3歩進んで私が風影様に会ったのは、王間と呼ばれる部屋。街を見渡せるそこは、城の最上階にある。そして王間の脇に、ひっそりとそれはあった。
上部分がまあるく、板を鉄で補強しただけの、随分みすぼらしい扉。このお城で、初めて目にしたと言っていいくらい、姿形のそぐわぬそれ。
ひと一人分のそれは、古いのか、開くと耳を塞ぎたくなる程大きく鳴いた。
先にあったのは、石階段。最初に上がったのは、クロウさん。自分の番になった時、暗い階段のずうっと先の方に、小さな小さな光がぽつんと見えた。エスカレーターが恋しかった。
「おお、文明機器の素晴らしさよ……」
呟きは息切れの合間に。返事はなし。や、それは別にいいんだけど。私は兵士さんに挟まれて。その後ろはオズと風影様で。階段が急だとか。暫く階段見たくねえなとか。ちょっとぼやきたくなっちゃう私の気持ちとか。
「っ、はあ、はあっ、ま、ぶし……!」
登り切った私を褒めてくれてもいいんじゃないかとか。誰か。ねえ。とか。
そういうのを気にするより、もっと気になるのが、オズ、だった。
「大丈夫ですか? ちょっと休みましょうか」
「あ、いえっ、はっ、はあっ、すいませ……」
見栄で平気なふりをしようとしたが、直ぐ無理だと覆した。ばってばてな私に、クロウさんが苦笑する。
隣を振り返って、少し離れた目立つオレンジに目をやったけれど、彼は何処か、別の所を見ていた。オズは食事の後から、様子がおかしい。変に余所余所しいと言うか、目を、合わせてくれないのだ。
フイと、前に向き直る。感じるそれを、感じたくなかった。
「あ、れ………、森? ですか?」
大分整った息。喋り方も通常に戻りつつある。
階段の先は外で、私の前には鮮やかな緑を揺らす、森が広がっていた。広葉樹の枝葉の隙間から漏れる光が、斜線となって降り注いでいる。
「メグミさん、後ろを」
「後ろ?」
クロウさんに言われて後ろを振り返る。
「あっ…………」
世界に、丸い線が、引かれている。
地平線、じゃ、ない。霞んでいるが、あれは蒼。海だ。彼方に水平線。凄い。圧巻。これはなんて言う名前の見晴らしだ。
「崖の、上…………」
「はい」
「凄い、です」
「はい」
呆然と漏らす拙い言葉に、クロウさんは吹き出すように返してくれた。
「はあー……なんかこう、自分が小さくなった気分ですね」
「そうじゃなあ、わしも考え事をする時には、よく此処へ来るが、」
いつの間にか隣に居た風影様が、私と同じように世界を見下ろしていた。優しい目の笑顔。
「此処に来ると、己の悩みが小そう思えるな」
「あ、それ知ってます」
「知って?」
「すみません失言でした」
あんまりに定番中の定番だったので、うっかり口を滑らせてしまった。怪訝な顔の風影様を見ていられなかったので、景色に集中した。いやすみません空気読まなかった今のは本当に悪かったすみません緑は目に良いですよだから私じゃなくそっち見て。
「む」
「わっ」
眼を癒す運動に必要以上に没頭していたら、びゅうっ、とつむじ風が通り過ぎた。髪を乱して行ったそれに、何だよもうと思ったのは一瞬。風影様が背後を振り返っていて、でかした風に直ぐ様変わった。
「長、境でまた……」
「むう」
風が運んだものが、何を意味するのか。それを知らない気楽さで。
(2歩下がる)