捕まった野党は大人しく、従順で、油断していた。
不幸は突然に
する事がない私は、延々と謎の象形文字を眺めて時間を潰した。読めないなんて言ったら、なんで? となるのは当たり前なのだから、お姉さんには訊けない。
結果開いた本は、ページを全く捲られる事無く、私に凝視され続けている。
「何この無駄な時間」
怪しい事この上ないのに、誰も突っ込んで来ないので、そろそろ自分で突っ込んでみた。静けさが悲しい。
かれこれ小一時間は睨めっこしていたが、全く進展しない。無駄過ぎる。
なので、ちょっとパラパラと捲ってみる。どのページも同じ。読めそうにない。
「あ、挿し絵……挿し絵?」
と、途中で何かの図形を見止めた。そうか挿し絵、と私がこの本の中で最も理解出来るであろう要素に気が付くと同時、絵ではないそれに首が傾く。
塗り潰された三角を中心に、点線が3つ、伸びている。三角の横と、点線に沿うように3つ謎の文字が並べられていた。これだけなら???だが、唯一、右下に私にも見馴れたものがあった。
「地図?」
米印のような、星のような。丸で囲まれたそれは、東西南北を表しているのでは。NとかSとかでは無いが、代わりによく解らない文字が4つ。
地図ならば、何となく解らないでもない。三角は、都市か何か、点線は恐らく道。恐ろしくシンプルな地図だ。
「此処かな」
三角は、私が今居る場所じゃないかと辺りを付ける。全く関係ない本を渡されたとは考えづらい。これは暇潰しにと、メイさんが用意してくれた物だ。読めないけど。
あれ、此処って何て言ったっけ? 風の町? 風の里? あれー?
「き、記憶力ないな……」
記憶にございません、なんつってー……私の阿呆。
はあ、と溜め息を吐いたら、もぞりとポケットが動く。お、シン起きたかな?
チラリと壁ぎわのお姉さんを一瞥してから、そっと身を屈めた。努めて小声で囁く。
「シン、ちょっと待っててね。あ、こらまだ駄目だって」
ぴょこり、顔を出したシンを指で押し込んで、改めて振り返る。
「すみません、何か飲み物を頂けますか」
「かしこまりました。では、何か暖かい物をお持ちしましょうか」
「はい、お願いします」
お姉さん1人しか付いていない今なら、これだけで事足りた。何故か擽ったそうにはにかまれたが、お姉さんは部屋を出て行く。うん、かわいかった。
「シン、いいよー」
ポケットを開く、と、勢い良く飛び出して来た。こっちも可愛い。
「あっ、何処行くの」
シンはふよふよ飛んで、窓辺に向かう。しょうがないなと腰を上げた私は、シンにデレている。
窓に激突したシンに、慌てるくらいはデレている。
「ちょ、シン止めなさい。ああ、出たいの? 開けてあげるからぶつかっちゃ駄目だよー。怪我したらどうするの」
私は何処のおかんだ。
「ん、わあ………」
窓を開ければ、満点の星。ああそうか、月が大分欠けて星が良く見えるようになったのか。思わず声を漏らした私は、誘われるようにバルコニーに出た。
「きれーだねー……」
『εー』
瞬く星達を、呆気に取られ見上げる。こんな夜空は、見た事がない。見た事がないから、悲しくなった。
美しいものを美しいだけで堪能出来ないなんて、余裕のない証拠だ。それが悲しかった。嗚呼、私、夜が嫌いだ。嫌いになっている。いやいやそんな、センチメンタルジャーニーな……私がまさかそんな。
「16だから?」
『θθ!』
「突っ込んだ? ねえ今突っ込んだの?」
『εθ?』
ちょこん、とバルコニーの手摺りに座ったシンは、身体を斜めにしている。お前はそんなに私にデレて欲しいのか。お望み通りデレてやる。
シンに寄って行った私は、指先でうりうりと小さな頭を撫でる。きっとこの子にそんなつもりはない。けれど私は、癒されている、小さな友達に。
そんなデレな私ですが。
誰が言ったか油断は禁物。それを精一杯肌で感じる羽目になりました騙されたよちくしょう!
「ちょ、嘘でしょー!?」
小さな友達は、小さな友達を呼んで、私をそこから落とした。あり得ない。落とした。吃驚するあり得ない落とした。落とした!
「ぎゃあああああ――――」
もう精霊なんて信じないいいいいい!
(可愛いものには)
(刺がある?)