが、2人。皆テーブルを囲んで談笑している。
男だけが4人。部屋は納屋のように狭く、廃れている。更に奥に、閂の扉。あれが外に通じているのか。


「しっかし、風の国はバカばっかだなあ! 俺達の狙いは最初からウィングタウンだってのによ!」

「ああ、この国は関所さえ何とかしちまえば、やりたい放題だ」


い、今凄い事聞いた気がする私。そうだった………、
ウィングタウンて言うんだった街の名前

あー、私ってゲームとかでも町の名前覚えない人だからなー。てかさ、そういうのって大抵カタカナで覚え辛くないか。もっとこう、東京町とかさ、大阪町とかさ、北海道村とかさ。日本人に馴れ親しんだ言葉でだな、


「手ぬるい国だなほんとによ!」


おお、いかん、全く関係ない事考えてた。違うだろ私。しっかりしないか私。
改めて考える。全員、腰に剣を提げている。
歩いた限り、此処は普通の街である。剣を携帯しているのは、専ら兵士であり、街の人は武器なんて携えていなかった。襲われたら、私と一緒で一溜まりもないだろう。
私の世界の場合、こういう時は110番、警察に駆け込むのが常識だ。統治しているのが王様なら、そういった問題を片付けるのも、王様の仕事になるんだろうか。国家の安全を守るのは、やっぱり王様だよね。
なら、何とかして風影様にSOSを出せば、助けて貰えるのかな。どーやって。知らねぇよ。おいいい、やっぱ詰んでんじゃんよおおお。
いやいや待て、諦めたらそこで試合終了だぞ恵!


「しかしよ、手始めに誘拐じゃあ、目立ち過ぎねぇか? 逃げ出したばっかだしよぉ。警羅も暫く厳しいし……」

「おめぇ、何びびってんだよ。あんな所で倒れてる方がわりーんだよ。襲って下さいって言ってるようなもんじゃねぇか」


言ってましたか。そうですか。不可抗力ぅううう!


「それに見たか、あの服。ありゃ相当金かけてんぜ。そんな娘が、裏路地で生身1つ、気絶してた。こりゃ訳ありにちげーねぇ」


訳はあります大いに。深い訳が。


「なんだよ訳ありって?」

「だから、家出か駆け落ちか、大っぴらにゃ言えねぇような事情よ」


いやそれはない。


「とすりゃあ、そこの家の奴らは事を表沙汰にしたくねぇだろ? 俺らの事は誰にも言えねぇって訳よ」

「うおお、流石アニキ!」

「ふふん、俺ぁ、ここの出来がちげーのよ」


得意気に頭を指差す、髭面の男が、リーダーらしい。下卑た笑い声が上がる。しっかし、みすぼらしい格好だなこの人達。こういうのが居るんじゃ、平和とは言えないだろう。なんて言うんだっけ、格差社会?
覗きたくない裏側を、覗いちゃったねおい。













(知ってしまえばもう)
(知らない頃には)
(戻れない)


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