16


赤い絨毯は、私の足を優しく受け止める。目の前の扉下だけが、金の刺繍で飾られていた。踏むのが戸惑われるほど、見事な紋様。百合に囲まれた鷲のような鳥が、翼を広げている。
じっとそれを眺めながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
此処で待っていたらしいオズが、私を見るなり目を丸くし、目を逸らした。かといって何かを言われたワケでもない。それが、更に不安を煽った。


「あのっ、メイさん、私変じゃないですか?」


腕を外し、後ろに立ったメイさんを、泣きそうになりながら振り返る。彼女は一瞬きょとんとした後、笑った。


「あんたはいつも変だよ」

「えっ」


はははじゃない。はははじゃねーよ。何が変なのか、慌てて膨らんだスカートを正しても、残念ながら知識の乏しい私には解らない。はっ、髪? 髪型が変なの?
髪は時間がないから弄れないと、お姉さんの群れが残念そうに言っていた。小さな薔薇が3つ並ぶ髪止めで、上半分をさっと留めながら、言っていた。これでも十分と思った私が、間違っていたのか。いやだどうしよう……!


「どどどどこが、どこが変ですか!?」


今から扉を隔てて、その向こうにいるであろう風影様に、会う。すごく緊張する。緊張がマックスに至ろうとしている。
だって王様だよ!? キングだよ!? 同じなのは重々承知だよ只今緊張で頭が散らかっています如月恵高1です!

すっかりテンパり、どうしようどうしよう、と意味もなく身体を揺らす。メイさんがぶはっと吹き出した。私の左隣のオズも吹き出した。右隣のクロウさんは口元を押さえ顔を背けた。お前ら人の狼狽を笑ったらいけないと思わないのかチクショウ!


「大丈夫、可愛いよ」

「その場しのぎにしか聞こえないんですけど!」


笑いを堪えながら言うメイさんに、心の汗が滲んだ。







事後報告の恐怖















不思議なランプに挟まれた、不思議な模様の木彫りの扉。落ち着いた色合いと、羽根を模してある鉄の取っ手は金の装飾と比べ質素に感じるが、どの扉より細工が細かく、どの扉より、大きい。首を反らして見上げる程の、重厚な扉。
両脇に立った鎧姿の男性が、声を上げて。


「拝謁ー!」


ゆっくり、その扉が、開く。


「……オズワルド=カナデルース=3世、参上しました」


呆気に取られる私の前で、オズが丁寧に頭を下げ、部屋へと進む。
お、おお……意外にちゃんとしている。などと失礼な事を考えていたら、背中をそっと押された。
首だけで振り向くと、メイさんがにっこり微笑んでいた。


「さあ行って。あたしはここまで。仕事に戻るわ」

「あ……ありがとう、ございました」


一緒に来てくれないんだ、とか、仕事中なのにここまで付いて来てくれたんだ、とか。
色々考えて、きちんと身体ごと振り向いて、頭を下げた。それは当たり前に、私の中にある。ありがとう。貴女は私の不安を1つ、和らげてくれた。

前を向くと、クロウさんもとっくに部屋に入っていた。慌ててぺこりと頭を下げて、部屋へと足を踏み入れる。
後ろでメイさんが閉めたであろう、扉がバタン、と音を立てた。
頭の片隅で、それをぼんやり聞いていた。

白い柱が左側に立ち並び、白い絨毯が真っ直ぐ伸びている。右側に等間隔の窓。
そこから射す四角い光の中で、何かがキラキラと舞っている。四角い光が落ちる白い道。
町並みは茶で、城は一転して白に統一されているから、眩しく感じる。絨毯が赤ではないことも、その原因のひとつ。この部屋が特別なのだと、理解するのに十分だった。
白い道の先には、階段があり、いかにも、という雰囲気。
階段の3段目。
天蓋が垂れ下がるそこに。

1人の老人。


(あ、足、動かない……)


老人の手にある煙管から紫煙が微かに漂っている。天蓋が赤茶だからだろうか、その場所だけが風景から切り取られているように見えた。


「大丈夫だって」


先に進んでいたオズが振り返って手招きしていた。
ごくり、と唾を飲み込んでから、ゆっくり足を動かす。


怖いとは感じない。
不思議と怖くはない。

ただ総理大臣とか、とても偉い人と対面して、そのオーラに圧倒されるような、緊張感。
背筋は自然と伸び、手足はギクシャクと固く、心臓は高鳴っている。変だ。すごく緊張しているのに、妙に気分がふわふわする。


(………ああ、そうか)


頭の中で、何処かで聴いたようなファンファーレが鳴り響いている。お城と王様。勇者を祝福。教会で死者蘇生。
そう、私は、今、舞い上がっている。
何かのゲームを思い出しちゃったくらい舞い上がっている。職業は女子高生なんですけど大丈夫ですか。
階段の下まで来ると、オズは片膝をついた。クロウさんもオズの後ろにいる私の後ろにいて、同じように膝をついている。
だが私はどうしたらいいのかわからず、おろおろしてしまった。職業とか言ってる場合じゃなかった………!
どうする!? どうするよ私!?

は!

頭が高い。

控えおろう!

討ち首じゃー!?


「すいませんしたぁあああ!」

「はぁ!?」


それはもう腰を曲げますよ!
もちろん90度に!
遊び人より役に立たなくてすんませんんんん!


「くっ、おま、何してんの?」


あ、だめ、膝、膝つかないと!

よし、しゃがもう。
すぐしゃがもう。
今しゃがみます!

しかし膝をつこうとした時に声がかかったので、曲げかけた膝を、ぴょこん!と伸ばす。


「そのままで、救世主様」

「あっ! は、はいっ! すいません!」

「ぶふっ!」


このっ! 緊張してんだ! 笑うな! オズの馬鹿!
気をつけ、のまま固まる私の耳が、カァ、と熱くなった。


「わしは現風影じゃ。ミドウラ=カナデルース。よもや生きてお目にかかる事が出来るとは、思いもせんでしたわ」

「わわ、私はっ、メグミ、キサラギ、と申しますっ! き、救世主とやららしいですが! なな、何も出来ません! すいませんんんん!!」


もう訳が解らない。ぐるぐるする。ぐるぐるするよ!


「ぶっ! だめ、くくっ!耐えらんねっ!!」

「ちょ、オズの馬鹿!」


私だって何言ってるかわかんないよ!
床に手を付き、姿勢を崩したオズは、肩を震わせている。


「だ、だって、何で謝って、ぶふぅー!!」

「う、うう、笑うなぁあ!」


最早限界、といった感じで、オズは絨毯の上にお尻を付けると。


「む、無理! ぶはっ! ははははは!!」


天井を仰いで盛大に笑ってくれやがりましたこのやろう。


「っ………! っ!」

「クロウさん? 我慢してるのバレバレですからね?」


肩めっちゃ震えてるからね!?


「ははっははははは!!」
「………くっ!」
「はっはっはっ」

「うぐ、笑わないでったら! ……って、風影様ぁあああ!?」


何一緒になって笑ってんの!? ノリ!? ノリで笑ってんの!? そこのったらダメなとこだよ!?


「腹いてぇー。はぁー」


じゃ笑うな。こんちくしょう。
恨めしい視線を送るも、完全に足を崩し、後ろに手を付いたオズは、屈託なく笑う。


「くくっ、じいちゃん、こいつこういうの苦手みてぇだからさ。ははっ、勘弁してやって」

「そのようじゃのぅ。ほれ、そんなに緊張せんで、楽にしておくれ」

「え、は、はい。………は? じ? じい……ちゃ?」


じ い ちゃ ん ?


「砕けた! いきなり5段階ぐらい砕けたよ!?」

「言ってなかったっけ?」


何を!?


「これ、俺の祖父ちゃん」

「聞いてねぇええええ!!」


これ、と風影様を悪気なく指差すオズ。
これ、じゃねーよ!
早く、そういう事はもっと早く!
え、待てよ。てことは………


風影=国王
国王の孫=………


王 子 様



「…………………………」


王子? え、王子!? 誰が!? いや誰がってオズだけど、えっ誰が!?


「ま、ままま、おっ、おっ、」

「3代目………」

「あー、なんか、わりぃ」




王子らしくない王子様。

私はいつの間にか、トリップ王道を押さえていたらしい。いや別に押さえたくはないんだけど。俺勇者なんだ! って言われた方がマシでしたけど。マシなだけでごめん被りたいのは変わらないんですけどねぇええ!


「ぜっ、たい………悪いと思ってない、よね、それ…………」


庶民による庶民の為の安らぎは、暫く訪れないのだろうなと、思った。

ははっ、と笑った王子様に、脱力して。
笑うとこじゃないよと溜め息を吐いて。
でも、貴方のその顔は、嫌いじゃない。王子様でも庶民でも勇者でも遊び人でも、誰だって、笑顔くらい持っているだろう。
そんな小さな共通点で、まあいいかと思えるくらいには、私はオズの笑顔が好きだから。


「も、いいっすよ……」


貴方が王子なこの国も、貴方みたいにあったかいだろうなって、思えたよ。


「あ、そう? 悪いな」


屈託なく、且つ爽やかに、笑う。

うん。悪いと思ってないんだね!


流石に、イラッとした。













(心を広く! 海よりも!)
(広く持つんだ私ぃいい!)
(息が荒いですメグミさん)



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