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言えと、それを言えと。


「いやー、そういうのはちょっとー」

「何がちょっとだ何が」


中2設定にどん引きすれば、はあ? とでも言いたげな視線が飛んでくる。いやいや無理です。遠慮します。恥ずかしいから普通に恥ずかしいから。


「言わねぇと契約出来ないだろ。何を渋ってんだよ今更」


言わなきゃいけないらしいです。何この心の重労働。ぱねぇ、ファンタジーぱねぇ。
とか思いながら、もう一度繰り返したオズの後に、恥を忍んで続く。


「汝に命ずる」

「な、なんじ、に、命ずる」

「我が名の元に従属せよ」

「………ワガナノモトニジューゾクセヨ」

「はやっ! すんげぇ早口なった!」


しかも棒読み! と的確なツッコミを入れてくるオズに、うるせぇ精一杯だと言いたくなった。
どうにも膝を抱えて隅っこに逃げたい気分なんですよこっちは。
オズは呆れながら精霊さんに視線を移す。心がすり減りながらも私も、彼にならった。


「「……………………」」


精霊さんはミュ、ミュ、と短く鳴きながら、私の髪を引っ張ったり、離したり。地味に痛いし何をしているのかさっぱりだが可愛い。逆に言えば相変わらず可愛いだけで、変化なし。
再びオズに顔を向ければ、弱ったような笑顔をされた。


「駄目みたいだな」

「ですね……」


私の努力は一体……。


「落ち込むなって。出来ねぇもんは仕方ねぇ。てかそもそもなんで、契約なんてしたいんだ? 警護が甘いってんなら増やしても……」


えっ、違う違う! 理由の違いに慌てて首を振ると、オズに笑われた。そんなに必死にならなくても、ってなるよこれ以上周りに人が増えたら、緊張で胃がやられそうだ。


「力が使いたいとかじゃあ……、ないよな」


言葉途中で再び首を横に振ると、また笑われる。解ってたみたいな笑顔にほっとして、息を吸い込んだ。精霊の力は今朝の体験でこりごりである。


「これといって目的は無いんですけど……何て言えばいいんだろ、ええと、ただ一緒に居れたら楽しいかなーと。可愛いし」


可愛いしが癖のように付いて回ってるな。帰ったらもう会えないのは淋しくて、たったそれだけの理由だ。そんな我が儘、堂々言える訳もなく、濁して答えた。ただ大分頭悪い感じになったのは、言ってから気が付いた。あれ結果的に駄目だ。駄目な子だ私。


「可愛いねぇ……」


オズは何故か苦笑して、それから見た目はな、と付け足した。うん、言いたい事はとても伝わりました。本当に見た目だけだと身に染みてますはい。


「でもそれならやっぱり、無理に契約なんてしなくても、今のままでいいだろ。シルフは逃げたりしねぇんだから」


ああ、まあ、そうなるよね。私は“帰っても”会いたいのだ。でもそんな我が儘は、絶対言ってはいけない。私だってそこまで馬鹿じゃない。
私を救世主として迎えたこの国で、今すぐにでも帰りたい私が、それを口にしたら。


「そうですね」


親切な彼が、困るから。困らせて、しまうから。
へらりと緩く笑う。オズは少し眩しそうに目を細めた後、頬杖をついて。


「力が必要な時は、俺が貸してやるよ」


とっても男前な台詞を吐いたのだった。ついていきますキャプテン!















麗らかな午後2










その日の夜、お城は何だかバタバタしているようだった。慌ただしい様子が、部屋に居る私にも伝わってきた程だから、何かあったのかと不安になるのも当然で。
付きっきりのお姉さんは1人だけで、後は代わる代わる何人かが出入りして、落ち着かない。メイさんも、オズも、全然顔を出さなくて、今日は部屋でお食事をと言われ、ついに私は我慢出来なくなった。


「あの、何かあったんですか」

「ああ、騒がしくて申し訳ございません。風影様がお戻りになられたんです」


柔らかく笑ったお姉さんが、大きな肉の塊にナイフを入れながら、答えてくれた。


「あ、そうなんですか」

「風影様がお出になる事は、そうそうございませんので、従者総出で」


お姉さんは肉を皿に移しながら、変なタイミングで固まってしまった。と思えば、慌てて私から離れる。え、何なに、どうした。


「し、失礼しました。あの、暫くはお騒がせいたしますが、何とぞご辛抱ください。私めひとりとなりますが、精一杯務めさせていただきます故」

「あ、や、あの、」


ひいいいやだ! 丁寧過ぎる物腰やだ!
あわあわする私は、どうにも間抜けだったろう。ご容赦を、と頭を下げるお姉さんに寧ろ私がご容赦いただきたい。お金払ってんならまだしも、こんなに丁重に扱われる謂われはない。
けれど私は、うー、と呻くだけで、結局何も言えないまま、自身に用意された皿に目を落とした。
私だけの食事。なのに、1人分の量では、決してない。
この豪華な食事を、それでも食べなければならない。何故ならお姉さんが困るから。お姉さんだけでなく、食事を運んで来た白い服の恐らく料理人の人もだ。だって見てる。超見てる。逆に食べ辛いんですけど!


「……………ん、お、美味しいです」


言えば明らかにほっとされたし。いや美味しいは美味しいんだよ、嘘じゃない。でも人目を感じながらの食事は出来れば遠慮願いたかったな。これって贅沢な悩みなのかな……!
私が使うナイフフォークが、カチャカチャと食器を鳴らす以外、何の音もしない部屋。噛み合わせる歯の音さえ、自棄に大きく聞こえる。こんなんで食事を味わえる筈もない。食事中に叫びたくなったのは初めてでございますよ。


「ごちそうさまでした」


普段の半分も食べられなかった。自動ダイエットか。手を合わせてから顔を上げると、相変わらずの視線の集中具合。滅入るわ。けれど、じっと見つめられるそれは、今までと少し違うように感じた。何処が、とまでは解んないんだけど……なんか、こう、物珍しそうと言うか。


「………?」


頬っぺたに食べかすでも付けてんのか? と思い慌てて触ってみたが、別に異常はない。
そして首を傾けたところで、扉がバターンと盛大に開いた。びびった。


「メグミ! 居るか!」

「え、あ、はい居ます」


オズだった。何故か焦った様子の彼は、テーブルでぽかんとする私を見ると、細かく頷いた。


「よし、よし、居るな。このまま部屋に居ろよ。いいか、絶対部屋から出るなよ!」


おいこら、人を指差すな。


「え、なん……」


で、と言う前に、扉がバタンと閉まる。せっかちか。一体何事だと、背後のお姉さんに視線を投げかけても、困ったように微笑されただけだ。


「言われなくても出れませんがね……」


そもそも、部屋から出るだけで一々許可とか貰わなくちゃならないらしい私は、自由に出入り出来る訳じゃない。なのに念を押されたって事は、何かあったって事だ。多分。
風影様が帰って来た事以外に、何かが。多分。

あ、お風呂。


「失礼します………お口に合いませんでしたでしょうか」


嵐の如く去って行ったオズを全く気にせず、片付けられていく食器。それをぼけっと眺めていたら、料理人おぼしき人に訊ねられた。残してしまったからだろう。出されたもんは残さず食べろ、は母の教えである。つまり本当にすみません。


「いえ! と、とても美味しかったです。あの、すみません、食欲があまりなくて……」

「そうですか……何かお好きな物はございますか? ああ、冷たい物等いかかでしょうか。それなら食欲が無くとも多少は良いかと思います」


優しさがいてえええぇ……!
まさかお前らが見てるせいですとは言えず、人の良さそうなおじさんに、是非にー、とか言った私は偽善者である。あとなんだ是非にって。日本語ってなんだ。


「かしこまりました。腕を振るいます」


やめて嬉しそうにしないでぇえええ! にっこりお辞儀しないでぇええええ!!
















(ひとりにしてぇええ)


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