21



「この、世界じゃない……?」


一歩、脇に下がる。こうすれば、風影様と、オズと、クロウさんと、不恰好な輪になって、皆見渡せる。
爆笑しているオレンジとは違い、クロウさんの目は真剣で、何処か厳しさを孕んでいる。常に微笑を湛えていた彼の、初めて見せた穿った瞳。そしていい加減笑うのを止めたらどーだオレンジよ。


「そんな……そんな世界が、本当にあるんですか? 海の向こうの可能性だってあるんじゃないでしょうか?」


吃驚、した。
なんと言うか、意外な事を言われた、という驚き。だから言葉に詰まった。ドキリ、と鳴った心臓は、そのまま耳の奥でじんじんと響き続ける。なんで?
――なんで、そんな事言うの?


「う、嘘なんかじゃ……」


いつの間にか、オズの笑い声が止んでいる。喉が締まる。言葉が続かない。穿つ瞳。信じて貰えない。信じて貰えなかった。
嗚呼、私は、ショックを、受けている。


「ああ、すみません、怖がらせてしまいましたね。しかしこれも仕事なのです」


にこり、微笑んで、クロウさんが少し首を傾ける。私は首を横に振った。
動揺を抑えて、考えながら、口にする。


「はい、解ります、解っています」


なんでこんなに、ショックを受けたのか、考える。
だって冷静に考えて、当り前だ。普通、こんな話は疑って当り前だ。だからクロウさんの反応は当然のものなのだ。それを意外に思うなんて、それこそおかしい。私は何を期待していたのか。期待。そうだ期待していた。おかしい。
何故受け入れられると?
何故信じて貰えると思った?


「まあいーじゃねぇかそんなこと」


随分と、投げ遣りに。
随分と、気安く。
はっと目を上げると、そこに居たつまらなそうな顔を見た。そうか、解った。そうなんだ。


「また貴方は直ぐそうやって……どうでも良い事ないでしょう」

「心配し過ぎなんだよクロウは」

「貴方はもう少し心配してください。大体昨日だって……」


クロウさんの説教に、うざったそうに顔を顰める。派手なオレンジの頭の、青年。親切で、笑顔が眩しくて、頼もしげで、それなのにちょっと可愛いとこもあって、ただの娘に頭を下げるような、この国の王子様。

嗚呼、このひとの、せいだ。


「野党だって増えているというのに……」

「そんなのにやられっかよ」

「何を悠長な。その奢りが危険なんですよ。数で攻められたら貴方と言えど……」


このひとが、あんまり素直に信じたから。
このひとが、あんまり気安く受け入れるから。
あんまりにも、優しい、から。


「私、精霊見た事ないんです。なかったんです」


急に声を出したからか、オズもクロウさんも驚いたような顔で私を振り返った。
悲しいことは何もない。辛く思う必要はない。私はとんでもない事を言った。それが本当でも嘘でも、全ては受け止める側の問題だ。いくら本当だとしたって、受け止める側が嘘だと感じたなら、それが全て。大丈夫、辛くない。悲しくない。傷付かない。


「ここは私の世界と、まるで違います。一度触れれば、解るぐらい、違います。だから私の家は、いくら探したって見付からない。いくら探したって、私の家族は何処にも居ない」


自分の言葉に傷付く程、柔じゃないつもりだった。けれど、悲しみよりもっと虚しい何かが、胸に苦く広がった。自覚が足らなかったか。奥歯を噛み締める。
大丈夫、帰れる。帰れるから、頑張れ私。


「どうしたら、それを証明出来るのか、そんな手段はありません。私、神様に会いたいんです。なんなら拘束して貰っても構いません。神様に、会いたいんです」


会って、どうするかは、知らないですけど。
最後に呟くように付け足して、俯く。必死になるしか、ない。誰が信じようと信じまいと、私は必死になるしかないから。オズが言ったように、それ以外はどうだっていいのだ。


「………いいじゃろう」


落ちる、が最も相応しいだろう。黙ってしまった私と、オズと、クロウさん。その静寂に、ぽとりと、風影様の声が落ちた。空気に馴染む、落ち着いた声。


「長……よろしいので?」

「む? うむ。いいんじゃないか?」


軽くね!?
吃驚して顔を上げる。え? 何今の、えっ軽くね? あまりにさくっと、揚げたて天ぷらの如くさくっと言うもんだから、風影様を凝視してしまった。えっ、すんげ軽くね?!


「まあ、神の社と言え、あそこは空じゃしな。そう心配する必要もない」


にこにこと、風影様は私を見返す。
……から?


「本物か、否か、そこでクロウにも解るじゃろう」


無意識に首を傾けていた。風影様の肩で精霊が同じように首を傾けているのを見てから、それに気が付いたくらい、言葉を咀嚼出来ていなかった。


「正午過ぎ、社へ参る」


ぱちり、ぱちり、ぱちぱち、瞬く私に、風影様は深い笑みを湛えて寄越した。









小言大事






まだ足元が、ふわふわしている。私は何処まで行っても小市民であり、王様の御前なんて緊張する以外他ないのだから、疲れたは疲れたのだが、それよりも興奮が勝っているようだ。
先程入室と同じくギクシャクしながら退室し、長い廊下を進んで、現在煌びやかな部屋のソファーの上。冷めやらぬ高揚感に身を包む私の前を、侍女さんが忙しなく出入りしている。それをぼんやり眺めながら、水を一口。帰り道、覚えてないなぁ。
これから、昼食、だそうで。しっかし正直、食べられるかどうか。朝はオズ事件のせいで食べ損ねたし、昨日から何にも食べてないから空腹な筈なんだけど。どーにも、お腹いっぱい感が……。


「メグミ様、用意が整いました」


擽ったくて肩が僅かに上がる。うう、むず痒い。様付けは、どうしても拭えなかった。かなり粘ったけれど、部屋付きの侍女のひとりが泣きそうな顔でご容赦くださいと言った時点で、私は自分の横っ面を叩きたくなった。彼女達は仕事である。困らせてはいけない。ただの我が儘と化した、己には当然の常識を、私はそこで塗り替えた。
交わって赤く染まったわけだ。否、もういいんですごめんなさい、と慌てて頭を下げた私に、侍女さん達は目を剥いていたから、染まってないか。なんで謝ってびびられるか。解らん。さっぱり解らん。


「メグミ様?」

「あっ、はい! すみません!」


ソファーの脇で訝しがられ、慌てて立ち上がった。僅かに目を大きくした侍女さんが、何処か余所余所しく、小さく頭を下げる。戸惑っている。戸惑わせた。うーん、今の何がいけないんだろ。難しいなあ。部屋の扉に向かう。
どうしたらいいのか、資料かなんかないものか。こう、お城での過ごし方、みたいな本とか。


「ってんなもんあるか」


ぼそっと呟いたのが聞こえたのか、扉脇の兵士がビクッとこっちを見た。見上げて、目が合って、へらりと笑う。すごい勢いで逸らされた。遣る瀬ねえ。ふらり、窓に視線を移す。

いい、天気だ。


「………?」


変な、違和感を感じた。感じる。なんだろう。
前後をお姉さん方に挟まれ歩きながら、等間隔に造られた窓を眺める。正確には窓の外を。
真っ青な空は、雲ひとつない。遠く、見える緑の平原は、もしかしたら昨日私が居た場所かもしれない。遠いような、そうでもないよう。広々し過ぎて遠近感が狂ってしまう。
少し背伸びして下を覗くようにすれば、町が見える。煙突だろうか。煙が上がっている。白く、真っ直ぐに、いくつもの帯が天に向かって伸びていた。揺らぐ事無く。


「お、わっ、とと、」


あ、やべ。
瞬間思ったのはそれだった。
爪先で歩いていたからか、バランスを崩しよろけ、そして、運の悪い事に、よろけた先に、背の高い台に置かれた花瓶なのか壺なのかよく解らない物があった。よく解んないけど高そうだった。ぐらり、それが傾く。おもっくそ吸い込んだ空気が、肺いっぱいに広がる。瞬時に手を出した私は、自分で言うのもなんだが素晴らしい反射力だったと思う。
がしり。
台から離れる事無く、私に支えられた、そのなんかよく解んない物は事無きを得た。肺に留まり続けていた息が、一気に押し出される。ぶはああああ、吐いて、ゆっくり慎重によく解んない物を元の位置に戻す。
そして我に返った。
きっと後ろに控えていたお姉さん方には、今の一連がばっちり見えた筈。私の失態が。丸見え。異世界丸見え状態。なにこれ消えたい。


「……………………」


そろり、恐々と、振り返ってみる。
正面だけを見ているお姉さん2人は、いたって無表情だった。うん、ね、やる瀬ねえええええ!













(そして忘れた)
(違和感を覚えたことを)



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