22


覚悟はしていた。
散々、見て、経験して、もう二度と侮るまいと、そう思っていた。だから初見の感想としては、やっぱり、以外に無かった。いや思ったところでこの脱力感は拭えないんだけれども。
食堂、と言えばいいのか。
食事だけをするお部屋。私はそこに居る。お城って、どこもかしこも天井が高い。此処も例に漏れず。その高い天井から、大小の違う金の輪が、末広がりに段差を作って釣り下がっている。燭台の上には蝋燭ではなく、例の私の部屋や扉脇にあったのと同じ、球のような物が光り、装飾の硝子がきらきらと橙色の光を反射していた。あとでかい。無駄にでかい。
そしてその下、長方形のテーブルには、真っ白なクロスが敷かれ、その上に輝かしいばかりの銀の皿が所狭しと並ぶ。更にその上には食材達がてんこ盛り。照明と違い、テーブルには蝋燭が立てられていた。あとでかい。無駄にでかい。
勧められた椅子は、背もたれが高く、なんか椅子に座られてるみたくなった。なってる。多分。私はテーブルの真ん中に座っていて、入り口から一番遠い席――恐らく上手(かみて)と思われる――に、風影様、私の向かいにオズが座っていた。
20人前後は座れそうなテーブルは、私達以外利用者なし。椅子さえもない。風影様がものっそい遠い。これで会話とかはどうするんだ。しないのか。会話しないのがマナーか。え、並んだナイフとフォークが半円を描いてんですけど何これこんなん見た事ねーよ誰かマニュアルプリーズ寧ろ救出プリーズ連れ出してレスキュー自宅のトイレに籠もりたい。
すっと、目の前に湯気の立つ黄色いスープが差し出されるまで、私はずっとそんなふうに頭の中で悶々としていた。びく、と肩を小さく揺らす。
受け皿の上に、カチャリと小さな音を立てて置かれたスープから顔を上げると、にっこり笑ったクロウさんが居た。


「あ、ど、どーも……」


私がギクシャクと頭を下げると、くすりと小さく漏れるイケメンの吐息。


「どうぞそんなに固くならずに。お口に合えば宜しいのですが」


お口に合う合わない以前に、お口に辿り着くかも怪しいんですが
固くならないとか絶対無理、最早無茶の域だし、食べる前から胃薬が欲しいくらいだし、そもそも食べ方すら解んないし……!
無理矢理口元を引き上げて、笑って返してみたものの、本音では今すぐ逃げ出したい。
クロウさんが離れると、それは自然に溜め息となって零れ出た。じっとスープを見つめても、どうしたらいいかなんて、当然解りはしない。………美味しそう。美味しそうだなオイ。
どんなに緊張していても、お腹は減るらしい。漂う甘い香りの誘惑に、ごくり、咽喉が鳴って、手元の周囲に視線を走らせる。右、フォーク3つ。左、ナイフ3つ。水の入ったグラス。小さな銀の杯。銀のリングの上に乗せられたちっこいおタマみたいな物。形が瓢箪(ヒョウタン)みたいだが、恐らくバターナイフであろう物。隣に銀のお椀に入ったバターらしき物が無ければ全く予想も付かなかっただろうが、セットで置いてある辺り、多分そうだと思う。あとは生花だったり、折られたナフキンだったり。ざっと見渡して、一番近いのはおタマだろうと予測。しかし間違っていた時が怖い。くっ、下手に動けない……!
黄色は南瓜か、相変わらず嗅ぐわしいスープを前に、手を出せないもどかしさ。はぅああー、見ているだけなんてぇ……。拷問。拷問ですよこれは。口ん中から何か滲み出て来るよ。世間一般的に涎と呼ばれるものが。


「どした?」

「へ?」


私の前には生花と何か果物らしき物が大皿に盛られているのだが、その上から、オズが此方を見下ろしていた。因みに、オズが大きいから顔が覗けるだけで、生花と果物らしき物は結構な高さで詰まれている。


「へじゃねーよ。どうしたよボケッとして。食わねぇの?」

「あ、や、なんか、ちょっと緊張して。あは、ははは……」

「早くしねーと冷めんぞ」

「そうですね……」


私だって食べてえんだよおおおお!
きっと美味しい。いや確実に美味しい。ふらりと視線を外し。

あ。と気が付いた。

そうだ、風影様の手元は遠くて判らないし、オズの手元を覗いたらいいんじゃないか。妙案。それしかない。
口元を引き締め、前に向き直ると、そっと首を伸ばした。果物が邪魔で良く見えない。身体を傾ける。もうちょっと、あと、ちょっとー……、お、見え、


「いやあんた何してんの?」


た。と思ったらばれた。
しかしここで止める訳にはいかない。せめて何を使うかくらいは知りたい。殆んど横に近い状態でオズを見上げ、へらりと笑う。


「いえ、別に」


オズは怪訝な顔をしたけれど、首を捻りながらもテーブル上に視線を戻す。よしそうだ食え。思う存分食すがいい。そして私に食べ方を教えてください。


「…………いやなんだよ!? なんかあんなら言えよ!」

「私のことはどうぞお構い無く」

「構うわ! 凝視の域じゃねーか!」


私が見るもんだから、オズは気になって飲めないらしい。くうっ、私ゃ飲むトコが見たいんだよ! いいから早く飲めや!
しかし自意識過剰なのかなんなのか、私が見てたら一向に進まない。仕方ない。ふいと視線を逸らす。チュールとレースでワサワサした服の袖をさりげなく、あくまでさりげなーく弄る。変な顔したオズがスープに視線を戻した。よっしゃ今だ!


「いやだからなに!?」


ばれた。


「………あー、ストレッチ、的な?」

「そのすと何とかが解んねー上によもや俺に訊く!?」

「あ、柔軟体操です」

「訊いてねえよ!」

「おお……」


オズって凄い。テンポ良く返ってくる返答に、斜めになったまま窄めた口から感心の声が漏れた。ついでに手を小さく叩く。はあん? みたいな顔された。またその顔も男前というね。色んな意味で凄いなこの人。


「なに、それは何に対しての拍手」

「私の周り、突っ込める人私しかいないんで」

「うん、答えになってねーな」

「いやたまに惚けても、上回って惚けを重ねてくるんですよ」

「あんた会話する気ある?」

「え、これ何の話ですか?」

「だからそこでなんで俺に訊くの!?」


いやだってほら、なんで拍手したのか訊くから……。でもオズはどうやら違う話がしたいらしい。自分が訊いた癖に。違う話って何だ? そもそも何だっけ、何の話してたんだっけ?


「あ、ストレッチのはな、」
してねーよ


おおう……被せてきやがったよ。
じゃあ何、と言わんばかりに眉根を寄せる。溜め息吐かれました。そう言えば私何してんだっけ。考えて、そうだったと思い出す。盗み見ようとして失敗したんだった。
私の怪しい行動の意図が、未だに解らないであろうオズは、それが私の口から明かされるのを待っているわけだ。うん……よし、ここは正直に言っておこう。聞くは一時の恥ってね。


「すみません、私、こういう席ってどうしたらいいのか解らなくて……」

「あー?」


柄わるっ。眉を下げて見上げると、不可解そうな顔をされた。詳しく言うと不可解そうな不良のにーちゃんだった。不良のにーちゃんは口を尖らせる。


「別に、好き食ったらいーんじゃねーの。訊かれても俺、解んねーよ」

「オズ………」

「なんでそんな渋い顔すんだよ! しょーがねぇだろ?! 俺ぁずっとそんなん気にしたことねぇんだからよ!」

「お行儀が悪いですよ3代目」
「でっ!?」


あれ……、オズが消えた。
クロウさんの声と共に、オズの姿が盛られた生花の影に引っ込んだ。不思議に思って更に身を乗り出す、と。
オズは何故か首を私と反対側に傾け、そこを手で押さえながら、プルプル小刻みに震えていた。そして彼の背後にはクロウさんが立っている。微笑みを携えて。
そんないつでもジェントルメェンなクロウさんと、パチリ、目が合う。にっこり、笑顔を向けられた。何故かぞわりと鳥肌。私の普段全く働かない第五感的なものが、今すぐ姿勢を正せと訴えた。一秒もかからず素早く体勢を戻した私の目には、現在生花と果物の飾り盛りだけが写っている。やばい、なんだ、なんかやばい、よく解んないけどなんかやばい。やばかった。


「っ、い、ってえなクロウ!」
「食事中ですよ。大声を出さないでください」
「わあああっ!? さっ、刺さる刺さる刺さるてかちょっと刺さってる!!」

「本当に貴方は……客人の前というのに困ったお人だ」

「わわわわか、解った! 解ったからあああ!」


刺さるってなに
私に向こう側を見る勇気は無かった。








正しいテーブルマナー









マナーが解らない、つまり食べ方が解らないんだと、私は素直に白状した。その方が賢明に思えたからだ。
しかし凄く身構えていた私は、クロウさんに特に決まった礼儀作法はないのだと言われ、肩透しをくらった。オズが気にした事がないのも頷ける。
この国では自由が尊ばれる。座る席順は重要な意味をなすが、余程行儀が悪くない限り咎められる事はない。
例えば食事中は無闇に席を立ってはいけないだとか。物を口に入れたまま話してはいけないだとか。そういう私でも解る基本的なマナーを知っていさえすれば良いのだ。自由。それが風の国の文化。
どれくらい自由かと言えば。
クロウさんがナイフを飛ばし。オズが皿で応戦し。後から来たメイさんどっから出したか包丁をぶん投げる。

正にフリーダム

食事中にナイフやら皿やら包丁飛び交ってる時点で、マナーもくそもあったもんじゃない。最早海賊の食事並の荒々しさ。
これはお国柄というやつで、風の国は元より個人のスタイルを尊重する風習なんだそうだ。だからかな、オズがとても、王子らしくないのは。だからかな、包丁飛び交うのは。うん心から帰りてえ。


「ごちそうさまでした」


結局私は、ずっとテーブルの下に避難していて。あの状況で普通にすっかり食事を終えた風影様が、テーブルの下にご飯を運んでくれて。何故か王様を隣にテーブルの下でひとり食事を取るという訳の解らない事態になり。それでも満腹中枢が満たされるくらいには、私もしっかり食料摂取して。最後にぺこりと頭を下げて言ったら。風影様が不思議そうな顔をした。


「………えと?」

「ああ、いや、今のは……お主の故郷の風習か?」

「今の………」


珍しそうに眺められて、首を傾げる。


「ごちそうさまの事ですか?」

「うむ」

「習わしって言えばいいのかな……。食事の前に、いただきます、食事の後に、ごちそうさまって、私の国ではそうします」

「ほう……どんな意味があるんじゃ?」


風影様は、何だか楽しそうに見えた。そんなに興味を持たれるとは思わず、若干戸惑う。


「感謝を表しているんです。昔からあって、正確な意味は、解ってないんですけど……私は、その命と、それが料理になるまでに携わった人達全てに感謝して、そう言うんだと、教えられました」


風影様は随分熱心に耳を傾けているようだった。何度も頷いて、それから柔らかい笑みを浮かべる。


「教えたのは親御さんかね」

「そうです、父が……」

「そうかそうか……うむ、良い習わしじゃな」

「……ありがとうございます」


ぺこ、と頭を下げる。何だろう、なんか、照れ臭い。


「食べ物を粗末にすんじゃないよあんたらはああああ!」
「メイてめ、何本仕込んでやがんだ!?」
「おっと危ない」
「クロウ! あたしの刃を避けんじゃないよ!」
「いや避けなきゃ死ぬじゃないですか。メイは急所しか狙わないんだから」
「それでも男なら受け止めな!」
「無茶言わないでください。そういうのは3代目の役目でしょう」
「お前は何さらっと俺を身代わりにしてんの!?」


何だろう、なんか、今だけ耳要らない。













(毎回だったらどうしよう)
(毎回テーブル下とか)
(………うわあり得るー)


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