27


「おはようございます」

「おは、よう、ございます………」


誰だ。

寝起きのぼんやりした頭では、まだ身に降り掛かった災難に気付けずに、それだけを思った。
次第に頭が働いて、ああそうだここは城でござんした、そう把握した頃には、可愛らしい笑顔のお姉さん達はいそいそと朝食の準備をし始めていた。
ベッドで朝食とか、アメリカンだなあ。てか量多っ! そんなに誰が食べるってんだ。そんなに物欲しそうか私は。


「お済みになられましたら、此方でお呼びください」

「え、ベルで?」

「べ、る……あの、」

「あ、いやいや何でもないで、え、ベルで?」

「は、はあ……」


戸惑うお姉さんには悪いが、私もとっても惑っています。主にベルで人を呼ぶ事に。すげえ。ホテルのフロントでもそんな呼び鈴とか鳴らす事に躊躇いを感じるのに、朝食終わりましたわよの呼び鈴だ。何故普通に声を掛けてはいけないんだ。すげえ。すげえ意味解んない。


「わ、解りました……」


いや本当は解っちゃいないんだけどね。お姉さんを困らせてはいけない。可愛いいお姉さんを困らせてはいけない。うん、頑張ります。
そそそそ、と下がっていったお姉さん達を見送って、膝の上に置かれた朝食に目を落とす。食事用の小さな卓だと思われる、長方形の台は、装飾がきらきらしていて、寝起きの眼球に大変良ろしくない。眩しいよ馬鹿。


『θー!』

「おうっ、びっくりした………おはよーシン。そんなとこに居たのかー」


人が居なくなるなり、布団から飛び出して来た、昨夜の精霊さん。朝食に興味深々で、フルーツの上やパンの上やらを飛び回っている。食べ……ないんだっけ。


「シンー、食べられないからちょっと大人しくしててよー」

『θθ!』

「ミュミュッ! じゃないよ。私のご飯よこれ。貴方のおもちゃじゃないのよ」


パンでトランポリンするんじゃないこら。ひょいと指で摘むと、脇に降ろす。あっ、何処行っ、…………何故額に張り付くんだ。


「シン、そこ好きなの?」


髪の毛ちょっと痛いし、食べられないので、再び摘む。眼前に持ってくると綺麗な瞳が良く見えた。


「後で遊んであげるから、今はおりこうさんに座ってて?」


ミュー、それを肯定の返事だと勝手に捉えて、再び脇に降ろす。と、じっと動かず居るので、通じたみたいだ。あとちゃんと言う事聞くとか可愛すぎて朝からキュンキュンしました。くそ可愛い。
風の精霊、シンは、それからずっと、私の傍から離れなかった。居場所は私の服の中。時々くすぐったくて、変な声が出たりする。そのせいで侍女さんとかが2度見する。それこそ聞かなかったふりをして欲しいところですよお姉さん方。
しかし普段はそうやって隠れているが、私が1人になると出て来て、まとわりつく。これが可愛い。
午前中は退屈しのぎにと、庭へ連れて行ってくれたのだが、私がのんびり出来るように侍女さんとか兵士さんとかは離れた場所に待機していたので、その間はシンと遊び放題遊んだのだ。
庭も、ちょっとした1人の時間も、風影様の配慮だった。できた大人物だ。大分リラックスさせて貰ったと思う。彼は何だか今日は忙しいらしく、お会いする事は叶わない。お礼言いたかったな。そして私はいつまで此処に居ればいいんでしょうか。庭が綺麗です。


「太陽燦々」


丁度城の中段だろうか。太陽の位置から言って――城の左後方から太陽は昇る――東南の、端っこ。だから片方は崖の岩肌が見えている。略正方形の、可愛らしい庭で、一面芝生が敷かれている。白や黄色や、ピンクの花が植えられ、背の高い樹木などは無い代わりに、崖から生えた何かの木や、岸壁に沿うように生えている緑がある為、見応えは損われていない。あの木は、何の木だろう。白い花を付けている。この庭で一層匂いを放つのは、あれだ。金木犀のような、甘い香が、庭を包んでいる。
草の上に直に座ったまま、少し上体を反らしてそれを見上げる。ミュウ、シンが膝の上で鳴いた。


「いい匂いー……お、あれ、シン?」


仰いでいた私の視界を、黄緑色が過ぎて行く。おーい何処飛んで行くんだーい。
小さな黄緑色は、直ぐに見えなくなった。


「………帰ったのかな」


ちょっと寂しい。口に出したら、増して寂しくなった。契約と違って、私達の間には何の縛りもない。あー、あれは持って帰りたかったな。この世界の何にも未練はないが、あれだけは持って帰りたかった。できるならだけど。できないだろうけど。名前なんか、着けなきゃ良かったと今更思う。だって愛着なんていう、余計なものまで着いてくるじゃないか。なんて、少しでも寂しいと思ってしまった今、本当に今更だ。また、会いに来てくれるだろうか。


『θθθθ』

「いやミュミュミュミュって」


普通に戻って来ました。私のちょっとしたおセンチタイムがアホみたいじゃね? よし忘れよう。


「何処行ってたの? ん、なにこれ?」


何か持ってる。シンと同じくらいの大きさの、これは、紙切れ?
くれるみたいなので、指で摘む。あ、何か書いてある。ええと……?


「……………呪文?」


象形文字みたいなものが並んでいる。これ、あれだ、見たことある。街に入る時、あの大きな柱に書いてあったやつだ。街を歩いている間にも、チラチラ目に入ってきたやつだ。あれは恐らく看板。つまりこれは、此方の世界の。


「文字…………」


って事だ。多分。うわー、全く読めないじゃないのこれ。なんだこのタイ語と韓国語と足したみたいなやつは。子どもの落書きにしか見えないんですが。


『σδ?』

「んー……何だろうねぇ。解んないや」


へらりと笑うと、シンは身体を斜めにした。シンは首が無いから、身体ごと動く。可愛いなぁと頬を緩ませそれを見ていると、突然ハッとしたように私の胸元に飛び込んできた。


「おっわ、えっ、くすぐった、うひゃおう!? ちょっ、脇を通るなー!」

「メグミー」

「え、あ、オズむわわわわわわわー!」

「ええっ、なにどうした!?」


振り返ってオズを見止めた瞬間、背中をもぞぞぞ、と柔らかい毛並みが移動して、思わず身を捩る。シン! 動くな!
焦った顔で駆け寄って来たオズには、何とか笑顔で誤魔化したけど、この子の居場所を考えなくては。毎度こう服の中を動き回られては気が変になる。


「えっと、どうしたんです?」


まだちょっと疑わしげなオズは、訊けば表情を戻した。


「ああそうそう、じいちゃんに此処に居るって聞いて」

「あれ、ご用ですか?」

「いや大した用向きじゃねぇんだが、んー、もう昼だし、飯食いながら話すか」

「あれもうそんな時間ですか」


いつの間に……。言われて空を仰げば、太陽が随分高い所に移動していた。と、視界の端で、ふっと笑ったオズが目に入った。視線が合わされば、にっかり笑った彼が、手を差し出す。


「おら」

「あ、ども……」


ほんのり気恥ずかしく思いながら、その手を取る。取ったら、ぎゅっと握られた。その大きさに、力強さに、小さく心臓が跳ねた。
こんなんでどきっとするなんて、中学生か私は。あれか、相手がイケメンだからか。だとしたらイケメンとはなんと得な生き物だろう。イケメンってだけで、タイムサービスも目じゃないくらい得だ。此処は遺伝子を恨むとこか。


「あれ、メグミ、なんか……、これは、シルフか?」

「え?」

「いやなんか、あんたから気配がするから。シルフの」

「えっ、解るんですか!?」

「ああ、契約者だから……どっかに引っ付けてんのか?」


ひょいと首を伸ばし、オズが私の背を覗き込む。いや、そこには居ないんですが。


「あの……」


オズの向こう側には、数人が立っている。距離はそこそこあるし、会話は聞こえないだろう。


「ちょっといいですか?」

「ん、なんだ?」


首を戻したオズの服の裾を、ちょいと引っ張る。背の高い彼に、屈んで貰おうという訳だ。内緒話をするように口元に手を当てれば、察した彼は大きな身体を曲げて、顔を寄せてくれた。


「誰にも言わないで欲しいんですけど………」


聞こえないだろうが念のため、声を押さえて話す。口止めしたのは、シンが嫌がるからだ。隠れるのは、嫌ってことでしょう? けど、誰かには訊かなければいけないと思っていた。もしかすると、いけない事かもしれないのだ。私はそれを判断出来るだけの知識を、持っていない。
そうして小さな友達のことを、全て話し終え、恐る恐るオズの顔を伺う。もしいけない事なら、私はシンと泣く泣く別れる事になるかもしれないのだ。
そして内心でビクビクしながら見上げた先には――


「そりゃ、すげえ、な」


惚けた顔があった。
何とも判断しづらい顔とも言う。え、いいの? 悪いの? すげえってなに解んないからそれ!


「は、あんた、すげぇ。すげぇよ! 落とし子すげぇ!」

いや何勝手にテンション上げてんの置いてけぼり感ぱないんですけど


すげえしか言ってないからねあなた。解るように言え解るように。






淋しさを埋めるには















(だってすげぇ!)
(同じじゃねぇか!)


36/55
<< >>
back
しおり
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -