24


現在私は、森の中で突っ立っている。高所である為か、空気はひんやりしていて、緑臭い。すう、と空気を吸い込んで、また吐く。森林浴とはよく言ったもので、此処に居ると身体の中が洗われる気がした。


「……………………」


何処かでぴよぴよと鳴いているのは、鳥のヒナか。何となく出所を探してみようと思い立って、頭上をぐるりと見渡す。うーん、簡単には見付かりそうにないな。
なんでこんなことをしているのか、単に暇だからだ。
風影様は急用が出来たらしく、社に行くのはお預け。慌ただしく数人の兵士を伴って戻って行く彼をぽけらと見送って、残ったオズとクロウさんと、2人の兵士さんと、現在こうして特に目的なく居残っている。
まあ私がもうちょい此処に居たいって言ったからなんだけど。なんか折角苦労して登って来たのに、直ぐ様降りるのは癪にさわるって言うか、なんかちょっと悔しかったと言うか。少しくらい堪能したって罰は当たらないだろう。いや堪能って言ったって、堪能するほど変わった物はないんだけども。もう既にする事なくてどうしようかと思い始めてるけども。


「ん? ………お」


と、鳥の巣探しと言う実に無益な暇潰しをしていた私の目に、何かが写り込んだ。深い緑色ばかりのそこで目を凝らすと、新芽のような淡い黄緑が枝の上で、幹の影から此方を覗いているのが解った。
風の精霊。もう一見しただけで解るぐらい、記憶されたその愛らしい姿。


「なんか、ちっちゃい……」


オズのとも、風影様のとも違う、恐らく私の手の平に収まるであろうサイズ。私もよく気が付いたな。って思うくらい小さい。そして可愛い。ちっちゃいって、可愛い。


「どうしました?」

「あ、えっと、あそこに……」


クロウさんに声を掛けられ、近付く彼を一瞥してから、指を差して再び顔を上げる。
が、そこにはもう精霊の姿はなかった。


「あ、あれ?」

「………何か、見えましたか」

「はい、あの、風の精霊さんが」


さっきまで居た枝の辺りから目を離さずに、クロウさんに答える。見間違い?


「そうですか、シルフが……珍しい事ですが、もしかしたらメグミさんを見に来たのかもしれませんね」

「私を見に?」


此処でクロウさんに視線を戻すと、彼は微笑んではいと頷いた。


「契約のない精霊は、殆んど人前に姿を現さないんですよ」

「どうしてですか?」


首を傾けた私に、クロウさんは苦笑を漏らす。


「乱獲が過ぎたんです」

「乱獲って、え、精霊を捕まえるんですか? 何の為に?」

「それは………契約する為、ですね」

「へえ、精霊との契約って、捕獲してするんですね」

「そう、なりますね」


何処かぎこちない返事だった。いつも滑らかに話すクロウさんにしては、どうもはっきりしない口調。けれどそれを詮索するには、興味も度胸も覚悟も足らなかった。
私はなるべくなら、傍観者でいたい。自分の事に集中したい。同情も憐れみも、出来れば持ちたくなかった。


「でも可愛いですよねー、精霊さん。また来ないかなー」

「そうですね、メグミさんの所になら、きっとまた姿を見せるかもしれませんね」

「だといいですねぇ………あ、精霊さんて何食べるんだろ」

「はい?」


その独り言は、訊き返されて当然の、間抜けな疑問だったのだと、後に知った。















通い風

















私はあの後部屋に戻され、特にする事もなく、ただただ暇を持て余していた。
何もしないと言うことは、無駄に思考が働くという事でもあり、私は努めて“それ”を考えるのを避ける必要があった。“それ”を考え出すと、理不尽さに叫びたくなる。きっとそのまま気が狂う程の不安に攫われて、戻れなくなる。
だから違う事を考える。違う事を、違う事を。そこから目を背ける為に。


「精霊さんて何にも食べないんだなあ」


安易に窓辺に寄ったらいけないらしく、私は長椅子から四角い空を眺め、先ほど教えられた事を思い返した。
何かを食べる、という概念さえ的外れだったようで、精霊は動植物には当て嵌まらないのだそうだ。有機体ではなく、力の集合体。
あんなにリアルに、はっきりと存在しているのに、あれは生き物ではないのだ。それでも彼らは、意思を持ち、感情を持ち得ている。
だから言葉で否定されても、私には生き物としか思えなかった。だってあれが力の集合体とする方が、違和感ある。可愛いし。そこに私達との違いはあまりないではないか。可愛いし。
何の力の集合体かは、早い話が自然の力だそうで、私にはよく判らないが、よい風には精霊が宿るらしい。よい風の定義って、実にあやふやな気がしないでもない。とか思っていたのは内緒だ。
けど、私には判らなくても、きっとオズとかクロウさんには、判るんだろう。生きてきた環境が違うのだから。生まれた時からずっと、これが当たり前なのだから。


「嵐とかは、駄目な風なのかなー……」


それでもつい、不思議に思ってしまう。疑問は尽きなくて、口からそれが零れて行く。ちらり、と横の壁の前に佇むお姉さん2人に目を向けてみたが、彼女達は表情1つ動かさなかった。
部屋に控える侍女のお姉さん2人は、独り言に一々反応したりしない。プライベートには口を挟まない、そう教育されているんだそう。所謂聞かなかったふり。私にしたら、既に常に傍に居る時点で、プライベートなんてもんは欠片もありゃしないと思うんだけど。それなのに、私だけでない部屋で私だけの声が流れ続けるってこれある意味虐めじゃないか。ただの独り言より淋しさ倍増しです。言っても無駄だから、言わないけども。
仕方なく私はまた、窓を眺める。
今日社に行けないって事は、少なくとももう一泊はしなければならないって事だ。肩凝り半端ねえ。いつも緊張してるみたいなもんだ。心労半端ねえ。


「はあああ…………」


重い溜め息も、そりゃ出ますって。私は一刻も早く、おうちに帰りたいのだから。
肩を落として半眼になり、何時になったら帰れるのやら、と他人事のように――他人事でなければならない――思っていたら。ら。
ぴょこり、と。
黄緑が顔を出した。


「おいまじで来たぞ」


クロウさんのあれは、ただの気遣いだと言葉半分に聞いてたが、まさか本当に来るとは。
大きさから見て、あの森で見たのと同じか、或いは同じ大きさの別の精霊。此処からでは表情等は判らない。こう、窓に緑の毛玉がぽつんとあるって事が、判るくらいだ。


「…………あのぅ」


勝手に動くと、侍女さん達が慌てる為、私は彼女達に顔を向けた。
はい、とにこやかに答えられる。おお、話し掛ければ反応するんだな。


「ちょっと窓開けてもいいですか?」


該当の窓を指して言うと、かしこまりました、と答えた彼女達が、いそいそと窓辺に移動する。あ、シルフ逃げた。
人前に滅多に現れない、なるほど、現そうとしないって事か。普段隠れてるのか。
……人間が、怖いのかな。
そこまで考えを巡らせた時、両開きの窓を半分程開けた侍女さんが、振り返って丁寧に頭を下げた。それに慌てて私も会釈する。あ、しないでいいんだっけ。クロウさんが一々気に掛けなくていいって言ってた。要約すると一々キョドんなって意味。だと思われる。
侍女さんは頭を下げていたから、その私のおどおど具合は目にしていない。クロウさんのちょっとした注意を思い出した私は、彼女達が顔を上げる前に、背筋を伸ばして何事も無かったように振る舞ったから、彼女は特に気にした素振りもなく、またいそいそと壁ぎわに戻って行った。ふう危なかった……。
それからは、静かな部屋で、開いた窓を眺め続ける、という兎に角眠くなりそうな事に集中。
集中。
集中。
ちょっと飽きてきた。
いやいや集中。
集中。
あら吃驚もう夕方。


「………って、来ねえのかよ!


びくっと震え叫んだ私に、鴉が鳴いて返事を寄越した。

















(この世界にも鴉が居る)
(という知識だけは得た)


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