庭で食う! と言い出したオズのせいで、従者の皆さんは可哀想な位てんやわんや状態で、昼食の仕度に追われていた。
椅子と、テーブルと。運ばれて来たそれらの上に、お皿やらグラスやらが並べられ、用意が整えられていく。声が飛び交い、誰か、に、わし? にわしはまだかー、とか、此処では献立が違ってくるとか、お茶の種類はどうするとか、あーだ、こーだ。……うん、大変だと言うことはよく解りました。
「オズさんや」
「なにその語り口」
「無茶ぶりって知ってますかね」
「はあ?」
奔放なのだと言ったのは、クロウさんだったかメイさんだったか。ちょっと振り回される人の身も考えてみようか、王子さんよ。まあ、誰も嫌な顔しない辺りは、彼の人柄の良さなんだろう。まったく3代目は仕方ないなあ、みたいなほのぼのしたものを感じる。庭は柔らかな午後の日射しで、ぼやけて見えた。
急な変更だったろうに、それでも流石プロと言うべきなのか、ものの数分の間に、すっかり用意が整ってしまった。感心しかしない。あれだけ忙しそうに動いていた従者の皆さんは退散してしまって、今は数人が、庭の入り口辺りに並んで控えているだけ。オズが人払いとやらをしたのだ。勿論シンの為。
私の目の前には、野菜やら何やらが、でっかいフランスパンに挟まれた物が置かれている。フランスパンの、何かサンド、ってところか。琥珀色のスープの中には、刻んだ野菜が見える。
「オズ、これは何ですか?」
「あー? 肉とか野菜とか挟んだやつだろ」
「そのまんま! えっ、吃驚した見たそのまんま言ったよこの人!」
そんなのは私が見ても解る事です。つまり何にも知らない私と同じ感想しか持ってないのかこの人は。大雑把と言うかなんと言うか……口に入れば皆同じとか思ってるタイプだろうか。
「口に入れりゃおんなじだろ」
「わあ、正にその通りだったー」
思ったそのまま言われて、思わず声が単調になる。オズが片眉を上げた。
「ああ? 何だよそれ?」
柄が悪いです王子。
「いやなんか色々衝撃でして」
「今の何処が衝撃なんだよ」
おっかしな奴だよなほんと、と笑う朗らかな大男は、優しい。今日のような日和みたいに、優しい。
「それで? 何処に隠してんだ?」
「あ、もぞもぞされると爆発しそうなので、今はポケットに入ってます」
「ぽけなんたら、は後で訊くとして、爆発ってなんだ」
それはほら、くすぐったい値の限界突破と共になんかぱーんてなるのよあなた。まあいい。ポケットは何て言えばいいんだろう。思いながらシンの居る、右ポケットを開いて覗き込んだ。シンは、円らな瞳を不安そうに揺らして、私を見上げている。
「大丈夫。何にもしないよ」
人間がみんな、怖いわけじゃないよ。
「この人はね、見た目がっしりしてるから、怖く感じるかもしれないけど、すんごく優しいよ。も、すんごく良い人。吃驚するほど優しくて、超頼りがいあるから」
実際私吃驚したから良い人具合に。
ね、とオズに視線を投げると、何故か目を逸らされてしまった。おいなんだ今のあからさまな態度は。傷付いたんですけど。
んん、と目を逸らしたまま、彼は咳払い。
「や、うん、何もしねぇ。約束する」
ちょっと凹みながら手元に視線を戻す。見上げられた為、頷いて返すと、シンはふよふよと飛んで、私の皿の上に着地した。うん、私はあれだけど、シンが安心してくれたのならそれでいいです。私はあれだけども。
「あ、待ってろ、俺のに通訳させっから」
「通訳」
「おう」
オズが契約がうんたらかんたら言い出すと、俄かに風が起こる。小さな竜巻の中心から生まれたのは、彼の精霊だ。シンがぴょんと一飛、嬉しそうに鳴いた。
「え、もしかしてオズって、精霊の言葉が解るわけじゃないんですか。その子だけ?」
「ああ精霊全部は無理だなぁ。契約相手だけ。じいちゃんは、シルフの声ならみんな聞けるみてぇだけど、俺はそんな才能ねぇし」
「才能………」
それ、才能云々の問題でしょうかね。なんか違う気がするのは私だけですかね。
オズは自分の精霊を手に乗せ、シンの方に差し出す。おお、戯れてる戯れてる。
オズの精霊の周りを、シンがまとわり付くかのように、くるくる回って飛んでいる。
「契約も、才能ですか?」
「まあ、そういうこったな」
がっくし。
「え……」
そうかー、才能かー。や、薄々解っていたけども。そうかー才能かー……。
「俺……なんか、不味い事言った、か?」
「え、あ、いえいえ。私も契約出来るのかなーとか、思ったもんで」
でも才能なら、多分無理だろう。そんなものが私にあるとは思えない。世界が違うのもある。
オズはきょとんとし、ちょっと考えるように視線を上げた後、何処か得意気に、口端を上げた。
「じゃあ」
それは思ってもみない提案。
「試してみっか」
え? と首を傾げる私の前で、大きな口を開けたオズは、何かサンドに噛りついた。
麗らかな午後
胸が騒つく。
どうにも落ち着かず、それを虫の知らせか何かと思い、珍しく湖畔の街に向かうじいちゃんの心配なんぞして、ばかたれぃ、と一蹴された。
いつまで経っても自覚なくふらふらしているような若造に、心配されるわしではないと、まぁ、そりゃそうだけどよ。まったく可愛げのねぇ年寄りだ。
留守番を言い付かった俺だが、どうもソワソワしちまって、結局正午、彼女の様子を見に部屋に向かった。
何となく。何となくだが、メグミと居ると、この胸の騒つきが何なのか、解るような気がした。雲を掴むようだったのが、朧ながら輪郭を顕にしてくれるような。結局正体は解らねぇのに、それでも近付いている気がするんだ。答えに。
「契約する事自体は、んな難しくねぇんだ」
「そうなんですか?」
目を丸くした彼女の髪を、2匹のシルフが摘んで引いている。頷けば、引かれるままに首を傾けた彼女は、ほほうとよく解らない返事を返した。おいちっとは抵抗しろよ椅子から落ちんぞ。
「精霊ってのは手に入れるまでが大変なんだ。中々捕まらないのは勿論、容赦なく攻撃してくるからな。生身にゃつれぇ」
「まじすか」
メグミはぎょっとしてシルフを見る。
「だから、あんたはすげぇんだよ。精霊が自分から寄って来る。俺なんか何回吹っ飛ばされたか」
「吹っ飛ば………」
途中何かに気が付いたように言葉を無くした彼女は、俺をチラリと一瞥し、それからゆっくり頷いた。
「ああ……」
「いやなに染々頷いてんだ」
なに人の顔見て納得してんだ。
「や、それは大変だろうなと思って」
「おー、大変も大変。だが捕まえちまえばこっちのもんだ。ようは俺に負けた訳だからな。後は契約の言葉を交わせばいいだけ。簡単だろ?」
「へえ、確かに思ってたよりシンプルでした」
「しんぷる」
「あ、ええと単純?」
彼女はたまに、よく解らない言葉を口にする。言い換えている辺り、それは正規の言葉ではないんだろう。造語か? 彼女の故郷ならではなのかもしれない。
「そうだな、単純だ」
「じゃあ私がその契約の言葉とやらを言えばいいんですね」
「そういうこった」
「で、何て言えばいいんです?」
契約は鎖。人は縛る側。精霊は縛られる側。それはすなわち、精霊の力を人が何に使うかに寄って、黒にも白にも変わるって事だ。
それでもきっと彼女なら、悪いようにはしないだろう。あたたた、と声をあげて痛がっているのに、決して振り払わない彼女なら、きっと。
「汝に命ずる。我が名の元に、従属せよ。繰り返せ」
「出たよ中2」
いやそのよく解らない言葉とか、奇声とかは、うん、除くとして。
(俺を優しいと言った)
(けれどきっと)
(優しいのはあんたの方)
(それは救世主としては、)
(辛い)