25


風が吹いていない。
やはり昨日が、特別だったのだ。精霊の宿らぬただの風は、出鱈目に吹いたり止んだりを繰り返す。
全くの無風かと思えば時期ではないのに雷雨を呼び、嵐を起こす。雷雨は隣国の専売特許だろうに。あっちじゃ雨が降らず、こっちじゃ床上浸水するほどの土砂降り。そんな事はここ数年、ざらだった。
そういや今季の始め、あっちにゃ雹が降ったとか言ってたな。風が北から冷気を運んだか。んなこたぁ、普通なら、ねえんだが。あいつが、何でも器用にこなすあいつが、ぶっ倒れるまで奔走しなけりゃならなくなった。そんだけ普通じゃねえってこった。
なんでこうなっちまったのか、数百年、神の欠けた世界でも、こんなふうにはならなかったのに。


「馬鹿やろーが」


ぐしゃり、茶色の便箋を握り潰す。あいつには、壁が無かった。あいつを守ってくれる壁が。
俺だって直接じゃなくても小耳に挟む事がある。父ちゃんが王座を継いだ頃から、異常は確認され始めた。それは隣国の王も同じだった。回復の兆しもなく、異常は増すだけ。口性ない者達だけだったとしても、傷付かない訳じゃない。
誰かのせいにするのは、簡単だ。ああむしゃくしゃする。


「てめえの身をもっと大事にしろってんだ」


だからあいつは、何にも興味を示さない。執着しない。己にさえも無頓着。
大事なのは国だ。それを守る為なら自分はどうでもいい。そういう奴だ。そういうとこ、すっげ腹立つ。今度は、色気もへったくれもねえ必要最低限の内容しか綴られていない手紙を、握り潰した。腹立つ。腹立つんだよてめーはよ。破く。死ね! お前は一辺死んで反省しろ!


「大体なんだ、昨日の件について聞かせろだあ!? 死ね! なんだ来いって! てめえが来い! あと死ね!」


感情の起伏で、俺の周りをぶわりと風が渦巻いた。びりっびりに破いた手紙だった物を、その風に舞わせる。窓辺へ寄って、ばたーんと思いっきり開け放てば、赤く染まった空へ、次々飛び出して行った。
飛んでけ飛んでけ。差出人まで飛んでって顔に張り付け。


「そして死ねえ! ふははははは!」


紙と一緒に、苛々が、風に舞う。些細な抵抗だが幾分すっきりして、呼気を吐き出す。と、ふと視界の端に人の姿があるのに気付いた。窓の真下、顔を向ければ、階下の外郭通路に、ぽかんと口を開けて此方を見上げる、黒髪少女の姿があった。
目が合った瞬間、びくりと、華奢な肩が揺れた。


「お、ようメグミ」


手を上げて、笑顔を向ける。何故かメグミはキョロキョロと周りを見回してから、再び俺を見上げた。いやいや名前呼んでんだから、あんたの事に決まってんだろうに、なんでそんな戸惑うかな。


「これから飯かー?」


窓の縁に手をかけ、僅かばかり身を乗り出す。
彼女は何度か小刻みに頷いて返した。


「んじゃ後でなー」


手を振る。やはり彼女は何度か頷いて、ゆっくり正面へと顔を戻すと、ゆるゆると一歩を踏み出した。2歩、3歩、段々早くなるそれは、早足に変わり、駆け足に変わり、最終的に全速力で俺の視界から消えた。


「なんだあれ?」


慌て彼女を追い掛ける従者も城内に消えてから、俺は首を傾けた。








霧の留意













さっきのは、一体何だ。

体感を伴わぬ、ヒュルルー、と細い風音を聞き付け、はて風なんて吹いたかなとなんとなしに頭上を見上げ、そしてオレンジ色を見付けた。
あ、オズ、思ったそれを口に出すより早く、やたらに物騒な台詞が、彼から放たれた。どこぞの魔王のようだった。
ぎょっとしていれば、目が合い、思わず肩を跳ね上げた。そんな私に、にかっと爽やかな笑顔を向けた。誰だギャップは萌えるとか言った奴は。どっちかと言えば戦慄したんだけど、私がおかしいのか。
叫びそうになるのを堪えながら、城内に駆け込んだ後も、心臓はドキドキして落ち着かなかった。なんだあの魔王。超怖かったんですけど。死ねえって叫んでたんですけど。死ねえって叫んだ後すこぶる邪悪に笑ってたんですけど。
普通に考えて、此処の人達は大分デンジャラスだ。けれどそれは私の考えうる範囲で、である。私の基準は此処の基準ではない。異分子は私であり、いくら納得のいかない事でもこれが普通と言われれば、私は納得するしかないのだ。でも納得するしかないって解っていながら全然納得なんて出来ないんですが。
なんて事を悶々と考えているうちに、扉の前である。
恭しく兵士が扉を開く。
俯いていた顔を上げて。
そして私は、身を強張らせた。
風影様は居らず、代わりに何人か、見知らぬ顔が、席に着いていたからである。
一斉に注がれる視線。どう見ても私より年上の、熟年熟女が、厳しい顔で私を見ている。なん、だこれ。聞いていない。
誰かが、落とし子、呟いた。


「どしたぁ?」


びくりと、肩が跳ねた。叫ばなかっただけましか。聞き覚えた、少し擦れた低音ボイス。咄嗟に頭に浮かんだ魔王の文字。このタイミングで。このタイミングか。時計が針を刻むように、眼球をゆっくり横へとずらす。


「んなところに突っ立ってないで、入ればいいじゃねーか」


声が近くなれば、視界にも入る、彼の服。ゆっくり、ゆっくり、見上げて。ん? と首を傾けた彼の顔は、相変わらず爽やかだった。


「オズワルド様」

「あ? おー、アジスタ。皆も」


部屋の中の彼らは、オズを見止めるなり粛々と立ち上がり、僅かに膝を折り、それぞれ深く頭を下げる。
オズはそれを当然のように受け流し、楽にしろ、と言った。衣擦れの音だけ鳴らして、皆席に着く。ひとりだけ、最初に声を掛けたおじさんだけが、座らずにテーブルから離れた。
その後の視線は、やはり私に集中した。誰だ。一体誰なんだこの人達は。


「オズワルド様、彼女が、そうでございますか」

「おう」


オズの返事に、全員が息を飲むのが解った。そうって何が。私のなにがそう。値踏みされるような視線が、あちこちから注がれる。なんだこの見せ物状態は。どうなってんだふざけんな逃げたい。


「紹介していただけますかな」


いやだから誰なんですかお前。


「アジスタ、まあそう急くなって」


何爽やかに笑ってんだ魔王。


「メグミ、ほら、いつまでも入口じゃ締まんねぇだろ。入れって」


いや遠慮します。
と頭で即答した私だが、背中を魔王が押しやがりまして、促されるまま、ぽふ、と足が部屋の絨毯を踏む。いやいや勘弁しろよ私のちっちゃいハートがノーと叫んでいますよ無理無理ばか無理だって押すなこの爽やか魔王!


「オオオズ、」
「直ぐ終わる」


青ざめつつ振り仰ぐと、前をきりりと見つめたままのオズが、小さな声で囁いた。お、おう、男前。魔王の癖に。


「皆揃ってるな」


昼食の時に風影様が座っていた席の前で、彼らを見渡しながら、満足そうに頷いた。アジスタと呼ばれた男性が、少し離れた私の隣に立つ。


「既に聞き及んでいる者も居ると思うが、昨日、落とし子が発見された」


俄かに騒つく。それをアジスタと呼ばれた男性が、咳払いで落ち着かせる。
静かになるのを待って、オズが言った。


「これは今のところ、極秘だ。他国は勿論、此処に居るあんたら以外には、口外禁止。すれば首が飛ぶと思え。メグミ」


さらっと怖い事言った後に、続けて私の名前を呼ぶのはよしてください。えっ、て顔を向けた瞬間に呼ばれたから返事もままならなかった私の気持ちが解りますか解りませんかそうですかちくしょう。


「こいつが、落とし子だ」
「違います」


それから私は、自分が何を言ったか何を食べたかどうやって部屋まで帰って来たか、まるで覚えちゃいないです。




















(野郎のおかげで)
(少し自分を取り戻せた)
(礼なんて)
(死んでも言わねぇけどな)


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